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12話目 話が進みそうで進まないのに森の主入りました

 俺たち全員が着席したのを確認するとギルマスはアフロ、じゃなくて頭を下げた。


「今回の件はこちらが全面的に悪、がっ!」 


 その頭を容赦なく踏みつけるのは秘書のマイランだった。本当に秘書なのだろうか。

 ギルマスを机に潰しながら腰を曲げて出されるカップには紅茶が注がれており、上品な茶葉の香りが漂って来る。こんな状況でなければ楽しめただろうに残念だ。

 

「悪いと言うなら地べたにしっかりと額を擦り付けて、鬱陶しいそのアフロを切れば良いのでは?」

「おう待てやマイラン。何でそこまでされなくちゃならねんだコラ」

「誠意が感じませんでしたので思わず」


 鬼だこの人。

 エルフとは全員こんな感じなのか。種族的問題なら秘書の立場は間違いなく向いていない。

 ギルマスを踏みつけられているのを見守りながら紅茶をすする。

 ……まあまあだな。少し香りが出ていないのは紅茶の淹れ方が雑だったからだろう。


「おや、お気に召しませんでしたか?ギルマス秘蔵の最高級茶葉を使わさせて頂いたのですが」

「ば、バカ野郎!あれは俺が週最後の楽しみに少しづつ飲んでた茶葉なんだぞ!?」

「ほら、これだから誠意が感じられないのですよ」

「それとこれとは別問題だちくしょう!!」


 そもそもアフロで筋肉で紅茶を嗜むのは絵面からして似合わない。

 趣味は人それぞれでも似合う似合わないがあり、顔からして紅茶はない。せめてコーヒーなら見れなくはなかった。

 

「もっと香りを味わうなら蒸らす時間を長めに取った方がいいですよ」

「それはそれはご助言ありがとうございます。紅茶に詳しいので?」

「料理人なので」

「主はプロでありますから」

 

 褒めてもクリーム二割増しにしかならないぞ。

 

「……ご主人様、料理凄い」

「陸斗くんはスペシャリストだからねー」

「食ったら二度と他の物が食えなくなるぞ?」


 くそ、全員トッピング増し増しだ。

 全員がべた褒めした為かマイランさんは興味津々に俺を品定めをし始める。


「それはそれは是非とも味わいたいものです。メイ(ドう)を行く者として料理の道は外せませんので」

「どうでも良いが脱線し過ぎだ。いい加減本題に入るぞ」


 はぁ、と俺を除く全員がギルマスを虫けらでも見るかの如く残念な顔をする。


「な、なんだよお前ら。泣くぞ、泣いちまうぞ?」

「「「「泣け」」」」

「………(こくこく)」

「俺が何をしたんだよ!?」


 ギルマスの瞳に涙が浮かぶ。

 俺はただ見て見ぬ振りしか出来なかった。

 ようやく落ち着きを取り戻したギルマスが俺たちを呼んだ事に対する本題に入る。


「まあ何だ。改めてうちの血気盛んな奴が迷惑を掛けた。今後はそんな事が起きないように徹底する」

「まだ頭が高いですね」

「お前はもう黙ってろ。本気で話が進まねぇわ」

「ではお菓子を出すとします」

「秘蔵のは止めろよ?」

「私の手作りを出す予定ですが?意識が過剰ですよ」

「………」


 もう絶対に何も言わないと顔から決意がにじみ出ていた。

 マイランさんはそんなギルマスの姿を見てもどこ吹く風と気軽な足取りで部屋を後にした。

 そもそも何でこんなドSな人を雇っちゃたのか。面接で不合格な気がする。


「人手不足なので?」

「いや、あいつは単に先代ギルマスが雇った奴なんだよ。しかも先代はかなりのMだから面接で顔を見た瞬間に合格にしたんだとよ」

「それはお気の毒で」


 その先代が作った負の遺産の被害をもろに受けているのかこの人は。


「とにかく今回の件はうちが悪かった。ただ規則でステータスが規定値以下の場合は一度止める必要があるもんでな」

「なるほど」


 納得の行く話ではあった。

 ギルドも慈善事業ではない。もしもこのギルドの加入者の半分は死亡していると風評が流れた場合、そんなギルドに加入する者がいなくなるだろう。

 加入だけでなく現在入っている者の脱退も視野に入れれば損害は尋常ではない。

 これが実力も満たしていない加入者の死亡によるものとなれば、それはギルドが防げるミスだ。加入する際に確認さえ取れば被らずに済む被害の一つとなるのだから。

 それが止めるに留まるだけでも加入の門戸は広い。

 受付嬢も既存のマニュアルに沿って動いたに過ぎなかった。

 しかし受付嬢もステータスが低いどころか一人を除いてゼロでは加入させられないと判断したのだ。この者たちは確実に命を落とすと確信して。

 だが、残念なことに俺たちは普通じゃない。主に皇さんと武内さんだが俺からすればステータスがカンストして一周周って来たのではと思えて来る。

 

「でだ、そっちの嬢ちゃんは見れば分かる。雰囲気からして俺でも勝てるか怪しい」

「おっちゃんは精進したまえー」

「………」

「気にしないで続きをどうぞ」


 気にしたら負けだとようやく理解したのかギルマスは続ける。


「そこのお前とお前、後お前もな。剣の一つも握ってない、もしくは争いそのものを経験した事がないだろ?」


 ギルマスが人差し指を向けたのは俺と皇さんとレンであった。

 

「正直冒険者なんておんぶに抱っこでやって行けるもんじゃねぇ。そこのが奴隷だからって囮に使うつもりなら全力で止めるぜ?」

 

 ギルマスから鋭い気迫を向けられるが、そよ風と同等にしか感じなくなったのは感覚がマヒしているからだろうか。

 俺たちの態度が変だと気付いたのかギルマスは威圧を止める。


「お前らどうなってんだ?」

「ギルマスはもう年なのですよ。アレと同じで使い物になりはしないのですから引退すれば良いのでは?」

「しばくぞ」


 マイランが片手にクッキーを載せた盆を持ってやって来る。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます」


 しかしクッキーに手を付けたのは俺とギルマスだけであった。

 

「どうしたんだ?」

「逆に聞くけど何で陸斗くんは食べられるの?ボクたちの嗅覚だともうそのクッキーが美味しそうに思えないのに」

「うーん、下手な調理じゃなければ問題ないと思うけどな」


 パキッ、と口の中で割ったクッキーはアーモンドの触感を残した歯ごたえの楽しめるクッキーだった。しかし焼き加減が間違っている。生地の混ぜ方が甘い。砂糖と卵と小麦粉の配合率に乱れがある。けど、うん、まあまあだな。


「やはり先程のは比喩では無かったのですね」

「無論だ。言って置くがこの男の料理は文字通り次元が違うぞ?」

「お前らの味覚が可笑しいだけだっつーの。こんなにも美味いのにな。お前もそう思うだろ?」

「それは何とも」

 

 同意は無理。料理には正直でありたい。

 

「改善点をお聞きしても?」

「何点かあるので紅茶の直す点も含めて紙に書きましょうか?」

「ぜひ」

「エルフは美食家で自分たちの作る料理も拘りを持つ種族だから作る料理は美味いんだけどな」


 そしてまた話が進みそうで進まなくなった。

 ギルドマスターは一人でクッキーを食いながら俺たちへ注意喚起する。


「で、実際奴隷を囮には使わないんだな?」

「必要ないねー。仮に囮が必要ならボクがなるし。全力で暴れさせてくれる相手がいるなら楽しみで仕方ないよ」

「お前な。冒険者は遊びじゃな…っ!」

 

 先のギルマスの気迫がそよ風なら今の武内さんは暴風。圧力の質が違う。

 武内さんとの実力差を敏感に感じ取ったギルマスは思わず呟く。


「………お前、魔王じゃないよな?」

「いるならそれを倒しに行っても面白いかもねー」


 冷や汗をかいて身動ぎの許されなかったギルマスだが武内さんが威圧するのを止めた事で大きく息を吐いた。


「あー分かった。お前らには無駄だ。試験でもしようかと思ったがこんな化け物に守れらてるなら森の主が相手でも正面から逃げ切れるな」

「森の主?」

「城の方にあるでっかくて黒い猪が住む森があるんだよ。ここら辺じゃ森の主って呼ばれてる。あれがいる所為で木々を伐採出来なくて資源が集まらないから何とかしてくれなんて言われた事もあるが何十人と挑んでも無理だった奴だ」


 城の方?森?あれー何か覚えがあるんだが?

 チラッと皇さんの方を見れば悪そうな顔をしていた。


「ここは買い取りをしているかね?たまたま会った獣の皮があるのだが」

「いいぞ。下で買い取りをやっているからな」

「そうか。これなんだが」

 

 『界の裏側』からズルズルと引っ張り出した物凄く大きな黒い猪の皮。

 畳んであっても部屋を押し潰しそうな猪の皮に唖然となるレンとノドカ。これを倒したの出会う前だからな。

 マイランさんも驚きで唖然となっていたがギルマスに至っては白目を向いて泡を吹いていた。

 



「どうぞ。これがギルドカードになります」


 役立たずとギルマスを罵りながらマイランさんはギルドカードを俺たちはそれぞれ渡す。

 ギルマスは森の主とやらが討伐されたと知り、床で静かに気絶中だ。

 森の主の皮は残念ながら買い取りは不可能だった。金額に換算して国家予算を楽に行くので支払いが難しいと。皇さんの『界の裏側』に死蔵が決定した。

 

「ギルドカードには様々な機能があります。ギルドからの召集依頼、依頼内容の確認、パーティー同士での連絡、ギルドに貯めた貯金の出し入れにも役に立ちます」


 最後のは要らないな。

 『界の裏側』があれば大抵の物が何とかなる以上お金もそこに入れて置けば良い。

 

 「ちなみにギルドからの召集は遠い場所にいても適用されるのか?私たちは旅の都合にギルドカードを手に入れたに過ぎんのだが」

 「ランクに応じて呼ばれますのでEランクで呼ばれる事はありませんが、ギルドカードは位置の特定も可能ですので召集しても来れないと予め分かる場合は召集いたしませんので」

 「そうか」


 身分証のついでに冒険者ギルドに入ったと暗に言っているにも関わらず、マイランさんは至極あっさりとしていた。

 

 「実際ギルド加入の目的が身分証の者も多いのです。私からすれば年会費さえ払って頂けるのであれば誰が入ろうとも構いはしないのですが」

 「軽いねー」

 「生き死には当たり前に起こる事ですので」


 やはり彼女は生きた年数が違うのだろう。ただそうやって割り切れないのがギルドと言う組織なのだ。

 人の生死は数の問題ではない。死んだと言う事実があっただけで揺れ動くのはどの世界でも同じなのかも知れない。


 「ギルドカードは紛失、破損致しますと大銀貨2枚で再発行となります」

 「分かりました」


 少し高く思うが身分証であり、ケータイの様な役割を果たせるのだから初回がタダな分当然か。

 

 「それと陸斗様のギルドカードは私とパーティー登録がされてあります」

 「何でだ!?」

 

 これ絶対に余計なオプションだよな?


 「私の料理に改善点を見出だせる陸斗さんには常にアドバイスが頂きたいので」

 「完全に私物化してますよねそれ」


 ただこうした方が良いと数十点程記載しただけで気に入られる要素はないと思うんだが。

 皇さんたちは、なら仕方ないみたいな顔をしないでくれ。


 「ではオマケにこれを」


 そっ、と差し出された温もりの感じるパ…。


 「そいや!」

 「お気に召しませんでしたか?」

 「むしろ何で喜ぶと思ったのか理由が知りたいわ」


 下着を寄越されて(ふところ)に入れる勇気はない。

 マイランさんへと下着を投げ返せば受け入れるのをさも当然の様な態度でキャッチする。

 

 「冗談はこれくらいで。旅をされるのでしたらエルフの里に行く事があれば私の名を出しても構いませんよ。多少の優遇があれば良いですね」

 「そこで確定はしないんですね」

 「何分私の友人がまだ里にいるか怪しいもので」


 俺たちを脱力させるマイランさんだった。

 こうして俺たちは冒険者ギルドを後にする。

 本当に疲れる登録だったわ。………あ、依頼とかその辺聞いてない。まあいっか。今度依頼を受ける時で。

 

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