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第116話目 世界に価値はない

「行ってきます…」


 少女の声が虚しく家に響く。

 昔はいつも添えられた一言も今では返してくれる事はない。

 何故なら少女に気を付けて、などと言う必要は何処にも無いから。


 魔物が束になっても敵わない少女に一体何を気を付けろと言うのか。山賊が出ようと瞬殺してしまえる力を持っているのにどうして気を付けろなどと言えるのか。

 少女の声を怯えながら聞いた親を無視して家を出る。


 あれ以来少女の周りは劇的に変わってしまった。


 両親は自分に対し、機嫌を損ねないように怯える始末。

 子供たちは近付けば化物だと怯えながら逃げる始末。

 村人たちは話し掛けられまいと視界から逃れる始末。


 もはやこの村にまともに少女を取り扱う者はいなかった。

 だってそうだろう。騎士でさえ装備を整え三人掛かり挑む魔物を何十体と一人で骸に変えたのだ。そこに恐怖しないで何を恐怖するのか。


 魔物以上に強い少女など殺人鬼よりも恐ろしい。

 少し機嫌を損ねれば片手間に殺されるんじゃないかとどうしても怯えてしまう。

 

「あ、落ちたよ」

「ひっ!」


 ハンカチを落とした女性はバタバタと逃げるように立ち去ってしまう。

 少女の手に残されたハンカチが風でパタパタと静かに揺れ残る。


「はぁ……」


 所詮は村だ。あの女性が誰で住んでる場所も知っている。

 家のドアにでも挟んで置けば良いかと諦めハンカチをポケットに仕舞い込んだ。

 人はいるのに一人ぼっち。

 

 歩けば無人の村と化す有様は少女の心を蝕んだ。

 あの時、どうして力を使ってしまったのだろうかと悔やむも、助けられるのに助けないのも有り得ない話。

 それにあのスキルたちは魔物たちが来てから開花した。


 あれほど強いものだとは少女も分かっておらず、ガムシャラにやった結果でしかない。

 この力が何なのか、自分の手のひらを見ながら少女は考える。



 ――最初はただの思い込みだと思ってた。 



 少女の独り言は自分でも止めたくても止められないものだった。

 可笑しな事を口にする度にまたか、と変人扱いされてしまうのが嫌で口を瞑んでいた事もあったが無駄な努力に終わっている。

 拙い意思の一つでどうにかなる問題ではなかった。



 ――だけど意識すればするほど分かってくる。



 人が力む時に歯を食いしばるのと、少女にとってレベルアップと口にするのは同義であった。

 咄嗟的な本能を誰が止められるか。少なくとも少女にはそれが止められなかった。

 


 ――これは私の持つ才能なんだ。



 この世界にはまだステータスもスキルも存在していない。

 少女こそが後のステータスの始祖であり、創造主であり、管理者であった。

 だけど今は異端の力として周囲に認識されており、村の人々からは【悪魔の子】【化物】【人外】と恐れられている。

 

 心無い者は魔物はあの少女が呼び寄せたんじゃないかともささやかれている。

 当然ながら無根の事実であり、魔物たちの襲撃は知恵の働く異常個体の起こした計画の一つでしかなかった。

 

 しかし一度それがささやかれてしまうと止まらない。

 また同じ事態になるんじゃないかと少女を危険視する者ばかりで村は埋め尽くされていた。


「ただいま…」


 水を()に汲んで来た少女は家に戻る。

 もはや今の少女にとって何度も川を往復するよりもこっちの方が手っ取り早く、桶でちまちま運ぶより労力が少なく済んでいた。

 少女にとってはこの当たり前の行為も村人の恐怖を助長する要因になっているのを少女は知らない。


 何せ少女の限界は背丈以上の壺に並々と汲んだ水を入れた程度では収まらない。

 やろうと思えば家だって持ち上げられる少女の価値観は既に歪んでいた。


 家から少女を出迎える者は来ない。

 昔であれば水を汲んだ後はささやかな朝食と両親たちが待っていた。なのに今ではそんな朝食一つも用意されていなかった。


「頂きます…」


 だから朝食も少女が用意する。

 自分が畑で育てたトマトに保存食のカチカチなパンが少女の朝食だった。

 少女は料理を知らない。教わる筈だった母とはあれ以来顔を合わしても逃げられてしまう。

 

 懐かしき母の手料理は遠い過去のものとなっていた。

 それでも尚同じ家に住んで居られるのは奇跡、でも何でもなく、少女の父親と母親には逃げ場がないからだ。


 あんな化け物を産んだ母親や父親を誰が受け入れるのか。

 親戚の家に逃げ込もうにも門前払い。頼れる知人は全て当たったが当然ながら断られる始末。村八分となっているのは少女だけでなく、父親や母親も同じであった。


 だから少女は同じ家で生活出来ている。出来てはいるものの顔を合わせる機会は少なく、お互いに干渉し合わない関係が出来上がっていた。


「ごちそうさまでした…」


 溜め息と共に食べ終わる食事はもはや摂取でしかない。

 食器を適当に片付けると、今度は畑の世話だ。しかしこれも水汲み同様に簡単に終わってしまう。


 少女が種を撒いて水をやる。それだけで明日の朝には実を収穫出来る。

 本来であれば何か月と掛かる作業が一日で終わってしまう。その為に使われなくなった土地もあるがもうどうでも良くなっていた。

 

 家畜の世話も同じ。ひよこに餌を与えれば明日にはニワトリになる。

 家族三人が生きる分の食料など余裕で作れてしまうのが現状だった。

 

 昔は一日使ってやった作業も今では一時間も掛からずにで終わってしまう。

 少女は村人の来ない草原に足を運び寝転がる。


「何やってんだろ、私…」


 風が返事をするも少女の耳には入らない。

 揺れた髪を鬱陶しそうに払いながら空を見上げる。

 戻りたくても戻れないあの頃。


 苦労でいっぱいだったけど幸せだったあの頃の方が良かった。

 今では苦労もないけど幸せもない。温かい家庭。暖かい料理も今はない。


「グラタン、食べたいな…」


 作り方も分からない料理の名前を口にする。

 グラタンは少女にとってご馳走だった。

 誕生日の一回きりでしか食べた事の無いご馳走は少女の幸福の象徴ともいえる。


 魔物さえ来なければ少女は幸せで居られたのだろうか。

 もしあの時何もしなければこんな扱いは受けずに済んだんじゃないだろうか。


 繰り返す自問に答えはない。そもそもそんなifに意味はない。今が全てでしかないのだから。




 それから数日、少女の元に数人の騎士が訪れる。


「お前があの大量の魔物を殺したのか?」

「そうですけど…」


 馬鹿な、と居合わせた騎士たちがざわざわと口を漏らす。

 魔物は金になる。なるが魔物は今目の前にいる騎士たちで一体倒すのが限界だった。

 だからこそこの村から大量の魔物が持ち込まれ、その経緯を村長に問い詰めた結果少女が表舞台に立たされた。

 これが少女の騎士への道のりとなり、今は亡き王国に仕える第一歩となる。


「我々と来てもらおう」

「………はい」


 少女に村への未練はない。あるのは幸せだった過去の残滓だけ。

 少女の両親もこれでやっと落ち着きを取り戻せるだろう。村はあるべき姿に戻る。

 なら次の幸せを求めて村を出るのが最善だった。




 数十年の月日が流れる。

 少女は立派な騎士になった。

 国に危害を加える魔物を倒し、襲い来る敵国を丸飲みにし、国の繁栄に尽力した。


 そしていつからか少女は少女のまま成長をしなくなった。

 見た目そのままに王国を襲う魔物を屠り続ける少女はいつしか魔女の称号を得るまでに至り、恐怖と畏敬念を向けられるようになる。


「………またか」


 杯を傾け中身を()()()()()少女はポツリと呟く。

 杯に仕込まれていたのかワインに仕込まれていたのか、どちらにせよ毒殺を企んだ者によって()()()()()()()

 だが、意味はない。


 たとえそれが魔物でも殺すだろう強力な毒であっても少女は死なない。それだけの絶対的な耐性を得ている。

 無論耐性があるのは毒だけではない。あらゆる魔法にも耐性を持ち、雷から炎まで生身で受けても効果はなかった。


 少女によってもたらされた利益は莫大だ。

 襲い来る魔物は殆ど死滅した。敵国もいなくなり、王国には平和がもたらされた。

 

 ならば次に危険視されるのは誰か。そう、少女自身である。


 単身で魔物と戦い、国も滅ぼす。そんな人物の手を借りなくても十分にやっていけるようになった国が今度恐れるとすれば少女だけだ。

 少女には何度も暗殺を企てられ実行された。

 しかし少女を殺せるだけの技量を持つ者はおらず、全てが返り討ち。故に毒物も使われるようになったがご覧の有様でしかなかった。


「潮時だな…」


 少女は数十年の月日を過ごして尚孤独だった。

 豪華な部屋の飾りも暇つぶしに集めた物だが孤独を埋めるに至らなかった。

 こんな化物に友らしい友など出来る筈もない。ならせめてと無機物の収集を始めたわけだが、何が良いのかよく分からなかった。


 このままひっそりと消えてしまうのも良いか。

 そう考えつつ、ふと思う。私みたいな者が世界にはいるんじゃないかと。

 だから少女はひっそりと消え、世界を旅する事を決めた。


 この時王国では死体も残さず消えた事で魔女が復讐に来るのではないかと怯えたが杞憂に終わる。そもそも復讐するなら一回目で既にしている。この暗殺はかれこれ何十回と行われているのだから。

 王国は互いの足を引っ張り合いゆるやかに滅びを迎える。魔女の呪いだとささやかれもしたが所詮は人の欲の醜さが表に出ただけの話であった。




 少女は旅をする。

 ある時は耳の長い種族と出会い。ある時は獣の耳を持った種族と出会い。またある時は全身に爬虫類の鱗を持った者たちと出会った。

 しかし少女よりも強いかと言われれば弱く話にならない。

 


 ――ああ、いつになったら我は孤独ではなくなるのか。



 結局、世界を見渡しても同じ境遇の者になど会える筈もなかった。

 王国は滅んだあと。気が付けば何百年の月日が経過していた。

 

「我はどうすべきか」


 世界には求めるものがなかった。

 孤独を埋める友人も出来はしなかった。

 力を隠した時もあったが、欺く自分自身に耐えられず孤独感が強くなるだけであった。


 これならいっそ世界を滅ぼしても良いのではないか。そうすれば脅威と見なされ対等となれる者が現れるかも知れない。

 いや、滅ぼしてしまえば本末転倒。本当に孤独になってしまう。もう少し待ってみるか。

 あらゆる考えが交差する中、少女はある一つの決断をする。


「なら、育ててみるか」


 そうするスキルは持っていた。

 これを使えば世界は変わる。されど自分に届く可能性を秘めているのはこれしかなかった。


「【飼育される世界】」



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