第113話目
さてこの世界の神様が現れた。
そんな神様はやはり人間味の無い無表情でこちらを見つめている。
まるで全てを見透かさんとする目。しかしその目に陰りが出る。
「不可解。ステータス判定にてオールゼロ。原因不明。状態状況の異常を問う」
機械的でありながらも神様の困惑が伝わる。
「ふむ、説明しろと言うのならば見た通りだが?私たちがお前に会ってみたいと思い、いるであろう空間を斬って開いた。至極単純な事だと思うのだがね」
「そうそう。ってなわけで自己紹介ね。私は武内天華だよ。よろしくね」
神様の困惑など知った事かと二人はマイペースに話を進める。
「まあしかし神と定義はしてみたが、天華の舞いから観測した神とは別物だな」
「実体のある神様には会った事ないしねー。それに神様って自然的だから。この子はそう言う意味では違うかなー」
つまり目の前のこの人の形をした何かは神様ではないと?
「でもさっきこの世界の神様って言ったよな?」
「それはあくまでこの世界の人間にとってだ。元の世界でも普通ではない者を神懸かると言うだろう?その延長だ」
「なるほどな」
ただこの少女は見た目通りの年齢ではないのだろう。
ステータスはこの世界の主軸となる代物。いつからあるか分からない代物を作った者ならそれこそ千年以上は生きてる事になる。
もしかしたらあの少女が出て来た空間は時間の概念が無くなるのか。
どちらにしても皇の言う通り、この世界の人にとってはステータスを授けてくれる都合の良い存在なのだから実質神様で間違いなかった。
「世界不適合?存在の破綻。異物と断定。排除する」
そんな神様は俺たちを敵と認識したのか額の三つの赤い玉が輝きを放つと、赤黒い液体がドプリと斬った空間から湯水のように湧き出て来る。
血液じみた代物がじわりと地面を濡らすとそれは起きた。
「これはマズそうですな。少し離れましょう」
ゴポゴポと泡が湧き立ったと思えば、出て来るのはマグマ。
間欠泉の如く溢れたマグマが意思を持ったように俺たちへと襲い掛かる。
掠っただけでも大やけどしてしまう攻撃を見ても脅威とは思えなかった。
「この程度か」
予想通りと言わんばかりに対処するのは皇だった。
『界の裏側』から取り出しただろう黒い球体がマグマの前面へと押し出される。
それだけでマグマは消失し、跡形もなく消えてしまった。
大きさは違うが、城を攻撃していた球体と同じものだ。名前は確か【黒の苦労】。
本人曰くブラックホールを内側に生成して球体として留めた代物であるとか。
ブラックホールなんだから留めるとか無理じゃないかと思うのだが皇に『無理を可能にするのが科学だよ。いい加減分かりたまえ』と説教された。
もう皇に関しては何でもありだと思っておこう、とその時誓った。
「それじゃあ、お返しのーーー『みんな大好き肉体言語』!!」
「いや好きじゃないだろ?!」
マグマが消えた瞬間に飛び出した天華が神様に向かって拳を放つ。
常人では捉えられない動きを俺はかろうじで追い掛ける。
あの神様に拳が当たる。そう誰もが思った。
「「ぎゃっ!!」」
…
……
………え?
思考が停止する。
まるで上から下に落ちるのが当たり前であった滝の水が天に向かって駆け昇るのを目撃したような気分になった。
「……皇?……天華?」
困惑の末に絞り出した二人の名前。
当たったと思った拳はすり抜け、逆に吹き飛ばされた天華が皇を巻き込んで後方に倒れている。
たったそれだけの事。なのに喉が尋常じゃないくらい渇いてしまう。
あの二人が倒れている。
『武の天災』である筈の天華が押し負け、そして『科学の天災』である皇が巻き込まれた。
どれだけそれが異常なのかは二人に近いだけに一番よく知っている。
『武の天災』である天華が返し技を喰らい成す術なく飛ばされるなど誰が予想するか。
『科学の天災』である皇が未来予測を外して飛ばされた天華に巻き込まれるなど誰が予想するのか。
強く絶対的な二人だからこそ今起きた事象は信じられなかった。
「…っ、皇!天華!」
正気に戻った俺は二人に駆け寄る。
「っく…」
「いっ、たいなー。久々だよこの痛み」
問題は無さそうだった。しかし二人がダメージを受けたのは事実だ。
元クラスメートたちと戦っても傷一つなく圧勝する彼女たちが神様には攻撃を貰い地面を転がる。
それは神様が良くて対等。もしくは皇と天華を上回る力を持っている証明でもあった。
「……ご主人様、あれ…」
「………は?」
皇の【黒の苦労】からまるでヒナが孵化するようにマグマが生え、【黒の苦労】を飲み込み消滅させる。
少なくとも俺はあれに抵抗出来るものがあると思っていなかった。
外側からならともかく、内側に入ればブラックホールである【黒の苦労】がいとも簡単に消し去る手段を俺は知らない。
【転移】のスキルなら脱出も可能だし、空間を斬れる俺もさしたる苦労もなく抜け出せるだろう。
しかし【黒の苦労】を消し去るのは無理だ。
あれは空間そのもの。何処に核があるのか見当も付かない代物を壊すなど天地創造の力でもなければ出来る筈がない。
正真正銘の神様。それが目の前の少女であり、俺たちのケンカを売った相手である。
ゴクリと生唾を飲み込む音が響く。
一体それは誰のものか。今のは俺か?それとも全員か?
静まり返る世界。
勝てる気がしないと思わせる強者としての雰囲気に俺たちは飲まれた――
「「あは….」」
――そう、この二人以外は。
「「あははははははははーーーーっ!!」」
示し合せたように笑う皇と天華の顔に狂気はない。あるのは純粋な喜び。
何が二人をここまで喜ばせたのか。それが分からない程、二人から遠い存在である気はない。
二人はただ欲しがっていた。対等をただ欲しがっていた。
天華は対等を得る為に戦いを続け、皇はトラウマを持つ程に人と接し続けた。
その結果、人としては歪になってしまった二人だが、最終的に仲間と呼べる出会いに恵まれた。
しかしそこにはまだ自分たちを超える強者との出会いはない。
だから二人は喜ぶのだ。自分たちを更なる高みへと目標になる存在の出会いを。
まだ二人は本気を出してはいない。
「気分が良い。私は今、大変気分が良いぞ天華」
「ボクもだよ。まだまだ全力なんて出してないけどボクを蹴り飛ばせる人がいるなんて思いもしていなかったなー」
引き飛ばされてなおも元気な二人は遊園地にでも遊びに来たかのような満面な笑みをこぼす。
「ああ、この世界に来て良かった」
「ホントだねー。陸斗くんにはあっちの世界で会えたけど皆にはここじゃないと会えなかったし」
「そうだ。それに人は『天災』になれる確証も得られた。実に愉快だ」
次は全力だと立ち上がる二人はそれぞれが得意の力を準備する。
「陸斗くんはこのまま見ててよ」
天華は立ち上る『氣』を青から赤。そして黒にまで染め上げ昇華して纏う。
「お前たちもだ。手は出すなよ。これは私たちの望みだ」
皇は【悪食の顎門】を展開すると右腕に取り付けると変身ヒーロばりにメカニックな着装を終える。
「では行くぞ!」
「ボクたちの本気を存分に受け止めてよね!!」
『天災』以上の相手を求めた『天災』たちの挑戦劇が今始まった。