11話目 取り合えず凄いのは分かったのでギルドに登録しようか
「………なあ、おやつは何が食べたい?」
「ふむ、なら家を出そう。何を作るかは任せる」
俺は見るのを諦めた。何せ見えないし何処にいるかも分からないのだから。
空からやたらと轟音が響くがあくまで雷の前触れなんだと思いたい。これが人間の出せる音なら色々と間違ってる。
皇さんは黄昏ていた。その横顔は満足そうに空を見上げている。何を思っているのかは分からないが今まで孤独だった武内さんの事を思ってだろう。
「生き生きしてたな二人とも」
あれだけの笑みを溢せるのだから相当だ。
武内さんに至ってはようやく自身の相手になるかも知れないのだから喜びも半端では無かった。あの笑顔が曇らないものであって欲しいものだ。
さて何を作るか。
「……ご主人様、レン手伝う」
皇さんの出した家に入る俺の後を着いて来たレンは健気だなと思った。
「別にノドカの方を見てて良いんだぞ?」
「………(ふるふる)」
レンは首を横に振って否定する。
「レンは……ご主人様の奴隷。頑張る」
「いい子だな」
レンの頭を撫でる。
思えばレンも焦っているのかも知れない。
レンのステータスはゼロだ。だからこそ役に立たなければと必死なんだろう。別に焦る必要はないのにな。
「ならクレープを作るから手伝ってくれ」
「……うん」
まあもしレンが料理を覚えられたら俺も多少楽になる。
ただ、結果だけ言うとレンに料理の才能は無かった。どうやったら混ぜてるだけの生地が黒く変色するのだろうか。
「次がある」
「………………………うん」
これからもめげないで色々な事に挑戦して欲しいものだ。
俺は新しく妹が出来たような気分で接した。天涯孤独だったのでこうした気分は中々新鮮で良かった。
「……レンはダメな子?」
「人には向き不向きがあるからな。気にするだけ無駄だ。どんどん挑戦すればいいさ」
「そうだ挑戦にこそ価値がある。歩みを止めれば捨てるぞ?」
「……っ!」
「皇さんレンを脅かさないでくれ」
いつの間にか家の中に入って来た皇さんは不適な笑みを張り付けてやって来た。
「何だ、まだ出来ていないのか」
「どれだけ食いたいんだよ。昼食べたばかりだろ?」
今はあくまでも準備だ。おやつの時間に食べられるようにしているに過ぎない。
「そうか?少なくとも外で暴れる二人は小腹を空かして帰って来るぞ?」
「そうなるかね」
でも生地がさっきダメになったから作り置いてあるプリンで我慢してもらおう。
皇さんはボールの中でダメになっている黒い生地を見ると関心気に指を入れた。
「これをそれがやったのか?」
人差し指で掬った生地を親指と擦り合わせる。ボロボロと崩れる生地は表面だけでなく中まで真っ黒。うん分からん。
「生地を混ぜただけなんだけどな」
「ふむ、これは貰っておこう」
「食うなよ?」
「私に死ねと?」
流石に食わんわな。皇さんはボールごと生地を持って行くと部屋に篭った。
「のんびり待っててくれ。担当は味見な」
「……っ」
レンの猫の尻尾がピン、と立った。喜んでるならそれで良いや。
俺は手早く材料を揃えるとまた生地を作り直すのだった。
「いやー、面白かったー」
「武内様は別格にございますね」
生地を作り終え、しばらく寝かしていると二人が家へと戻って来た。
見ると武内さんは無傷なのだがノドカは買った服が酷い有様だった。ジャングルの奥底に暮らす民族の様に胸を布切れで縛って、ズボンも完全に太ももの見えるホットパンツと化していた。
「着替えて来なさい」
「これは主。お目汚し失礼いたしました」
「えー、陸斗くんなら喜ぶんじゃないのー?」
時と場合だ。子供の情操教育に悪いだろうが。
「で、武内さんとしてはノドカはどうだった?」
「今は全然だね」
そう言う割には竹内さんはニヤケ面だった。
「でも将来的にボクに本気を出させてくれる可能性があるんだから楽しみだよ」
「精進致します」
鍛えるの楽しみだなー、とノドカを連れて武内さんは自室へと消えた。
ノドカの服はあれしか買ってなかったからな、自分の服でも着せるのだろう。
しかし全力を出していないで雷みたいな轟音を出すとか可笑しいわ。空を飛んで本気だったノドカに無傷で完勝する武内さんは一体どこまで高い頂きの上にいるのやら。
「あれじゃあ元の世界でフラストレーションが溜まるのも頷けるな」
取り合えず凄い。それだけ分かっていればいいか。
「レン、皇さんたちにプリン食べるならリビングに来てくれって伝えてくれないか?」
「……(ふんすー)」
妙な気合いを入れてレンは部屋を出て行く。ただ呼ぶだけなんだが。
全員が集まるまで時間は掛からなかった。
俺は全員が来る前にテーブルにプリンと紅茶を置いておいた。
「偉いぞレン」
「……(ふんすー)」
だからそのやる気は何だろうか。可愛いから良いけどな。
「はい、頂きます」
「いただきまーす」
「うむ」
「主に感謝を」
「……頂きます」
それぞれがプリンを口にし、絶賛したのは言うまでもない。プリンはキレイに器の中から消え去った。
「さて、建設的な話をしよう」
「その前にカラメル拭こうか」
また口の周りを汚した皇さんを拭って行く。
何でここまで汚せるのか。レンの方がまだ綺麗に食べるのにな。
「さて、改めて私たちが今後どうするか。その指標であるが当面はふらふらと宛の無い旅をする予定である」
「その間にノドカちゃんを鍛えるけどねー」
「ありがとうございます」
一応最初の目的が世界を旅して周ると決めていた。だからその方針に問題はない。
皇さんはその方針を理解しているからこそ必要な物があると断言する。
「となると面倒なのは国に入る時だ。何処であれ身分証を求められる。ステータスを一々見せて驚かれるのも面倒だ。だからこそ私たちは冒険者ギルドに加入する」
「冒険者ギルド?」
本当にこの世界はファンタジーをそのまま持って来たような世界だ。ゲームなどではお馴染みの冒険者ギルド。果たしてここでも同じ役割なのだろうか。
「冒険者ギルドはカードを発行すれば誰でも入れる。年会費は取られるが微々たるものだ」
「ぶっちゃけ楽〇カード並みに作りやすいんだよねー」
「名前書いて終わりかよ」
簡単過ぎないか?
「当然幾つか制約はあるが一度登録してしまえば何処の国にも冒険者ギルドがある為に身分証として使いやすい」
なるほど、やりたい事は理解出来た。
冒険者として活躍する可能性は低くとも冒険者ギルドに入ってしまえば冒険者ギルドそのものが俺たちの身分を保証してくれる。ならば入ってしまって国の出入りを楽にすればいいとなるのか。
「ってな訳で早速冒険者ギルドに出発だー」
「申し訳ありませんが竜人種の方以外の入会はお断りさせて頂きます」
冒険者ギルドは〇天じゃないのか。
武内さんの指揮の下、早々に冒険者ギルドに来た俺たちだが異世界特有の洗礼を受けていた。
「理由を端的に述べたまえ。まあ分からなくはないがね」
皇さんは凡人、もはやこれは虫の死骸でも眺める目で受付嬢に詰め寄った。
受付嬢は僅かに皇さんの眼光に怯みながらも先ほど見たステータスから一瞬で強気の態度に戻る。
「あなた方は竜人種を除き、ステータスが全てゼロです。その様な方がギルドに入れば当然ながら死亡率も上がります。お分かり頂けましたか?」
ふん、っと言い切る受付嬢に皇さんのイラつきが増す。
穏便に行きたいのに上手く行かないのは運命なのか。おやつ二割り増しと魔法の言葉を囁いて皇さんを落ち着かせた。
「ふーん、ならこの冒険者ギルドで一番強い人連れて来てよ。その人に勝てば問題ないでしょ?」
「は?」
受付嬢らしからぬ唖然とした声が出た。まあ普通に考えればそうだわな。ステータスが全てゼロで最強に勝とうなど子供が熊に勝つよりも不可能なのだろう。
「ちょっと聞き捨てならねぇな嬢ちゃん」
「ん?」
左目に大きな三本の裂傷を負った大柄な男が背後に現れる。
「ステータスがゼロで勝つ?舐めた事言うのも大概にしろよ。そこの竜人種に手伝ってもらうなんて言わねぇだろうな?」
「もちろん一対一だけど?オジサンじゃ弱いから別の人でよろしくねー」
「てめぇっ!」
大柄な男が振り上げた拳を武内さんは涼しい顔で避けながら優しく顎を打つ。
メキョッ、と天井から木材の割れる音がしたと思えば男の首から下が、ぶらーんと生えていた。
「で、強い人まだー?」
自分が何をしたのか分かっていない武内さんは一番強い人と戦う事しか考えていない。最早目的は達せられたと言って過言ではないのに。
「そ、そんなグランさんが一撃?」
受付嬢は天井に刺さったグランと呼んだ冒険者の状態に絶句した。
「何らかの魔法だ。もしくは道具に決まってる。そんなもんは自分の実力とは言えねぇ」
「そうだそうに違いない」
「じゃねぇとこのギルドでB級のグランさんが一撃でやられるなんて有り得ねぇ」
周りの言葉を聞いて武内さんはガックシと露骨に肩を落とす。
「えー、あれでB級?冒険者ギルドって弱い人の集まりなのー?つまんなーい」
「そう言うな天華。矮小な小動物に片目を奪われている輩が強くないのは道理だ。それにBのランクを付ける輩も高が知れていそうだがな」
「ひっ」
皇さんは先程小馬鹿にされた苛立ちを受付嬢に返す。
完全に怯えてるぞ。もう少し大人しく出来ないのかね。揉めに来たんじゃないんだから。
「二人とも止めないと夕飯は粥だけにするが?」
「「すみませんでした」」
俺たちの目的はギルドカードだ。それさえ手に入ればさっさと帰る。
「連れがすみません。ですが実力はそれなりにあるつもりですから入会させていただけませんか?」
「は、はい…」
ちょと待て。何で俺も怯えられてんだよ。もしかしてアレか?この二人を御したから俺もワンパンでB級の冒険者を天井に括り付けられると思われてんの?鉄バット一つまともに振り回した事のないんだが。
そそくさと受付嬢はギルドカードを人数分用意し始める。
「使い方を聞いても?」
ここはスマイルで。ほーら怖くないよ?
「あわわわわ、ギルドカードは格国にある冒険者ギルドで使えまして能力と実績によってランクが変動します。ギルドで達成した依頼の金額が表示されまして現金の出し入れにも使えますのでごめんなさい許して下さい」
「おいこらこのスマイルが見えないのかよ」
「お前のそれはインテリヤクザな脅し方だ。実に愉快だぞ?」
皇さん俺にそんなつもりは無いのだが。
チラッと背後を見れば何故か怯える冒険者たち。俺何もしてないんだけどな。
「主の威光が正しく伝わる。良い事ではありませんか」
「……(ふんすー)」
「正しくないわ。完全に勘違いだわ」
どーすんだよこれ。受付嬢の手が震え過ぎて全然用意が進んでないんだけど。
「騒がしいな。何の騒ぎだ?」
「っ、ギルドマスター!」
ギルドの奥から登場したのはアフロヘアーのもっさりした筋肉質な男だった。
貫禄ある姿はマスターと呼ぶには相応しく、鋭い眼光を晒している。
余程信頼されているのだろう。彼が現れただけで受付嬢は安徳を示し、周りにいた冒険者たちはこの行方を静かに見守った。
「実は…──」
「そうか」
ギルドマスターは受付嬢の説明をしっかりと吟味しながら聞いた。
「つまり暴れた原因は冒険者でうちが悪い訳だ」
はぁ、とため息を一つ吐くとギルドマスターは踵を返す。
「着いて来い。茶ぐらいは出してやる」
「ええ?!ギルドマスター良いんですか!?」
ギルドマスターの裁定に納得の行かない受付嬢は驚きながら確認を取る。
受付嬢の様子を見たギルドマスターは残念そうに言葉を返す。
「お前な。そんなんだから下の者に舐められるんだぞ?もっと目を養え。そうでなくとも彼らは冒険者一人を瞬殺する力があるんだ。冒険者としてやって行くのに十分な力があるのは分かるだろうが」
「は、はい…」
ふは、と態度の悪かった受付嬢を鼻で笑う皇さんは多少納得したのかイヤらしい笑みを浮かべていた。
「ここには愚物しかいないかと思ったが少しはマシなのが出て来たな」
「皇さん?それ以上騒ぎを起こすならクレープなしだぞ」
「………」
この世の終わりみたいな顔をされた。黙ったので良しとしよう。
「お前も保護者なら騒ぎを起こさないでくれ」
「俺は保護者をやってる気は無いんですが」
でも考えてみると何故か保母さんと言うか家政婦と言うか、この世界に来てからずっと近い事しかやってない気がする。
俺は今までやって来た事に疑問を持ちながらギルドマスターの後に続くと、そこはギルドマスターの書斎だった。
「悪いがこいつらに茶を」
「分かりました」
「何故にメイド?」
城でも無いのにどうしてメイドがいるのか。
ストレートに腰まで髪を伸ばし、メイド服を着たスレンダーなエルフがお茶の準備を始める。
「趣味です」
「ならしょがないねー」
「そこまで物分かりが良い奴は初めてだぞ?一応こいつは俺の秘書だ」
ギルドマスターは親指をくいっ、とエルフを指した。
「秘書のマイラン・レイリーンです。そこにいる私のメイド服を見て鼻の下を伸ばす変態的頭髪をしたのが非常に残念ながらギルマスのパンツ・ミタイです」
「どんな間違いだ。俺はジョウナス・ランデルだ。けしてそんな変態的な名前じゃねえ」
「本人は変態なので間違いではありません」
「おうこらババア。表に出るか?」
「エルフの300才はまだ花も恥じらう乙女にございます」
「おーい、話が進まないんですが?」
俺はけしてこんなコントが見たくてここに来た訳ではない。
「あー悪いな。取り合えず座ってくれ」
俺たちはギルドマスター、長いのでギルマスの指示に従い促されたソファーに座る。
何で楽〇カード、じゃなくてギルドカード作るだけでこんなにも手間取るんだよ。思っていたのと全然違うんだが。
『天災』たち書いてて天災の被害をくらう私。
雷と台風の時期は仕事が増えるので辛いです(´;ω;`)