105話目 天華VS鈴木
さーて、見ているだけも飽きて来たし丁度良いタイミングで攻撃してくれたね。
ボクはマイランさんから少し離れ、目の前にいる鈴木と視線を交わす。
「武内、ようやくお前に勝つ時が来たようだな」
「それ未来永劫来ないから」
相手の力量を測れるのは『天災』でなくてもある程度の武人なら出来て当然。むしろ力量も分からずに目の前で喚く三下は武人としての領域に立ててもいない。
だからボクにとって鈴木との対決は遊びでしかなかった。
なのに鈴木は勝つ秘策でも持っているのか悠々と語り出す。
「思い返せば長かった。惚れてから数年、お前に勝つために修行したと言っても過言じゃない」
「十分過言だと思うよ」
ボクの目からは鈴木があれから強くなったとは思えなかった。
足運び、体幹に呼吸まで、ありとあらゆる要素を洗い出しても強さが滲み出ていない。
むしろこの世界に来る前よりも弱くなった。
「この世界に来て新たな力も手に入れた。俺はこの力を最大限まで引き出せるようレベルアップを続け、ついにカンストして最強の武人になった。お前と一度戦った時は未熟だったが今はそうじゃねぇ。屈服させてお前をたっぷり弄ってやるぜ武内」
「妄想乙」
妄想でも汚されたくないけどね。だいたい好き勝手に言ってくれるけどさ。
「ボクは陸斗くんの女だし。割って入る余地ないから」
愛し愛されたボクたちは誰にも切れない絆で結ばれている。
なのにどうして他人が割り込める余地があるのか。
そもそもボクを救ってくれたのは陸斗くんだ。
どうにもならない孤独から抜け出せた多幸感は今でも忘れられないのに。
今更 借り物の力で自慢する鈴木なんかにボクを得る資格はない。
「強がってるのも今の内だぜ武内」
「別に強がってないよ。だいたいボクに勝てる気なの?」
「勝つに決まってんだろうが!!」
獣の如く高い瞬発力を見せる鈴木は弾丸さながらに迫って来た。
でもその程度。獣や弾丸にしか例えられない鈴木を脅威として見るにはあまりに弱かった。
「ほい」
「なっ!?」
ふわり、と突き出した拳を巻き取った余波で浮かされた鈴木はそのまま地面を転がる。
ボクはあくまでも『武』を分かりやすく教えるために人生で最大級の手加減で相手することにした。
そうでなければこれはずっと勘違いしたままだ。自分は武人なんだと。
それはボクには到底我慢出来るものじゃない。
レベルを上げることに執着し、スキルで得た技さえ自身の中で昇華させようとしない、出来ない者に武人を名乗る資格は何処にも無いから。
「君は間違ってるんだよ」
鈴木は直ぐに起き上がり頭を狙う蹴りを放つが、そんな虚実の混じらない蹴りを喰らう通りはないんだよね。
「なんでだ!?」
蹴りの速度は新幹線並みに速かった。普通の人なら蹴られたと分かる前に頭部をザクロのように飛び散らせているよ。
けど、それは普通の人ならの話。鈴木の身体全体を見ていれば挙動の起こりを察せられる。それなら武人と呼べる者であれば躱すのは容易く、取るに足らない普通の蹴りでしかなかった。
「一々レベルアップした度にステータスを見て数字が上がっているのに喜んだ?スキルが増えて楽しかった?普通の人には出来ない事が出来る様になって嬉しかった?」
わざとゆっくり動くけど鈴木はそれにさえ着いて行けなかった。
「くそっ、くそっ!どうして当たらない!?俺より遅いのに何でだ!?」
ヒュンヒュンと当たれば風穴でも空きそうな拳の連打も最早ただのテレフォンパンチ。Wifiでも使ってるのかと思わせる見え見えの拳だ。なっちゃいない。
「その力を使って他人を蹂躙するのは興奮した?それでまたレベルアップして喜んだの?」
パシッ、と鈴木の拳を受け止める。
「『武』を舐めないでよ。虫唾が走る」
「ぐぁああああっ!!?」
バキバキバキと拳を握り割る。
こんな拳は必要ない。『武』に生涯を捧げ、命を燃やした者が初めて武人を名乗って良いんだ。
勝てないと知りながらも高みに登るのをけして止めずに燃やし尽くした武人たちをボクは知っている。
敬意を表してボクが全力で戦った彼らは絶対にステータス要らないって言うよ。本当に武人なら力を得て喜ぶなんてあっちゃいけない。
「『武』って言うのは生き様なんだ。技を磨いて磨いて、ただ磨いて。命が尽きるその最後まで拳を握れる者が武人だ。お前みたいに簡単に砕ける拳しか持たない奴が、武人を語るな!!」
「ゲバッ!」
握り潰した拳を離して掌底を叩きつける。
騙るのさえも烏滸がましい。鍛練のやり方さえも忘れた者がボクに挑戦する権利なんてないんだ。
「【背水の陣】【無頼漢】【天地掌握】!!」
なのに鈴木は立ち上がる。
どんなスキルを使ったのか知らないけどボクにはもう君を見る気がないんだ。
「武内!少し油断しちま「もう喋るな」」
心底吐き気がしてくる。
そんな力で優位に立とうとする軟弱さしか持たない者がボクの前にいるのが不愉快だ。
「ボクの前でそんなものが『武』だと言い張るなら殺す」
「っ!?」
今まで見せた事のない明確な殺気。その殺気を浴びた鈴木がびくりと身体を震わせて動きを止めた。
今までお遊びでしか相手をしていない。だからこそ鈴木は何度だって挑んで来るんだろう。
一度目の前で使った『武』の頂点としての力、閻魔法【裁】もこんな世界に来てしまっただけに魔法かスキルと一緒にされてしまったんだ。
そうした意味ではボクにも反省するべき点はある。
ボク自身も『武』の頂点だ『天災』だと騒がれて本気で相手をする価値がない者に対しては礼節のない行動を取っていたのも事実。
全力を出せばどんな結果が待っているか知っているから本気の境界線を設けていた。
だけど今回はそのハードルを大きく下げる。
皇ちゃんの推測もあるから本当に特別だ。
「今までの無礼を詫びるよ鈴木くん」
獣闘法【大蛇】。ボクが好んで使う『氣』の最終的な運用秘技を右腕に纏う。
「いつまでもレベルを上げれば勝てるなんて期待を持たせちゃったんだね」
閻魔法【裁】。今回は楊ちゃんとおじいちゃんは無しで戦場で死んだ亡霊を圧縮して左腕に纏う。
「君は弱いアリが羽を手に入れて空を飛べるって喜んでたんだ」
滅殺法【浮雲】。重力を殺して空を飛ぶ技法を両足に纏う。
「いい加減気付かせて上げるよ。アリがどれだけ羽を増やしても鳥よりも速く飛べないってさ」
ボクが武人と認めた者にしか本気を出さないルールを破らせたんだ。
少しはそのお粗末なその『武』で抵抗してよね。
「まずは空を飛ぼうか」
「待っ」
鈴木の視界から外れると一瞬で懐に潜り込んで顎を打つ。
何か制止の声があった気もするけどボクは言い終わるよりも速く鈴木を空へと運んだ。
ノドカちゃんならちゃんと反応して防いで来るのに本当に残念だよ。
「千手の裁き」
「ばばばばばっ!!?」
左腕に纏った閻魔法【裁】による亡霊の怨念の籠った殴打の嵐は物理的な防御をすり抜けて相手を潰す。でも鈴木のガードがお粗末すぎて普通に殴打が入ってしまう。
本当に不要な全力だと思うけど、これも皇ちゃんの実験のためだ。
「はいっ」
「ベラッ!!」
鈴木は顔を張れ上がらせながら飛んで行く。
一応レベルアップの意味はあったみたい。あれだけされてもまだ意識があるっぽいし、昔に比べたら確かに頑丈になったかも。
でもそれはサンドバッグとして優れてるだけ。武人を名乗るならこれくらい出来ないと。
「蛇王の追撃」
遠距離からの『氣』の投擲。
「ハブラッ!!」
それを真上から落とされて鈴木はそのまま地面に叩きつけられる。
受け身も取れないで武人とは情けない。ステータスで頑丈になっているだけの仕様に助けられたね。
「ま、まだ俺は…」
「うわっ、本当に頑丈だね」
普通死んでると思うけどな。
この世界は皇ちゃんが言った通り、本当に考えれば考えるだけオカシイや。
尋常じゃなく強化した元クラスメートたち。
異世界だからと気にしてなかったけど、この身体能力は基板から弄繰り回されてないと出来ないものだ。
皇ちゃんの仮説が正しいならもう一人いるんだろうな。ボク達以外の『天災』がこの世界に。
「どこにいるか知らないけど。早く出て来ないと祭りは終わっちゃうよ」
「武内ぃぃいいいいっ!!俺を見ろぉぉおおおおっ!!!」
多分寝てるんだろうな。
ボク達がこんなにも暴れてるのに出て来ないんだからよっぽどお寝坊さんなんだろうね。
「武内ぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!」
五月蠅い豚だな。無駄だって分かってながら起き上がって迫って来るんだから。
「もう君に用はないんだけどな。合わせ死技、蛇王の裁き」
両手を合わせて獣闘法【大蛇】に閻魔法【裁】の亡霊を組み込む。
これでも多分死なないだろうけど起き上がるのは無理だ。猛スピードで走るトラックに裸で直立したまま受けるに等しいダメージが喰らうんだから。
おどろおどろしい大蛇となってボクの手から一匹の蛇が鈴木に放たれる。
蛇に込められた殺された者たちの怨念が鈴木を飲み込まんと大口を開けた。
「武内ぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!俺は、俺はぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
最後まで叫び続けたその執念だけは認めても良いかな。後は落第だけど。
「うーん。不完全燃焼だなー。他もそうっぽいし。取り敢えずみんなの所に戻ろっかな」
鈴木がどうなったかは知らない。
けど、もう二度とボクの前に立つ気力は起きないだろうね。