104話目 あの時の再戦
ありがとうございます師匠。信頼を頂けるのはやはり嬉しいですね。
「マルア、ミネリア、椅子を取り戻しますよ」
「せめて名前で言って上げてよ!」
「そうですよぉ!」
あんなのは椅子で十分でしょう。奴隷になり媚びへつらう。助けて上げようとしているのにご褒美の言葉でコロリと態度が軟化する。はっ、雄を捨てないだけゴブリンの方がまだ優秀ですね。
あれらはエルフの誇りが消えた椅子。椅子に尊厳を与え、まだ人として扱おうとしている勇者は何と生温いのか。
「私が勇者なら蝋で全身を固めています」
「こえーよマイラン!」
「何か俺急に助けられたくなくなったんだけど…」
やはり燃やしてしまった方が綺麗になりましたか。
奴隷になった所でまだまだ余裕がありそうな椅子たちはそれなりに大切に扱われているのでしょう。触手で改造されてしまってはいるようですが。
そう考えるとあれはあれで幸せの一つなのかも知れません。
同じにしたくありませんが私が師匠と寄り添うのと同じように、彼らは勇者と一緒にいるのが良いでしょう。あの緩み切った顔を見ればよく分かります。
そう考えるとやはり――。
「――やはり燃やしてしまいますか。【エンシェント・プロミネンス】」
「「またかよ!?」」
焼きたい衝動に駆られて擬似太陽を投げつけます。
しかし当然ながら消火されてしまい、火傷一つ負わせられません。
「だから無駄だって言ってるのが分からないのオバサン?」
………。
「………ほう」
「「「ひっ!」」」
まだまだエルフとしては若く肌の張りも十分な私に対してあの小娘は何を言ったのでしょうか?いけませんね。まだボケるには三百年早いのによく聞こえませんでした。
「ま、マイラン落ち着いて。ね?」
「そうですよぉ。種族が違うんですから年なんて気にしなくてもぉ。エルフは長生きなんですから百年以上なんてザラじゃないですかぁ」
「別に気にしてませんが?」
ただ不思議と湧き上がるものがあるだけです。こう若気の至りで焦土を造り上げてしまってSランクの冒険者になってしまった時にも似た気分が込み上げるだけですね。
「マイランが笑ってるぞ…」
「こえぇ、こえーよ。目だけ笑ってないのが異常にこえーんだけど」
そう言えばその時に付いてしまった称号がありましたか。【全てを灰にした者】となんでしたっけ?
「ふん、どうせ人間換算したらオバサンでしょ?だいたい百年も生きてればババアじゃない。美っちゃん、このババアさっさと始末しちゃおう」
「オッケー」
………ああ、思い出しました。
「ちょっと血祭りにしますか」
【惨殺者】。どうにも魔法より剣の方を好んで使う所為か付いてしまった称号ですね。
・・・
最近は剣を使わず魔法ばかりで飽きていた所です。
少しばかり運動するとしましょう。
私は担いでいた大剣を横に振って感覚を確かめる。
「「ひっ」」
それだけで委縮した声を出すマルアとミネリアに内心呆れつつ敵の様子を伺った。
相変わらす動く気の無い他の勇者たち。機会を伺っているのか、はたまた本当にやる気がないのか。
どちらにしても倒すべく相手は目の前にいる。特に教育の行き届いていない者たちへきっちり教育を施すとしましょう。
これでも調きょ、…教育は得意分野です。幾多の者たちに身の程を弁えさえ、正しい道へと導いて来たか。
そんな私の持論ですが教育で最も大事なのはただ一つだけ。それは一体何か。
知識力?いいえ。知識などは後からでも着いて来ます。
指導力?いいえ。物覚えなど良い悪いがいて当たり前なのですから二の次です。
必要なのは本当にただ一つ。
「死なない程度に殺しましょう。どちらか上か、その空っぽな頭に刻みで差し上げましょうか」
如何に相手を屈服させられるか。支配力こそ教育には欠かせないのです。
「「絶対マイランが禄でもない事考えてる(よぉ)!!」」
マルアとミネリアは私に教育されたのを思い出したのか身を寄せ合って抱き合っています。
まあ二人は魔力タンクでしかありませんので、今はそうしていればいいでしょう。
「ふーん。だったら私がその薄い胸をズタズタに刻んであげるわ」
槍を持った少女、美っちゃんと呼ばれていましたか。これは中々教育しがいのある生意気さですね。
そんな彼女が私の大剣を見ても物怖じしないで一直線に突っ込んで来ました。
槍と大剣ではリーチの差で言えば槍の方が長いですが、それも僅かな差。この程度の差でやられる柔な鍛え方はしていません。
しかしこれはあの時の再戦ですね。
エルフの里では椅子たちはこちらの立ち位置で、ミネリアとマルアも魔法をそれなりに行使して対等でしたか。
今では殆ど私一人で相手をする始末。まあ、無駄に魔法を使って魔力タンクとしての役割を果たせないよりはマシですかね。
「【プロテクト・ディフェンス】」
大剣に付与した魔法は衝撃を和らげる効果のある魔法。
槍の刺突にそこまで威力があるとは思えませんが、用心するに越したことはありません。
ギンッ、と互いの武器が重なり合い、それは協奏曲のメロディとなって周囲に奏でられ始める。
幾重にも渡る攻防もノドカにさえ届いていない槍捌きは酷く遺憾に思えますね。常人であれば槍を一合交わしただけで絶命していますが、生憎と鍛え方が違います。
「大口を叩くだけの実力はあるみたいね!」
「それはどうも。そちらは実力が勇者の名にまるで合っていませんね」
「言ったわねババァ!!」
槍の穂先がブレて喉、腹、胸を同時に襲われますが冷静に大剣を一振りして凪ぎ払います。
「くっ、力任せとかエルフなら魔法使ってなさいよ!」
「偏見ですね。まあ珍しいのは否定しませんが」
「美っちゃん!伏せて!【ファイヤー・アロー】!!」
私の魔法を消した少女が二十を超える炎の矢を私に集中させますが…。
「術式構成が魔力頼りなのは頂けませんね」
大剣の先に魔力を込めると的確に突いて炎の矢を掻き消します。
「うそっ!?」
「私の魔法を霧散させたのはスキルの力でしょうか?その程度であれば小手先の技で出来ますが?」
魔法の魔力循環箇所を的確に突いて術式との連携を破壊すれば魔法は消滅します。
魔力を多く流せば術式は規模を膨れ上がらせますが、その分このように魔法を構成する大元の魔力が露見しやすくなります。
膨大な魔力と勇者の肩書きが研磨を怠ったのか。いささか残念でなりませんね。
私の魔法を消した時は私と魔法の技量は同等でしょうか?と、疑問に思いましたがやはり底が知れます。この程度であれば前の私は苦戦しても、今の私には物足りませんね。
「さて、次は私の番ですね」
大剣に魔力を這わす。私の魔力を受けた大剣は黒から赤に染まり、金属同士が擦れる音が響いた。
まずは勇者の二人を倒してしまい、如何に自分たちが脆弱なのかを知らしめましょう。
「行きますよ」
私が大剣を振り上げたその時、それは起こります。
ギャシャッ、と四方で金属音と肉の潰れる音が重なり合いました。
「ま、手を出すならこのタイミングだよねー」
「っち、バレてたかよ」
天華様が不良少年を。
「……無駄」
「やるとは思ってましたが」
「僕の糸が消されるなんて…」
「水車輪を正面から受けただと!?」
レンとノドカが気弱そうな少年たちを。
「ふん。随分と面白い生物だな」
「私の触手を切るなんて許せませんね」
皇様が触手の少女を。
「気が高ぶり過ぎておりますな」
「クソがっ!邪魔すんじゃねぇよジジィ!!」
ハガクレ様がキチ〇イを。
「ここで動くか」
「ふふ、俺と陸斗きゅんのナカじゃないか」
そして師匠と変態が私に降りかかる暴挙を食い止めました。
いつか動くだろう待機していた勇者たち。それが今、隙を見せた私に勝機と感じてそれぞれが示し合わせたように動きました。
「それじゃあ、ここからは各自でやっちゃいますか。誰が一番早く制圧出来るか競争だね」
「私はそれで構わんぞ。さっさと制圧すればその分これを弄り回せる」
楽しい乱戦だー、と天華様は叫ぶと、それぞれが先に攻撃を防いだ相手と戦い始めました。まあ、私の相手は変わりませんが。
それはそれとして。
「貴方たちは見ているだけですか」
「あれに割り込むなんて無理でしょ!?」
「そうですよぉ。私たちじゃ盾にもなれませんよぉ」
「まったく使えませんね」
これが終わったら二人を扱くのは確定としてまず、目の前の処理から行いますか。