103話目 渋々バトル
悲鳴を上げる彼らに俺たちは仕方なく助ける方向で動く事にした。
「大変、本当に、どうしようもなく気乗りはしませんが、そこの二人を返してもらいます」
マイランさんが気乗りがしませんと身体で表現するかの如く、重そうに取り出した馴染みの黒い大剣を肩に担いだ。
「そんなに嫌なら助けなくてもいいのに」
「そうそう。こっちにいた方がこれらは幸せだって」
「「おっふ…」」
またも撫でられ悶えるエルフ二人にマイランは顔をしかめる。その目は汚物を見る嫌悪感を出しており助ける気が益々減衰していた。
しかしそれでもマイランは助けるだろう。
俺は知っている。マイランが何だかんだと二人を気に掛けていたのを。
マルアさんとミネリアさんがいなくとも結果は変わらなかったに違いない。
何故ならマイランはどうしようもなく優しいから。
メイドでエルフなのに魔法よりも近接戦を好み、周囲からその加虐的な言動と行動で威圧感を与える彼女。
しかしそれはマイランを一方向から見た一面でしかない。
本当は誰よりも仲間を思い、しかしそれを表に出せない不器用さ。
「や、止めてくれ…。うっ…」
ピクリと動く細い眉と虫の交尾を見せられた不愉快そうな目は、それでも仲間を思っている。
「ひぅ…、ご主人様何卒ご勘弁を」
ヒクッ、と動く冷淡な口元と豚の呻き声を聞かされたように不快そうに細かく動く耳は、それでも仲間を思っている。
「もう、ちゃんと我慢しなさいよ」
「今夜は寝かせないわよ」
「「はい…」」
ブチッ、切れた血管の音。頭の血管が二、三本切れてしまった音が鳴ったとしても仲間を思っている。………と思いたいな~。
「もう死になさい。【エンシェント・プロミネンス】」
込められた魔力の濃度は擬似太陽でも生み出さんばかりに圧縮され、出された白い炎は灼熱地獄を作り上げる。
二人の煩悩を物理的に焼き殺すように投げられた火の玉は膨れ上がり、目の前にある全てを亡き者にしようと企てる。
「ちょっ、マイランやり過ぎだって!!」
「そうですよぉ!!」
自分たちのせいで奴隷になってしまった手前、強く批判出来ないマルアさんとミネリアさん。
しかし二人とも先程まで目が殺ってしまえと語っていたのは敢えて言わない。
仲間と一緒に焼き尽くさん炎の塊が彼らを襲う。
「この程度なら何てことないわね」
しかしそれはあっさり消え去った。
「どう?自分の必殺技を簡単に潰された気分は?悔しい?悔しいでしょ?」
加藤は酷く人を小馬鹿にした煽り方で自分が行った偉業を自慢する。
元クラスメートたちに傷一つないどころか、地面に焼け焦げた跡さえ見つけられない。
完璧なまでにマイランの魔法を打ち消した加藤の実力は紛れもなくチートであった。
そんな加藤の凄さに愕然とするエルフたち。魔法に長けたエルフたちだからこそ言える。マイランがどれだけ凄い魔法を放ったのかを。
今、マイランが放った魔法【エンシェント・プロミネンス】は本来集団魔法であり、それも長時間の詠唱を要して放たれるそうだ。
受ければ周囲一帯が焦土になるのは必須。そもそもこんな近距離で放つ魔法ではなく、もし仮に他のエルフが同じ事をすれば自殺も良い所。【エンシェント・プロミネンス】に使用した魔力が多く、自衛に回せる余力なんてないそうだ。
それだけ大規模な魔法を瞬く間に消し去った。
エルフたちからすれば一人で集団魔法を放ったマイランも大概だろうが、被害と呼べる被害を発生させなかった加藤も大概でしかない。
「ま、マイランの魔法が消されるなんて…」
「有り得ないですぅ…」
マルアさんとミネリアさんが愕然とするあまり気の抜けた声を漏らす。
「ご主人様には勝てないのか」
「俺たちは一生椅子なんだな…」
パルサとルデルフが人生を諦めた。
ただ、このエルフたちは何を勘違いしているのだろうか。
マイランの全力がたかが集団魔法程度で終わると思っているのならそれは『天災』に失礼でしかない。
「小石を投げた程度でこれだけ騒がれると不愉快ですね。貴方たちは教育し直しましょうか」
意地ではない。純粋な事実を述べるマイラン。
本気などでは一切ないとする態度に加藤は目を白黒させるもすぐに元に戻る。
「強がりね。あんな魔法を連発出来るわけないじゃない」
マイランの物言いに加藤は鼻で笑う。
「連発?」
マイランは逆に小首を傾げた。
「出来ますが何か?【エンシェント・プロミネンス】多連」
最早躊躇なしのマイランの魔法は加藤に向かって恐ろしい勢いで集団魔法が放たれた。
「「………」」
本来なら一回放つだけで大量の魔力と時間を要す集団魔法。それが今目の前でたった一人による連続行使を目の当たりにしたマルアさんとミネリアさんが言葉も出せずに立ち尽くした。
きっとその脳裏には炭さえ残らず蒸発し、青い空に笑顔を残したパルサとルデルフの姿が映し出されているのだろう。
エルフとして生を受け、椅子として生涯に幕を閉じた哀れな男たち。最後が仲間による憂さ晴らしによる攻撃だったのだから笑うに笑えなかった。
誰もがやってしまったな、そう思った矢先、それは起こった。
「あっぶないじゃない!!私がいなかったらこいつら死んでるわよ!?」
「「ええ!!?」」
焼死体待った無しの攻撃を受けたにも関わらず加藤他、全員に多少の焦げはあるもののダメージらしきダメージを負ってはいなかった。
「ちっ、椅子は無事ですか」
「舌打ちとかひでぇよマイラン!!」
「お前俺らをまとめて始末する気だっただろ!!」
実際そう言う攻撃だった。
本来の太陽の表面温度は約六千度。マイランの放った【エンシェント・プロミネンス】はあくまでも擬似太陽でありその熱量はたかが約四千度。
それでも近づけば炭も残らないのは当たり前であり、近くにいた俺たちもマイランの魔法による防御結界があっても相当に熱かった。
なのに彼らは少し焦げただけ。
他人の魔法までも支配したかのような力を加藤一人で行ったとすればその実力は俺たち『天災』に届くかも知れないポテンシャルであった。
「それでどのようにして魔法を消されたので?」
文句を言うパルサたちを無視するマイランはそれでも平然としながら加藤を見つめた。
椅子から立ち上がった加藤は自身の髪をかき上げると、マイランを見下すように胸を張る。
「所詮魔法なんてものは魔力で編んだ工芸品。なら魔力を霧散させれば魔法と呼べる現象は全て霧散するもの。私がしたのはただそれだけよ」
「他人の魔法に干渉した!?」
「ふえぇ!?有り得ないですぅ!!」
魔法に詳しいエルフだからこそ加藤がやった異常性にすぐ気が付いた。
しかし俺たちは魔法が使えないし、あまり理解もしていない。皇なら研究をしているから着いて行けるのだろうが俺や天華は理解出来なかった。
「何が言いたいのか分かんないよ。マイラン、解説して解説」
「はい、分かりました」
マイランは天華の要望に応えて今起きた現象の異常性を説明する。
「ここに火球の魔法を出します」
指先に小さな火の玉を浮かせるマイランはそれをふよふよと右に左にと動かした。
「このように魔法は一度出せば終わりではなく発動者と魔力でリンクが繋がれます。ですからこのように自然な現象として起こり得ない動きを行使出来ます」
火の玉は形を変え、馬になったり鳥になったりと変化を繰り返す。
「これが集団魔法の行使が難しい理由でもありますね。全員が同じ思考、同じ行動を魔法に入力しなければすぐに魔法が消滅してしまうからです」
私には関係ありませんが、と言って火の玉に戻した火球を今度は右と左に同時に動かそうとして玉の形を維持出来ずに消え去った。
「ここで今問題となるのは魔力によるリンクです。これは本来魔法を発動した者としか繋がれる事はありませんが、あの椅子の所有者はどうやったのか私の放った魔法とリンクを繋げて魔法の指向性を捻じ曲げました。それでも本来なら余波で焼けておかしくないのですが、見事無事なわけです。ちっ」
なるほど。つまりどんな魔法も加藤には通じないと考えていいのか。とんだチートだな。
流石勇者か。この世界の法則の上位に立ち、人によっては神の奇跡と錯覚させる力を持つ。
もしも本当に魔王がいたのならたとえ一人であったとしてもきっと世界を救えただろう。
だけどこの世界に魔王はいない。
獣人、エルフ、竜人種にそして人。様々な種族が織りなす国で、王はいても世界を滅ぼすだけの脅威を持つ魔王はいない。
いるとすれば行き過ぎた野心を持ってしまったアビガラス王国そのものが魔王と呼べるか。
そしてそんな世界で好き勝手をする彼らは悪魔。実際に黒い悪魔と呼ばれた事もある彼らにはピッタリな配役だろう。
そんな化物と対峙するのに不思議と心は穏やかだ。
昔ならもっと取り乱していただろうが、今はそんな事はない。
「マイラン交代するか?」
魔法が効かないのならマイランでは不利だろう。そんな意地悪な考えで聞いて見た。
「問題ありません。魔法が消された所で勝てない相手ではありませんので。それに魔力タンクもありますから」
「「いやいやいやいやっ!!」」
その魔力タンクが全力で嫌がってるけどな。
でもマイランが問題ないと言うなら良いだろう。様子を見させてもらうかな。