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100話目 一方的な戦争Ⅳ

残酷な描写あります。注意をお願い致します

「さて、俺もやるか」


 あちらこちらで闘争の香りを感じ取った。

 僅か九人で国を、下手をすれば世界を相手にするとか冗談みたいだ。こっちの世界に来る前の俺なら諸手を上げて降参している頭のネジが何十本も外れた狂気の沙汰。


 それでも今は勝てると確信を持っている。

 だって相手はただの食材。切っても良い、炙っても良い、焼いても揚げても良いなら敵にはならない。


 調理中に少しは暴れるかも知れないが、そんなのは料理人にとって日常だ。

 解体前のイノシシの方が大きい相手になにを臆せばいいのか。

 

「まあ、数ばかり多いしな。普通に考えれば脅威だろう」


 砦の上から俺は下で魔法や投擲を繰り返す敵たちを眺める。


「おっと」


 飛んで来る悪意の塊を躱して全体を把握すればざっと万は下らない敵兵。

 そう言った趣旨だったのか、その殆どは敢えて攻撃に参加せず、砦がじわりじわりと落ちて行くように仕向けていた。

 

 王女様の精神を抉る作戦か。それとも単なる趣味か。


 十中八九趣味だろうな。

 これを指示したのが勇者であれ、アビガラス王国の国王であれ、どちらも似通った精神をしている。相手をいたぶってどん底まで落として悦に浸ろうとでもしていたのかね。

 逆転の目は殆どない。チェスで言えば王以外残さず刈り取ってもまだチェックメイトしない鬼畜な行い。


「本当に良い趣味してるよ」


 もっともそれは悪手に変わった。

 俺たちと言う本来は存在しないフェアリー駒の登場によって盤面は覆される。

 さっさと降伏勧告なり出して戦争を終結させてしまえば良かったのに、潰れるまで戦おうと時間を浪費するから暇つぶしで現れた第三者によって終わりを迎えるのだ。


「んじゃ、行くか」


 俺は砦か自由落下に任せて降下する。

 落ちて来た俺を投擲が当たって死んだ兵だと思ったのか。砦に張り付いていた敵兵は僅かに避けるだけで逃げようとはしなかった。


「よっと」


 軽く着地すると周囲がざわついた。


「なっ、あんな所から落下して無傷だと!?」

「ありえねぇ、一体どんなスキルを使ったんだ!?」


 別にスキルじゃない。皇から貰った【両足の領域(インベーダー・レッグ)】と天華から教えて貰った体術だ。

 

「殺せ!!」


 殺気立った兵たちが殺到する。

 各々が持っていた槍が四方八方から迫り来るも脅威にはならなかった。

 

「「「!?」」」


 武器を体表に滑らせて別の武器にぶつける。やったのはそれだけ。それだけでまるで立ってるだけの俺を無視して同士討ちしてしまったように武器がぶつかり合い交差してしまった。

 天華なら剣や槍、矢でも出来ただろうが俺にはこれが手一杯。相手がただ突いて来るだけの槍だから出来る技術だ。


 しかしそれを知らない敵兵たちは攻撃出来ない亡霊のように映っただろう。

 僅か一合しただけでたたらを踏み、中には驚きのあまり尻もちを着いてしまった者もいた。


 死ぬ事のない楽勝な戦争だと高を括っていたのだろう。死を覚悟していないからこそ突如現れた脅威に驚きが隠せなかった。

 決死の覚悟を決めていないから続けざまに攻撃を出来なかった。砂糖並みに甘いと思わざる得ない。




「せめて美味しく殺してやるよ」 




 それが食材に対する儀礼だからな。

 『界の裏側』から取り出した二本の刺身包丁。これに『氣』を纏わせて刀身を長くする。


「調理開始だ」


 俺は戦場(ちゅうぼう)を駆ける。

 指揮者が指揮棒を振るような軽快さで振るわれる刺身包丁は敵兵たちをことごとく切り裂いて行く。


「ぎゃっ!」「ぐえっ!」「ぶひゃっ!」


 しかし…。


「って、あれ?」「俺、斬られたよな?」「死んでない?」


 誰もまだ死んでいなかった。

 それでも尚、走りながら振る刺身包丁は敵兵たちを切り続ける。

 一体何がしたいのか。それが分からない敵兵たちは目で追うのがやっとな速度で走る俺に視線を送る。


 止まらない。迫る俺に剣を振る者もいた。

 止まらない。迫る俺に魔法をぶつけようとした者もいた。

 止まらない。迫る俺を捕まえようと手を伸ばす者もいた。


 しかし止まらない。戦場を駆け抜けた俺はそこで刺身包丁を振り『氣』と一緒に付いた血を振り落す。

 

「調理完了だ。美味しく食えよ」


 何が言いたい?切られた者たちは一様にそんな視線を送って来るが、直にそんな悠長にしていられなくなる。今回はそうした調理なのだから。


「あれ?何かいい匂いがしないか?」


 一人の兵士がクンクンと鼻を鳴らして周囲を見渡す。

 戦場にいたせいか碌に良い食事が出来ていなかったのだろう。感じ取れる極上の旨味に大きく唾を飲み込んでいた。


 この一人の兵士を皮切りに先まで戦おうとしていた者たちも手を止めて辺りを伺う。

 匂いの元は自分たちの拠点からではない。あんな雑な調理と適当な調味料の使い方でこの香りはけしてしない。なら何処からだ?


「近くから感じないか?」


 匂いはドンドンと濃く感じ、その匂いの元が横にいる者からではないかと鼻を近付けて匂いを嗅いだ。

 戦場にいるのだ。身体など布巾を濡らして拭くくらいしか出来ない。つまり臭いのだ。本来なら鼻の曲がる臭いに対し、鼻を近付けて嗅ぐなどそんな特殊な趣味でも持っていなければ出来る行為ではない。


 しかし嗅いでしまう。

 互いに嗅ぎ合ったり、自分自身を嗅いでこの強烈な旨味が何処から来ているのか分かってしまう。


「なんて美味そうなんだ……」


 彼らの理性的な目が濁り始める。

 ――これから起きる惨劇を見れば俺を見る目は変わってしまうだろうか。

 ただ少なくともここに味方はいない。いるのは――


「あいつらだけだしな」


 砦から俺の様子を眺めている二人の元クラスメート。あいつらにどう思われようと気にはしない。

 

「【一刀調理・――」


 敵兵たちの濁った目にもう理性は宿っていない。

 

「はぐっ!」

「ぎゃぁ!」


 一人の兵が隣にいた同僚の肩を()()した。

 

「う、うめぇ!!」


 人を喰べたとは思えない反応だが、そうなるように調理したのだ。ならない筈がない。

 それを皮切りに次々と互いに肉を貪り喰い始めた。


「がぁ!」

「美味しい!」

「うめぇよ!マジうめぇ!」

「こんなウマイもん喰ったことねぇ!」


 喰って喰われてを繰り返す。

 絶命した者は先に残らず喰われた。そうなったのは良い方だ。


 絶命した者の首に喰らい付きながら耳を喰われている者もいる。

 生きながら動きを封じられて多人数で囲まれて喰われている者もいる。

 指揮官など丹念に調理したからか、大の字に寝かされ手足の先端から喰われていた。

 

 我ながら何ともえげつない。

 人としては死ねない。獣としての最後を選ばせているのだから残酷この上ないだろう。

 でも、こんな暴力的な戦争をしているのだからお互い様だ。命の取り方が違うだけで文句を言うのならお門違いも甚だしい。


 理性を無くしているだけマシだろう。

 果たして彼らは何を食べているのか理解しているのだろうか。もしも理性を取り戻したのなら盛大に吐き散らすか。それともまだ食欲に負けて喰い始めるか。

 

 生きて帰れた者は全員ベジタリアンになってしまうな。あらゆる意味で。

 肉の感触を思い出せば自分が過去に何を食べたかを認識してしまう。そしてそれが最も美味しかったが故にどんな高級な肉だろうと口に含んだ瞬間にクズ肉へと成り果てる。


 ただ彼らは誰一人として生きて帰れない。本能を刺激し続けるこの調理で喰い残しが存在するわけがないのだから。

 だから彼らにとってこれが最後の晩餐だ。


「――(カニバリズム)()(クッキング)】」


 美味しく死ねるなら、まだ幸せだよな?




 ・・・




「えげつないでひゅよ…」

「そうでござるな…」


 才能がどれほど凄くとも多勢に無勢でひゅから加賀氏の助成をして少しでも信頼を得ようとしたでひゅよ。

 なのにこれは何でひゅか?自分たちを『災厄の集い(ディザスターズ)』と名乗るのも納得でひゅ。


「これ加賀氏がやったでひゅよね?」

「見る限り同一人物でござるな」


 災害と二文字で纏めるのは間違っているでひゅ。そう思わせる惨状でひゅよこれは。バイオハ〇ードでひゅか?まるでゾンビを見ているような喰いっぷりでひゅよ。


「加賀殿はただ包丁を振ってただけでござる?」

「でも説明が出来ないでひゅよ。どうやったら一回包丁を振っただけであんな真似が出来るでひゅか?」

「催眠のスキルだったら痛みで目を覚ますでござるしな」

「敵対しなくて良かったでひゅよ」

「スキルがあっても逃げ切れる自信がないでござる」


 大群を駆け回った加賀氏の速さは拙者たちが走る速さを超えていたでひゅ。

 ステータスで上乗せされた拙者たちを超える速度で動けるなんてまさにチートでひゅよ。有り得ないでひゅ。


「……加賀氏が戻って来るでひゅけど拙者たち調理されないでひゅよね?」

「……どうでござるかなー。操られていたと言っても何だかんだと某たちの欲望のままに動いていたでござるから」

「………」

「………」


 取り合えずやる事は決定したでひゅ。


「「誠心誠意謝るでひゅか(ござるか)」」


 出会って即行で調理されなかっただけ希望はあるでひゅよ。……あるでひゅよね? 


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