97話目 一方的な戦争Ⅰ
「まあ、待って欲しいでひゅよ」
俺を止めた田中。庇うつもりはあまりないのか前には出ずに後ろから声を掛けて来ただけたった。
「何のつもりだ?」
仲間だから助けた。そんな殊勝な心掛けを持っていないのは重々承知している。
もしもそんな意志があれば三人で攻撃、もしくは王女様たちを人質にしていただろう。
「取り合えず芽士亜殿は逃げたでござるし監視が無いのは虫で把握済みでござるよ同士」
「そうでひゅか。いやー、加賀氏は中々良いタイミングで来てくれたでひゅよ」
おかげで計画が上手く行きそうでひゅ、と続ける田中は理性的な瞳をこちらに向ける。
「加賀氏はアビガラス王国の情報は要らないでひゅか?王女様にでも良いでひゅよ?」
田中の提案。それはアビガラス王国への反逆を示すものであった。
一体どう言うつもりなのか。それを問おうとして先に聞き返したのは王女様の方だった。
「一体何を考えておられるのですか?」
「某たちの都合でござるよ。この戦争で加賀氏たちが動いたのでござるから勝敗は目に見えているでござる」
「それにもう国に尽くす義理も無くなったでひゅしな」
「な、なぜ…」
酷くさっぱりとした物言いをする二人に王女様は訳が分からないと困惑した。
ただ何となく俺には分かった。この二人がどうしてそんな提案をするのか。
「お前たち洗脳は解けたのか?」
「「あ、バレたでござるか(でひゅか)」」
アビガラス王国は勇者を意のままに操ろうと理性を狂わせ、心から忠誠を誓わせる魔法を使っていた。
大規模な勇者召喚に元から組み込まれていたのかは知らないが、普通に暮らしていた学生たちが人を傷付ける事に忌避感を覚えないよう細工したんだろう。
それが今、二人にはなくなっている。会話をする限り二人から悪意を感じ取れなかった。
レベルが上がって魔法に対する抵抗力が生まれたからか、それとも何か違う要因でもあったのか。とにかく聞かないと分からなかった。
「単純に意識の問題でひゅよ。自慢じゃないでひゅが拙者たちは元がチキンでひゅから。色々やって疲れてしまったんでひゅよ」
なるほど、と思わなくもなかった。
「それに打算もあるでござる。こっちの陣営に寝返ればノンたん、メルたん、クーたんを奴隷から解放出来るでござる」
「彼女たちを幸せにしたいでひゅからな」
理由も分かった。守りたいものがある。ただそれはあまりに都合が良過ぎるんじゃないか?
「お前たちは多くの奴隷を生み出した。それをどう思う?」
戦争に関わる必要の無かった者たちは勇者たちの手により無理矢理参加を余儀なくされた。
それでもまだ自分たちが守りたい者の為に動くとなれば、それは大した道化だろう。
「……責任と言うには甘いでひゅが、こんな状況でも奴隷になった者を一人でも多く戦争に参加させないように尽力したでひゅ」
「……ただ某たちが正気に戻った時が遅すぎたでござる。精々百人しか救えなかったでござるな」
時にはスキルを使い、時にはステータス任せの強引なやり方で奴隷たちを逃がしたりしたそうだが、それでも戦争には間に合わなかった。
そもそも派手に動いて自分たちの大切に手を出されては本末転倒。ひっそりと動くしか手が無かった。
「この砦が責められ切れてないのも某たちの妨害があったからでござる。そんな事実も加味しては頂けないでござらんか?」
「ちなみにさっき襲って来たメイドさんも無事でひゅよ。芽士亜氏に気付かれると面倒だったんで縛ってあるんでひゅけど」
「本当ですか!?」
死んだと思っていた者が生きていた。喜びの声を上げる王女様に田中は頷いた。
「もちろんでひゅ。正気に戻ってるから誰かれ無差別に殺したいとは思わないでひゅし」
「良かった…」
ルミナスさんもそのメイドを心配していたようで人望のある人らしい。こんな戦場にまで着いて来る奇特なメイドなのだから相応に良い人なんだろう。
「ふふ、ルミナスがネイシャを心配してるなんてね」
「あっ、それは単にあれが肉壁になったからであって」
ネイシャって毒殺未遂のメイドか。尋問用にクッキーを多めに渡してたが、もしかしてそれをエサに寝返らせた?普通使わないよなそんなメイド。
ある意味胆力のある王女様の行動に驚かされるが、いるならいるで別に良いかと思い直す。
「とりあえずお前たちの考えは分かった。けど情報は要らない。無駄だからな」
「ありゃ?無駄でひゅか?」
本気になった『天災』にとって国の情報など持っていても意味は無い。その気になれば国そのものを潰せるのだから。
「うーん、じゃあ同盟を組んでいた小国たちが裏切った理由も聞かないでひゅか?」
「俺はいい。そっちの聞きたそうな人たちに教えてやってくれ。俺は砦に纏わりついてる者たちを一掃して来る」
・・・
「加賀殿は変わったでござるな」
「そうでひゅね」
この場を去っていった陸人様に染々とする敵である筈の二人は私たちを気にせずにいた。
「貴方がたは本当に敵対する気はないのですか?」
何せ嘘かも知れない。ただ陸人様は二人が嘘を吐いていると考えもせずに受け入れていた。それは一体何故?
もしや何かしようとしても問題ないように対策をされた?にしてはあっさりと出て行かれました。どのような考えを持たれているのか。私には分かりませんでした。
「ないでひゅよ?一応証拠持って来るでひゅね」
田中は部屋から出て行くと数分後、無傷で縛られたネイシャを運んできました。
「この通り。敵意があれば生かしてなんかいないでひゅよね?」
「んーーー!んーーー!!」
ネイシャは田中の肩に担がれながらも抵抗しており、口を塞がれていながらも声を出そうと必死でした。そんなネイシャが床にゴロリと転がされます。
無事で良かった。勇者を相手にしたのですから命はないものと思っていましたが事実危害は加えられていません。
「ならどうしてルミナスが襲われているのを黙って見ておられたのですか?」
もっと早く助けてくれても良かったものを。
「あの芽士亜殿でござるからな。某たちが裏切ったと知れば確実にノンたんたちに危害を加えるに決まっているでござる。ある程度の所で騒ぎを引き起こす予定でござった。あのタイミングで加賀殿がやって来たのは驚いたでござるよ。ルミナス殿は運が良いでござるな」
「運が良いで済ますな」
乙女の肌を見られたのですからルミナスの怒りも当然ですね。
「でも運が良いでひゅよ?芽士亜氏は屈服させた相手を壊す趣味があるでひゅから四肢が欠損してないだけマシでひゅし」
「………」
それは最悪な相手ですね。
「だからこそ某たちが付いていたでござる。芽士亜殿が勇者の中でもヤバい部類に入るでござるから」
「それは一応感謝いたします。それでお二人を戦力として見ても良いのですね?」
「「もちろんでひゅ(ござる)」」
「あ、姉上はこの者たちを信頼するのですか?」
ファーバルの心配はもっともだった。
この裏切りには裏があるかも知れないと考えて当然。ですが、あの『天災』が見逃したのですから意図があっての事。
それにこれは信頼ではありません。現状でこの二人と敵対出来るだけの戦力を持っていないのですから無理に強がってやられるよりは、このまま二人の思惑に乗るのが鉄則でしょう。
「では加賀氏の仕事ぶりでも見に行くとするでひゅか」
「そうでござるな。無策で外に出るとも思えないでござるし」
二人は私たちを置いてさっさと外へ出掛けられました。
これだけ勝手に動くのですから手綱を握ろうなど考えるだけ無駄に終わります。
「んんーーーーーーッ!!!」
「そう言えばまだ解いてなかったな」
私たちはネイシャの縄を解いてから陸斗様の元へと赴くのでした。
・・・
皇side
ふむ、所詮は有象無象か。は軍隊アリを眺める気分で戦場に向かうモルド帝国の兵を眺めていた。
私は陸斗の向かった砦より先にある渓谷に来ていた。
理由としては自身が渡した爆弾の効果の確認であり、モルド帝国の相手はオマケに過ぎない。が、王女に助けてやると宣言した以上はやらねばならない。
「諸君。戦争は好きかね?」
人が態々天華の好みに合わせて軍服に白衣と異色の服装で出向いてやったのだから少しばかり道化のように踊ってやろう。この間に逃げる賢い者がいれば助けてやっても良いがね。
私は進軍して来る兵たちの前に出るとマイクを使い演説をするように高々と声を張る。
「諸君は戦争が好きなのだろう。大好きなのだろう。天華であれば私も大好きだとパクリの如く言ったのだろうが私はそれほど好きではない」
いきなり現れた私に対して不可解な顔をする兵たちだが、嘆かわしい事にその足取りは止まらない。
子供一人程度なら障害にさえならないと適当に斬り殺して進む気なのだろう。
「戦争は資源を無駄に使う。それだけに留まらず、あらゆる資源を破壊する。科学の発展に争いは付き物ではあるが、進歩の見出せない者同士が戦った所でその足を互いに引っ張り合うだけで価値がない」
まあ構いはしない。どうせ潰してしまうのだから自分たちの足で向かって来る分、こちらから動かなくて良いのだからエネルギーの無駄使いをしなくて済むと笑ってやろう。
「君たちもまた資源だ。科学の実験にモルモットを使って様子を見、徐々に大きくしてサルを使い、最終的に人に投与。そんな回りくどい事をしなくとも、君たちの様に死んでいく者を使えば科学は駆け足で成長していくと言うのに」
実に嘆かわしい、資源の無駄遣いだと大げさに頭を振る。
「まあ、長々と喋ったが端的に言えば君たちは私の資源として回収されてもらう。最もこんなに多くは要らないので一厘程度残れば良い」
子供の妄言だと一本の矢が私に向かって放たれた。
十分な敵意だ。私も無抵抗の者を処理して行くだけなのは胸が痛むからな。存分に抵抗したまえ。
「よろしい。ならば戦争だ。一心不乱になって後悔しながら死にたまえ」
放たれた矢は確実に私の眉間を捉えていたが【有現の右腕】で的確に撃ち落とした。
「フハハハハハッ、まずは精神攻撃と行こうか 【決意の鉄槌】」
白銀の小槌を地面に向かって投げ落とした。戦場に響き渡る小槌の音が澄んだ音色となって風と共に駆け抜けた。
たったそれだけで正面にいた兵たちに異変が起こる。
「ああ死にたい」「俺は何でこんな事を」「もう死のう」「殺してくれ」「ぎゃああぁぁぁ!! 」「やめ、やめろォォォッ!!」「止めて、止めてええぇぇぇ!!」「 ぐぎえぇぇっ!!」
膝を着いて後悔する者。涙を流して嗚咽をすする者、中には心中するつもりなのか横にいる自分の仲間を刺して死んだ者もいたが自殺した者は意外と少数だった。
「ふむ、【決意の鉄槌】は人の罪悪感を増幅させる物なのだが。モルド帝国は精神面での教育は実に優れていたようだ」
半分くらいはこれで死ぬと思ったがモルド帝国を私は甘く見ていたらしい。
文化的な水準は低くとも人を殺す事への忌避感は徹底的に潰す洗脳教育はバッチリなようだ。ただそれでも一回【決意の鉄槌】を振っただけでこの有様なのは教育不足とも取れるがね。
「諸君、もっと抵抗したまえ。実験動物としての価値もないと一厘さえ残す気が無くなってしまう」
次は何を使ってやるべきか。どうせなら新作のお披露目とでも行こうじゃないか。
「殺せ!奴は魔女だ!!火の魔法で焼き払ってしまえ!!」
立ち直った指揮官が指示を出す。
確かに戦場に突然現れた不気味な存在など近付かずに焼いてしまった方が良いだろう。実に合理的な考えだ。
しかしこの私が魔法の対策も行っていないと思っているのかね?
「ま、魔法が使えない!?」
「魔力が収束しないぞ!?どうなってるんだ!!?」
私はポケットから先端に球体の付いた一本の木の棒に見える道具を取り出す。
「【悪食の顎門】。こいつは本当に悪食でな。設定すれば何でも喰うぞ?魔法の根幹である魔力も空中に出れば餌でしかない」
魔法の原理は既に解析済みだ。魔力を魔法に変換する際に必ず空中に現れる。この性質を利用してエルフ共が合体魔法かなんかをやっていたな。
そんな訳でどれほど魔力を絞り出して魔法にしようと先に【悪食の顎門】で喰ってしまえば魔法は使えない。
元は単なるゴミ処理用に作った品だが、思いのほか良い仕事をする。
魔法に自信を持っている奴から悲壮な顔になっていくのを見ると実に滑稽で笑えてしまう。
「だが、【悪食の顎門】の本来の姿はこれではないのだよ。【悪食の顎門】展開せよ」
『マスター承認。【悪食の顎門】展開します』
【悪食の顎門】は私の身の丈まで大きくなり先端が槍の如く鋭く長い柄に球体を付けた金属製のハンマーに似た形状となった。ただし球体の天辺には鋭利な三角錐を幾つもつけた、牙を連想させる。
「さてここからが悪食の本領だ!十分に味わうと良い!!」
私は宣言通り一厘しか残さない。一般兵、指揮官、どれも等しく喰ってやろう。
長くなりそうなので切りました。
来週課金してしまいそうだ……。それに夢中で遅くならないように頑張りますwww