95話目 女騎士の宿命
「ネイシャは大丈夫でしょうか?」
私たちはネイシャが稼ぐ時間を無駄にしないべく、ただひたすら廊下を走る。ファーバルの歩幅に合わせているのでどうしても早歩きの速度となってしまうが敵がいる以上担いで動くのも無理がありました。
「あれは死んでも死にません。問題ないでしょう」
ばっさりと切り捨てるルミナスを薄情だと思うべきか。それともいがみ合う中だからこそ見せる信頼の表れか。
どちらにしても今は逃げるのを優先すべき。いつの間にか勇者の侵入を許してしまった以上皇様の助っ人が来るまでここから逃げ続けなければならない。
いつ来るか分からない助っ人を待つ。不安がないと言えません。それに逃げ場はありません。
砦の外には集められた敵国の兵と裏切った兵で埋まっています。
この砦そのものも強固とは言い辛く、まだ耐えられているのが不思議な程。
砦内に侵入した勇者を倒すのも一つでしょうが、団長クラスの騎士一人でも荷が重いのは第二騎士団長が証明しています。
こうなってしまった以上騎士たちの戻りを待っていられません。残った兵で強行突破を選択するしかないでしょう。
砦の一部を敢えて崩し、爆弾によって一気に破壊する。それによって砦を囲む敵兵に強力な石礫をぶつけて隊列を崩す一手。風の魔法も使い、爆風に指向性を持たせて威力も上乗せする算段です。
元々やる予定が前倒しになるだけ。今やらなければ背中の勇者に私たちは潰されてしまう。
「姉上、ネイシャと戦ってはダメだったのでしょうか?」
勇者一人に対し、私たちはファーバルも含めれば四人いた。数の差を考えれば確かにファーバルは正論を言っている。
しかしそれは実力差を考慮しなければの話。
「ファーバルや私にはスキル無効の力があり、ネイシャは毒、ルミナスは剣と理にかなっているのでしょうが難しいでしょう。勇者が単身でここに来れる時点でステータスの差は大きいと考えるべきです」
私たちがレベルアップした時のステータスが1上がったとして、勇者は10や100上がると噂で聞いた事があります。
真偽はどうか知りませんが、脅威が迫っている以上それを推し量るだけの時間は残されていない。
「あの少年がここに来たのなら恐らく他の勇者も…」
「正解だぜ王女」
「「「っ!!」」」
目の前には先の少年よりも太ったニキビの多い少年が胸当てだけを付けて立っていた。
気が付けば目の前にいるなんて反則も大概ですね。
「貴様、何処から現れた!!」
抜刀したルミナスが盾となってその身を晒す。
「そんなの言うかよ。おい、青山。そこで王女が逃げないように見張ってろよ」
「っ!?」
後ろを振り向けばやせ細った黒装束の少年がいた。気配は無かった。本当にどこから現れたのか分からなかった。
「某は芽士亜殿には仕えてないでござるが」
「その名で俺を呼ぶんじゃねぇよっ!!とにかく逃げないようにしてろクソが!!」
「はいはい、でござるよ」
前には太った勇者。後ろには痩せた勇者。一体どれだけの勇者に侵入を許してしまっているのでしょうか。
僅かな希望があと一歩でやって来ると言うのに。この窮地を地力で乗り越えなければならないなんて…。
「ああ、一応言っておくでござるが某は手を出さないでござるよ。こっちに来たら止めるでござるが」
「………」
信じるべきでしょうか。ですが勇者二人を同時に相手すると考えるよりも一人一人相手に出来るならまだ勝機はある。
「……やれますねルミナス」
「当然です。【騎士の栄光】【騎士の誉れ】【戦乙女】」
一気に三つのスキルを使用したルミナスは本気の本気だった。
あの方たちと戦った事で慢心するのを止めたのだろう。最初から全力で挑んでいた。
もしここで負ければ後が無いと分かっている。それに相手は勇者。芽士亜と呼ばれていましたから恐らくネイシャの資料にあった徳田芽士亜でしょう。
問題はこの人物のスキルや情報が殆どないのです。加虐趣味で暴力的。日常的に誰かをいたぶる真性のサディスト。
追跡中には何らかのスキルで姿を眩まされ、行方を追えなくなってしまう人物とあった。つまり能力的に隠密性に長けたスキルの持ち主。気が付けば刺されている可能性がある厄介な相手。
ですが、私たちの前に姿を見せたのはよろしくありませんでしたね。
私とファーバルの二人がかりであれば対象が見えなくなるスキルを使ったとしても解除出来るのですから。
「ファーバル注意してください」
「分かりました姉上」
私の意図を組んだファーバルが芽士亜から目を離さないままコクリ、と頷く。
こちらはいつでもいけた。どのような不意打ちでもルミナスなら対処出来る。どんな魔法を使おうと詠唱の出だしから止められる。どんなスキルであっても私たちが打ち消す。
完全な布陣は構築された。後は純粋なステータス差ですが、これはもう天に運を任せる他ありません。
正直に言って戦いたくはなかった。戦えば必ず負傷する。
最悪の場合、ルミナスも失うとあってはこの砦から出るのも絶望的になってしまう。
しかし勇者たちが逃がしてくれない以上は戦うしかありません。
私たちは芽士亜の一挙手一投足を見逃すまいと瞳孔を見開いて注視します。
「それじゃあ始めるかよメス豚ども」
「「「え?」」」
消えた?そんな!どうして?!
スキルの使用での透明化なら直ぐ解除出来るのに目の前にいないとはっきり断言出来てしまう。
「ここだ女騎士!!」
「がっ!」
突如としてルミナスの横から現れた芽士亜の蹴りが腹部に命中し扉をぶち破って部屋の中に転がった。
「ルミナスっ!?」
ありえません。何ですかこれは!?
相手がただ速いのか。にしては目の前を消えてから姿を見せるまでにタイムラグがあった。それに速いだけならルミナスだって対処出来る。
それなのにどうして目で追う事さえ出来ないのか。
部屋に転がったルミナスを追いかける私たちは今起きた現象を信じられずにいました。
ルミナスがなすすべなく一方的にやられてしまうなんて。
「おいおいおい、どうしちゃったんですか?雑魚過ぎて笑いが止まんねー。ひゃはははっ!!」
ルミナスの努力を嘲笑う芽士亜はのんびりとした足取りで追撃など考えもせずに部屋に入って来た。
私たちなど驚異とは感じられていません。実際スキルなのかステータスによるものなのか分からない攻撃をされ、反応出来ていないのですから無理ないのでしょう。
「世界的に見れば別に雑魚じゃないでごさるよ?徳田殿のレベルが70超えているから雑魚に見えるだけでござるし」
最後に入って来た黒装束の勇者の台詞に驚愕させられた。
レベルが70?そんなのは化物だ。人の領分で達せられるものではない。どれだけの生物を殺めればそれだけのレベルに至れるのか。
ルミナスのレベルで53。レベルの差からして圧倒的に違う。それでいて勇者の持つ成長補正を鑑みれば勝つなど絶望的。
ですが、それでもルミナスは落とした剣を拾い立ち上がると、勇者に刃先を向けて対峙した。
「レベルがどうした。私はまだまだ戦える…」
「粋が良いじゃねぇか。俺はそんな奴をぶっ壊すのが好きなんだよ!!」
またしても見えなくなる芽士亜。目で追えない程に速く動ける。これがステータスの差だと言うのですか…。
「あー、深刻に考えてるけど違うでござるよ」
「え?」
強者の余裕か。それとも何か別の意図があっての事か。黒装束の勇者が今起きている事象を説明する。
「あれは徳田殿の【転移】のスキルでござる。透明になる類ではないでござるね。だからスキル無効も転移した後だから通じないでござるよ」
「なっ!?」
【転移】のスキルなんてただのおとぎ話でしかないスキルを持っているのですか!?
信じられない気持ちと事実そうでしかこの状況を説明出来ず納得してしまう自分がいた。
確かに私の持つ【王女の威光】は身体強化系の封殺は得意でも、瞬間的なスキルの使用には弱い。何故ならスキルの可否を選択しなければならない思考の時間が存在するから。
それに目の前から消えられればスキルの可否そのものを選択出来ません。
だから攻撃にタイムラグがあったのですね。
気が付けばそこにいる。それは単に【転移】によってその場所に現れただけ。そう言う事なのですね。
「ちなみに消えて直ぐに現れないの世界の違う次元に移動してから戻って来るからでござる。あそこは気持ち悪いから何度も行きたくないでござるよ」
「何故、最初から【転移】を使わなかったのですか?」
そしてその【転移】を使ってこの砦に現れたのですか。
やる事の全てが遊び半分。こんな砦に籠る前から、そもそもこの【転移】を使って私の首を取れば戦争も起こせず終わったのではないでしょうか。
「ぐぁっ!」
「どうした騎士様?その程度かぁ?へひゃははははははっ!!」
ルミナスは奮闘するも現れる場所が分からず、受け身も取れず殴られ放題やられている。
剣の一刺しで終わる行為を敢えて長引かせている芽士亜の行いは正に私の希望をゆっくりすり減らす非道な行いでした。
芽士亜はまたも【転移】で消え去ります。
「使わせないようにした、と言ったら信じるでござるか?」
「え?」
ボソッと小さく吐かれた台詞。だけどそれは間違いなく私の耳に届いて来ました。
一体どういう事なのでしょうか?この者は何を考えているのでしょう。まるで見当が付きません。
「まあ、アビガラス王の命令でもあるでござるよ。『モルド帝国を苦しめながら堕とせ』と言われていたでござるから某たちが最初に動けばそれで終わっていたでござる。それに某たちは欲望のままに動いているでござるから」
ただ言えるのはこのシナリオはアビガラスの国王が作ったもの。最初に希望を持たせておいて少しづつ身を削らせるえげつない方法を取った。
勝てると希望を持たせておいて最後には自暴自棄になるよう追い込むなんて。しかも他国が裏切るオマケもついている。
希望なんて初めからなかったのです。
もし今あの方たちが訪れたとしてもこの勇者たちが動く方が早い。【転移】を使われれば見失う者たちなら私の首を持ってアビガラス王国に変えるのは簡単でしょう。
「あ、ここにいたでひゅか。捜しましたぞ同士」
三人目の道化の勇者も戻って来た。助っ人として来て下さる『天災』でも時間までは巻き戻せない。
私、ファーバル、ルミナスはもう終わりですね。
「あのメイドは良かったでござるか?」
「ちゃんとしといたでひゅよ」
ネイシャは殺られてしまいましたか。クッキーの約束は守れませんでしたね。
思えば少し頑張り過ぎたのでしょう。あの時、父と母を殺された時、立ち上がったりしなければファーバルは無理でもルミナスやネイシャは助けられたでしょう。
他の兵もそうです。こんな戦争も起きずに生きられたでしょうし奴隷の方たちも無駄に死なずに済んでいたのですから。
私がこれだけの死者を生み出してしまった。
「うっ、うぅ……」
責任は全て私にあった。
「うえ?どっ、どうするでござるか同士?」
「そっ、そう言われても拙者は泣いている女性の扱いなどリルたん、フェイたん、ミイたんでしか学んでないでひゅよ」
「某もノンたん、メルたん、クーたんでしか知らないでござるよ。これはやっぱりもっと早く動くべきだったでござるか?」
「しかし同士、そうなれば拙者たちの計画が…」
大罪を犯した。それも歴史上もっとも愚かでバカな事をした。
私が希望など持ったせいでアビガラス王の残虐さを引き出してしまったのですから。
「姉上…」
膝を着いて泣くしかない私にファーバルが支えてくれますが、もう無理です。
唯一の希望はあの方たちの助力によってモルド帝国の民は救われる。……………でも、私の大切は救われない。
ネイシャは死んだ。ファーバルや私は三人の勇者に殺される。そしてルミナスもまた…。
「諦めないで下さい我が王!!」
ボロボロになりながらもけして屈しないルミナスに顔を上げる。
「貴方は間違っていない!間違っていたなど私が言わせない!!」
戦いながら、傷付きながらもルミナスは剣を握り振るい続けた。
「貴方がいなければモルド帝国は終わっていた。民は全て奴隷として酷使され死んでいた!間違ってなどいないのです!!」
何処から来るかも分からない攻撃に耐えながらその目はまだ死んでいない。
「顔を上げて下さい。最後まで私の王として責務を果たして下さい」
「ルミナス……」
本当に貴女は私に尽くしてくれるのですね。
貴女一人なら逃げられるでしょうに。そうしないのは騎士の意地か。それでも共に死んでくれるのですね。
笑顔を見せるルミナスは最後と言わんばかりにスキルを使う。
「【死地奮迅】!!」
残り僅かな体力で全てを使い切る大技。一瞬で攻撃するのならその一瞬を超えれば良いとルミナスは相打つ覚悟でいた。
「掛かって来い勇者共!!」
手負いの獣が見せる覇気に笑みを溢したのは芽士亜だった。
「てめぇにやれるかよ!!」
またも【転移】で消えた芽士亜にルミナスは目を閉じる。
研ぎ澄まされた剣圧は吸った空気で肺をズタズタに切り裂かれる感覚を覚えさせた。
一瞬の訪れる静寂。
「っ!!ここだぁぁああああっ!!!」
振り抜いた剣の先に現れた芽士亜は驚きに目を見開く。
完全に意表を突いた一撃は芽士亜の頭へと吸い込まれる。これは捕った!!
「はっ、ご苦労さん」
しかし剣は芽士亜の頭に吸い込まれる事なく、床を切り裂くに留まった。
ここまでの覚悟をしても覆せないステータスの差。それが今如実に示されてしまった。
「なん、だと…。ぎゃっ!」
【転移】するでもなく避けられてしまったルミナスは殴られて床に転がる。
「別に【転移】なんてしなくても勝てるんだよ。単に翻弄されてる姿が無様で面白いから使ってたに決まってんだろうが」
ルミナスに馬乗りになった芽士亜はニタニタとした笑みを止めない。
剣もなく、スキルの効果で動くのも儘ならなくなったルミナスをどうしようかなど芽士亜の指先三寸であった。
「止めて!ルミナスを解放しなさい!!」
「はっ、止めろと言われて止めるかよ。それにこっちの方が同時に屈服させられそうだしよっ!」
ナニをするか分かってしまう。
ルミナスを辱めようとする芽士亜がルミナスの鎧を強引に剥ぎ取った。
「っく、私は何をされてもお前に屈しないぞっ!!」
指の一本も動かせないルミナスは強気で芽士亜を睨み付けた。
「あー女騎士の、くっころは定番でひゅね」
「言った以上はフラグが立ったでござるな。徳田殿がオークに見えて来たでござる」
「ナハハハッ、拙者もですぞ同士」
呑気な勇者二人はただ傍観していた。
助けはまだ来ない。このままじゃルミナスが汚されてしまう。
「お願い止めて!私はどうなっても良いからルミナスだけは!!」
しかし邪悪な笑みをした芽士亜はその手を止めず、ルミナスの上着を千切り捨てた。
「くっ……」
空気に晒される豊満な胸は揺れ動き、ルミナスの頬は恥辱で赤く染まる。
「誰が止めるかバーカ。それじゃあいただきまー、ブベラッ!!!」
え?
それは突然起きた。
「ったく、助けに来るのが遅れたな」
ふぁさ、とルミナスに掛けられる白い布。
優し気な瞳に平凡な顔。だけど待ち望んだ『天災』が一人。
「遅い、ですよ」
「あはは、すみません。色々立て込んでしまって」
照れ臭そうに頬を掻く少年。
「もう大丈夫ですよ」
料理の『天災』、加賀陸斗様がそこにはいた。
ついに戻って来ました主人公(笑)
ぶっちゃけ女騎士を作った時点で「くっころ」はどこかでやるつもりでした。無事に使えて良かったです。タイトル通りですよね?今話が長くて見づらいかもしれませんが筆が乗ってしまいました。
主人公を戻す為にわりと飛ばしましたが長々やり過ぎても良くないと思いこんな感じで仕上がりました。