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94話目 僅かな希望。勇者の訪れ

 私には皇様に出せるものが何一つありません。

 

「国は落ちたも同然。王としてのプライドと家族と僅かな兵しか残されていない今、何が皇様との対価に相応しいでしょうか?」

『………』


 皇様の影?のようなものは何も言わずただ立ったまま私の話を静かに聞いていた。


「私自身に価値はありません。皇様の実験動物と成り果てても出せる結果はさしてないに等しいでしょう」


 そう、何も無い。

 もし仮にこのまま皇様に頼り、アビガラス王国やその他の国を制圧して国を立て直したとしてもそれは皇様の功績です。それはつまりモルド帝国から全ての国に至るまで皇様のものになるのと同義です。


 それで一体何が差し出せると言うのでしょうか?

 

 そもそも国そのものをどうにか出来る方たちを相手である以上、差し出さなくても持って行かれてしまうのが道理。

 

「ここにある全てを差し出した所で皇様には微塵の価値もない以上、私が戦力が欲しくとも力は貸して下さらないのでしょう?」


 ならば何故ここに姿を現したのか。

 私は皇様に国での騒動の際、貸し借りを無しには出来ませんでした。いつかは返してもらうと言われた借りが私にはあるのです。


「それにあの時の借りとして何を持って行かれますか?もっとも今の私ではその借りさえまともに返せませんが」


 もはや笑うしかありません。取り立てに来られたのに返せるものが何一つ無い。


『では、欲しくないのだな。戦力は?』


 皇様はただ聞くだけ聞くと淡々とした業務的な感覚で私に最後通告いたします。


「欲しいですよ?ただし返せるものが何一つ無いので借りれたら踏み倒しますが」


 完全な開き直りだった。国の王としてどうかと思える程に腹の探り合いの無い見事に明け透けな答えを返します。

 だって事実ですし。それを聡明な皇様が分かっていないとはとても思えません。でしたらもう綺麗に腹の内を見せてしまったって別に構いません。


『………ふっ』


 そんな私の答えに堰を切るように皇様は笑い出しました。



『ふははははははッ、この私を相手に実にいいな王女。実に良い答えだぞ王女。お前はやはりそうあるべきだ』



 お気に召したようで何よりです。

 しかし今、落ち着いてよく見ればこの透明な皇様は何故でしょうか。前に出会った様な緊迫感と言うべきか余裕のなさに似たものが消えていました。

 旅の間に何かしらあったのでしょうか。いずれ話を聞いて見たいものです。


『まあいい。王女にとって朗報だ。私たちは勇者に少々借りがあってな。今から利子を付けて返すつもりだ。正直お前がどうなろうと構いはしなかったが気が変わった。助けてやる』


 上機嫌な皇様ですが私は大事な確認を取る。


「でも、お高いのでしょう?」

『お前はどこぞの通信販売の助手か。ロハで構わんよ』


 通信販売の助手が何かは分かりませんが無償で力を借りれるようです。

 とてもありがたい。一本の細い糸が途端に整備された道へと変貌した気分でした。


『ただしこちらの好き勝手にやる。後で文句を言うなよ?』

「それはどうにもなりませんね。災害に襲われたと思っておきます」

『大変結構。今からそちらに助っ人を送ってやる。楽しみにしていたまえ』


 それだけ言うと皇様は消えてなくなりました。

 

「ファーバル。これは私の見ている幻覚ではないですよね?」

「はい。僕にもしっかり見えました」


 沈黙を維持していたファーバルは自分が割り込んでいい話ではないと悟ったのでしょう。皇様を相手にファーバルでは荷が重い。

 うっかり皇様の逆鱗に触れれば武内様が起こした以上の被害が出ます。

 

 しかしこれは何と言う奇跡か。

 

 あの『天災』の助力を得られる。それまで生き延びられればこの戦争は勝てる。

 死地に赴いた騎士団を救えるのですからこれ以上の吉報はない。


「しかし姉上。あの方たちだけで本当に勝てるのですか?数の暴力にはどうにかなるとは思えません」


 ファーバルからすればあの方たちだけでこの戦況をどうにか出来ると思えないようですね。

 確かにあの方たちは強い。騎士を圧倒して城を破壊しながらも悠々と出ていける実力を持つ。

 ただそれは私があの方たちとの契約で見逃したのだと思っているようです。

 

「ファーバルにも分かる時が来ます。国さえ矮小に変える強者の業を」

「強者の業、ですか…」


 強いが故に縛られない。数は塵芥となり、質は欠陥となる。

 神竜と呼ばれる伝説の魔物と同じカテゴリーとなるあの方たちにはもはや枷られた業と呼んでおかしくない。


「いいですかファーバル。相手の強さを明確に感じ取るのも王の務めです」

「でも姉上があの方たちを城に呼んで騎士たちをボコボコにされましたよね?」

「そ、それはまだあんなにも強いと知らなかったからです。今は十分に理解し、距離感を持って接してますから」


 痛い所を突いてきました。

 確かにあれは人生最大にやらかした出来事。しかも勘違いして自分の胸をさらけ出す始末。


 ……ふっ、穴があったら入りたいですね。今思い返して見れば胸を出すなんてどんな勘違いしてしまったのでしょうか。

 でもあれだけ複数の女性を(はべ)らした状態で、しかも女性ばかり戦い、男一人は何もしていなければその人がリーダーで好色なんだと思いません?思いますよね?思いますと誰か言って……。 


「あ、姉上?目が死んでますが」

「ふふ…。ファーバルにも分かる時が来ます」

「何だか分からない方が良いように思えるのですが……」


 いつか分かります。いつかね。





 少しダークサイドに堕ちてましたがもう大丈夫です。

 あの方たちが来て頂ける以上、粘り続ければ勝てます。


「来るのは武内様ですか?」


 ルミナスは閉ざしていた口を開きます。今の彼女の表情は少し固いものがありました。

 それもそうなりますね。本来、国と王を守るのが騎士の役目。なのに役目を果たせずに部外者に救われる始末。屈辱としか言えないでしょう。


 ですがこのままでは守り切れないのが目に見えて分かってしまう。だからこそ拒絶はしないものの、納得までは出来ないのでしょう。自身の役目を横取りされるのですから。


「おそらくそうでしょうね。あの方の中で武闘派の筆頭は武内様ですから。それよりもルミナス」

「なんでしょうか?」


 己の不甲斐なさを恥じているルミナスですが私は優しく諭します。


「もし貴方たちがいなければとっくに戦争は負け、私の命はありませんでした。だから顔を上げなさい。貴女は私の立派な騎士なのですから。これからまた強くなれば良いのです」


 ありがとうございます。そうルミナスが頭を下げた瞬間、それはどこからともなく現れた。



「いやー、何か良い話みたいになっているでひゅね」



「「「っ!?」」」


 私たちは驚き音の根源に目をやれば、窓際には一人の少年が立っていた。


「王女様っ!!」


 傍に控えていたネイシャが飛び出し、私の前に立つと暗器を両手で持って牽制の構えを取る。


「お逃げ下さい。ここは私が食い止めます」

「ネイシャ、貴女は暗殺は得意でも戦闘は…」

「逃げろって言ってんですよ!コイツは不死身の勇者!相手するのにルミナスじゃ相性最悪なんですから!!」

「っ!!」


 今まで聞いた事のない大声を上げるネイシャに驚かされた。それだけヤバい相手だと言うのですね。


「いや別に不死身じゃないでひゅよ?回避力が高いだけでひゅから」

「さっさと行って下さい!適当にあしらったら逃げます!!」


 緊張感のない敵と緊張感しかない余裕のないネイシャ。両者の中で既に優劣はついていた。

 ネイシャは劣っているにも関わらず勇者をあしらうなど可能なのか。


 否、不可能だ。出来るのなら焦らないし、そもそもルミナスと共闘して勝てばいい。

 だけどそれも無理な相手。だからネイシャは自分を囮に時間を稼ぐのを選んだのだ。


「………待ってますから」

「戻ったらクッキー全部下さいよ」

「約束します」


 私はルミナスとファーバルと共に部屋を後にした。




 ・・・




「お待たせしました」

「別に待ってないから良いでひゅよ。それで勝てる気でひゅか?」

「時間を稼いだら逃げるに決まってます」


 とは言ったものの、どーしよーかなー。

 目の前にいる勇者は田中。どれだけ攻撃しても傷つけられない勇者。

 本人は回避力が高いだけだと言ってたが、あれは回避なんてものじゃない。


 偶然魔物と戦う姿を目撃したが、魔物に食い千切られて上半身と下半身が別れても別々に動き出して元に戻るのを見た。

 そんな相手に毒物が効くとは思いませんし、そもそも戦闘は得意じゃないんですから。意表を突いて毒針で昇天がスタンスです。私死にますよ、これ。


「今退いたら見逃すでひゅよ。目的は王女だけでひゅし」


 ほら敵も戦意なさそうですし?私は一瞬でやられましたー、で良いと思うんですよ。だって時間を稼いでも援軍は外から来るんですから最初に何万といる兵を相手にしてたらどれだけ時間を稼いでも間に合わない。なら初めから諦めて通して生き延びた方が得策じゃないですか?だってそうでしょう?所詮は報酬目的の間柄。一々命を賭けて仕える必要性は何処にも無い。もし王女様が死んでクッキーが手に入らなかったら仕方ない終わるしかない。だって命は一つだし。クッキーは生涯食べれませんが元々食事に拘るタイプじゃないですし。そもそもクッキー自体有限で、いつかなくなり契約も終了するんですからそれが早いか遅いかの違いで今が丁度契約の打ち切り時なんです。


「そうですか。なら」


 ……でも、見捨てるのは嫌ですから。


「より、許せませんね」


 暗殺者、諜報員として生きて来た。そんな私に個は必要なく、物としての価値だけがあれば良いと教えられて生きて来た。

 なのに王女様は私が暗殺者だと知っても側に置いた。たとえそれが打算だったとしても私は嬉しかった。


 一時の間でも人としての感情を持つのを許してくれた。私の全てを受け入れてくれた。

 本来、暗殺者として動けば感情は要らない。諜報員として動けば感情を偽り表面だけの関係を維持し続ける。それがどれだけ辛いものだったか。しかも休息はない。

 

 国を転々とし続けるので親しい者はいない。いたとしてもそれは命令を受ける間柄でしかなく、待っているのは仕事ばかり。


『少し休憩しましょうネイシャ』


 敵だったんですからもっとこき使えば良いじゃないですか。何で休ませてくれるんですかね?

 椅子に座らせないで立たせてれば良いじゃないですか。メイドですし暗殺者で諜報員なんですから長時間立ち続けるのは慣れてます。

 そんなに楽しそうに人の話を聞かないで下さいよ。他国の情報でも一切ない世間話でしかないんですから。

 

 思えば私はモルド帝国に来て、初めて人になれたんだと思う。

 人を操り人形の様にしてしまうから『人形王』などと物騒な渾名がついてますが、現実は単に顔が無駄に綺麗でお節介な人。つい力を貸して上げたくなるだけのただの人だ。


「ここは死ぬ気で時間を稼ぎますのでお付き合い下さい」


 だから私も力を貸して上げるだけ。ちょっと命を落とすだけですので。


「そうでひゅか。()()()()()()()()()でひゅが仕方ないでひゅね」


 開催の合図はなく、毒針を少年の首へと叩き込んだ。

 死ぬまで殺しますよ勇者。そして無事に逃げて下さい、王女様。

あ、あとちょっとだ……(; ・`д・´)

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