93話目 王女と騎士の意地、しかし…
「第一騎士団にはこれより第二騎士団の救出に向かってもらいます」
私が言った事がどれだけ過酷なものなのか。それを分かった上で彼らは粛々と命令を受け止めていた。
本来であれば第三騎士団にも向かってもらいたい所です。しかしそんな余裕は何処にもありません。第三騎士団にもやってもらわなければならない事があるのですから。
そうなれば私とファーバルがいて手薄な砦など息つく暇もなく落ちるでしょう。
そもそも第三騎士団と一般の兵士だけでこの砦を数々の国からの襲撃から死守しなければならないのですから騎士団を分ける事自体が無謀な策。
ですけどやらなければならない。しなければ僅かにあるモルド帝国の生きる道も閉ざされてしまう。
彼ら第二騎士団が既にやられている可能性もありますが、彼らの実力を考えればその可能性も低いと考えられます。
で、あれば第二騎士団を救出するのが最優先。手の中にあるコマを少しでも潤沢にしなければ話になりません。
道は限りなく狭い。細く弱い綱を渡り切れるかはこの働きに掛かっている。
「この現状を打破するのにもっとも足りていないのは戦力です。規模が大きく、信頼出来る戦力となれば我が騎士団以外ありえません」
第一騎士団には孤立した第二騎士団の救援に向かってもらい、少しでも戦力の確保を行います。そうしなければこんな足りない状況を一変させる手立てが思いつかないのですから。
ですけどこれはかなり無謀な策。周りは敵だらけの戦場を往復しろなど気軽に死ねと言っているのも同義。普通に考えて不可能であり、下手をすれば第一騎士団も失いかねない、いや、失うのが前提となっています。
「やれますね」
「無論です。我ら第一騎士団が必ず第二騎士団を救出してみせましょう」
無謀だと知りながら力強い返事をするガイエス。彼の目に灯る光はどこから来るのか。だけどガイエスがああしてシンボルであるからこそ、騎士団に絶望感が萬栄しないのでしょう。
「次に第三騎士団には物資の確保をお願いします。この砦にある量ではアビガラス王国に攻めるにはまるで足りませんから」
「分かりました」
こちらも第二騎士団の救出と同じだけ難しい。物資の補給に本国まで取りに行くのは至難の業。仮に本国まで行かなくとも他国の兵が運んでいる物資を強襲し奪えば良いのかも知れないが、大国としての面子もある。
もっとも面子なんてものを無視して他国の物資を強奪しても構いません。が、それ自体行うのは難しい。
何せ物資の補給線を狙おうにも大分迂回して狙わなければならない上に戦力差からして難しい。それなら自国に戻って補給を確保する方が距離的に断然容易い。
それでもこの砦を包囲されている以上モルド帝国に戻るまでの道中は他国の妨害で溢れているでしょう。
何処にいるか生きているかも分からない第二騎士団の救出。
モルド帝国まで敵ばかりで占領された中での物資の調達。
この二つの無理難題をクリアーしなければ勝機はない。
そしてその無理難題をこなしている間、私たちは砦を一般兵だけで死守しなければならず、こちらもまた難題でしかありません。
少数精鋭の第一騎士団と第三騎士団。僅か数十人での無謀な試みを提案する事になるなんて思いませんでした。
これは十中八九失敗に終わる。後世には歴代で最大の愚王だと知れ渡るでしょう。
しかし成功すれば英雄です。私は英雄になり、そして…。
横で静かに私の決断を見守っていたファーバルに少しだけ視線を送る。
「生きましょう。皆で」
生かすのです。民を、兵士を、騎士を、そして弟のファーバルを。
・・・
「行ってしまいましたね」
私の決断は間違っている。そんなものは百も承知だと分かっていながら騎士たちの消えた部屋でポツリと呟く。
「私の独りよがりで死地に歩ませるなんて酷い人だと思いませんか?」
「いえ、けしてそんな事はありません」
騎士の中で一人残ったルミナスが即座に私の考えを否定する。
そう彼女は砦に残ったのだ。私たちの護衛として。
『ただし第一騎士団長として進言します。第三騎士団長だけは護衛としてお残し下さい』
『なっ、ガイエス殿っ!?』
この提案をしたのはガイエスでした。
彼は私情を挟まずに…。
『あー、団長心配ですもんね。第三騎士団長が』
『団長ですし仕方ないですかね。心配になりますよ第三騎士団長のこと』
『流石団長。第三騎士団長が目の届かない所に行くのが不安なんですね。あとオマケで王子が』
私情は挟まず…。
『キャー、やっぱりお二人ってそう言う関係なんですね!』
『俺の帰りを待っててくれ、ですよきっと!』
『団長が羨ましいなー』
私情がっつり入ってますね。
『違う。どの騎士も不在で城に王を残したくないガイエス騎士団長の王への気遣いだ。そうですよねガイエス騎士団長』
ルミナスが必死で否定しますが。
『………………そうだ』
ガイエスは違うみたいですね。
『ガイエス騎士団長!?』
『『『わぁああーーー!!』』』
顔がそっぽ向いていますし完全に黒ですね。まあ、正直一人もいないのは心細いですし、誰か一人は残す予定でしたから騎士から提案してくれるのは有難いですね。
『私としてはルミナスに残ってもらえると嬉しいですが、皆さんはそれで大丈夫ですか?』
それでも確認は行う。冗談を抜きにしてルミナスがいるといないでは作戦への影響は計り知れませんから。
『問題ありません』
『それで第一騎士団長のやる気が出るなら作戦は成功したも同然です』
『式を挙げるなら呼んでくださいよ。ここにいる皆で行きますから』
『そうですね』
これから死地に赴くとは思えない明るい声で口々に騒ぐ騎士たちは勝つ事しか頭にありませんでした。
『私とガイエス騎士団長はそう言った関係ではない!お前たち軽口を言うのは…』
『ルミナス殿』
色々決心の着いたガイエスがルミナスの両肩を掴んでいました。
はっきり言って死ぬ確率が高いのですから告白の一つもしたくなるでしょう。私の前だからと言って別に構いません。むしろどんどんやりなさい。ぶっちゃけ王になってからそういった甘い類は縁遠かったですし見ていて楽しいですね。
『…ルミナス殿にはここで王女と王子を守っていて欲しい。俺はお前が守っていてくれるだけで安心して戦える』
『ガイエス騎士団長…』
……っち、ヘタレましたね。ここで一つ押し倒す気概が欲しいものです。
『まあ団長だしこんなもんか』
『団長だもんね』
それから小一時間で準備を行い、騎士たちは密かに砦を出た。
この砦は山脈に崖と天然の防壁を利用した砦であり、敵兵に砦を囲まれていると言っても正面から隊を配置出来るラインまで。それ以上は完全に囲まれていません。
こうした砦だからこそ小さくとも避難場所として選んでいました。他の候補であった砦では四方を囲まれ見晴らしが良いので密かに脱出など無理ですしね。
それでもこんな断崖絶壁のバカげた所から出入り出来るのは騎士たちの高い身体能力があってこそ。ファーバルや私ではとても無理ですし、流石の騎士たちも私たちを背負った状態で出入りは出来ない。
だから作戦としてまず、第一騎士団と第二騎士団が合流。第三騎士団は物資を確保してから第一騎士団と合流。そして私とファーバルは騎士たちが砦前の敵兵を倒し始めると同時に一般兵と共に戦場を駆けて合流。
至難を通り越して無謀。数多の敵兵を倒しながら砦を脱出などどれだけの犠牲を覚悟しなければならないか。それに騎士たちが強くとも数の暴力に対処が可能かどうか。
物資もそうだ。どの敵兵にも見つからず大量の物資を確保したまま運搬など不可能でしょう。少なからず戦闘が行われる。
更にこの砦も騎士が不在のままどれだけ維持が出来るか。
成功は万が一にもない。そう分かっていながら選択した私は愚か者ですね。
「さて、私たちだけのんびり待つわけには行きません。砦を維持する為に出来る最善を尽くしましょう」
スキルの全てを使い、敵兵の能力を削る。それくらいしか今の私に出来る事はありません。
持って見せましょう。騎士たちが戻るまで絶対に。
そう決意して数日が経った。
未だ騎士たちの影を見る事はなく、この砦の防衛も限界が近かった。
武具の損傷は激しく、弓や投擲による遠距離攻撃が出来る物資は尽きた。今は砦の壁を一部破壊して使用している始末。
食料は配給を生きられる限界まで減らして持たしていたが、元々が小さい砦に保険として詰め込んでいた物資。後一日持つくらいしか残っていない。
幸いなのは井戸水は枯れていないので飲み水に困りはしませんが食料なく耐えられるのは持って三日か。
怪我をしている兵士も多く、治療のための医療器具も残り少ない。
「やはり無謀でしたか…」
「姉上…」
この作戦とも呼べない策に縋ったのですから無理もありませんね。それに最もこの状況で恐れていた事態も起きた。
「モルド帝国の兵が私の首を狙いに来る始末では予想より悪化してしまいましたね」
一部の兵は砦に収容出来ませんでした。
そうした者たちの寝返り。それは致し方無い事。何せ敵国に寝返らなければ自身の命はない。なら、寝返るのは当然の結末。
世界の統一を目的とするアビガラス王国に降伏は不可能。賠償金や私の首だけで済ませる気がないのですからこの砦を守る兵たちもいつ裏切り開門を許してしまうか不安でもあります。
「ごめんなさいファーバル。不甲斐ない姉で」
「いえ、姉上がいなければモルド帝国は壊滅しておりました」
やはりこうなってしまったと分かり切った状況にもファーバルは私を慰めてくれる。
王族である以上自身の命もまた風前の灯火でありながらも気丈に振る舞い続けます。
「姉上のやられた事を全て知っています。中には非道に徹されるものもありましたが全部モルド帝国に準ずるための行為。それを責めるだけの行為を僕は何もしていない」
「それはまだ貴方が幼いから」
「それを言い訳にやらないのは間違っている。少なくとも姉上は僕の年齢の時から画策されていたのでしょう?」
ファーバルは既に死を受け入れている。覚悟は出来ていると目は語っていた。
「まったく、気付けば貴方も成長していましたか」
「王子ですから」
これが姉弟の最後の会話になると思うと涙が溢れてきます。
もっとファーバルの成長した姿が見たかった。戴冠して上げたかった。国を引っ張るファーバルを支えて上げたかった。
ですが、そんな未来も全てアビガラス王国に奪われた。
私は絶望に浸っていた。思わず縋りたくなるあの方たちの一人を幻視してしまう程に。
ああ、何故貴方がここにいるのでしょうか。いつもの白衣にやる気のない瞳、ただ適当に後ろで髪を縛った少女が目の前に立っているように見えます。
『お困りではないかね?王女様』
その幻想はいきなり喋り出した。
「え?」
半透明なそれは一体何なのか。私の幻想ではないのでしょうか?
「姉上。何故あの『天災』の人が見えるのでしょうか?」
「ファーバルにも見えるのですね」
ならこれは……。
『何を頬けている?それとも痴呆症かね?若いのに大変なものだ。クスリを処方してやろうか?』
この物言いは間違いなくあの方です。絶対的『天災』である科学者の皇様。その人で間違いありませんでした。
「皇様、なのですか?これは一体…」
『それ以外に何に見える?それに説明した所で理解すまい』
どうして私たちの現状を知っているのか、そもそもこれはどういったものなのか、聞きたい事は山ほどありました。
『それよりも私は聞いているのだよ。欲しくないかね?戦力が』
ゴクリッ、と生唾を飲み込む音が部屋に響き渡ります。
まさに天の助け。あの『天災』が自ら戦力となると言っているのだ。ここで飛びつかなければモルド帝国の勝利は閉ざされてしまう。
されど私には……。
「欲しくとも出せるものがありませんね」
『ほう…』
皇様は喜色の籠った笑みを返した。
わりとペース早めに飛ばしてますがいいですよね?