9話目 お昼ご飯は昇天してヴァルハラに導くようです
「移動しよう。着いて来たまえ」
お昼ご飯。それは皇さんや竹内さんにはとても重要なものであるらしい。きっちり時間通りに帰って来る辺り期待されている様で悪くなかった。
「何処に行くんだ?」
「お前が料理をするのだ。システムキッチンを出すにもこの人数では広さが欲しい外に出るのも面倒なので宿を取って置いた」
「さっすが皇ちゃん気が利いてるね」
「天華が竜人種が欲しいと突っ走っていたのでな。私の用事は直ぐに済んだのでやっておいたに過ぎんよ」
ま、一人程想定外だがね、とレンを見るや皇さんは何故か半信半疑でこちらを見て来る。
「まさかお前はそうした趣味があるのではないだろうな?私が許容範囲に入ってしまう」
「ないよ。こっちの竜人種、ノドカに頼まれたから買っただけ」
「主、申し訳ないのだがこの方たちは?」
ノドカは俺の後ろにピッタリと寄り添いながら聞いて来る。レンはノドカに腕を引かれて着いて来ていた。
自己紹介を忘れていた。俺は慌ててノドカやレンに彼女たちを紹介した。
「白衣を着ているのが皇さん。さっきまで落ち込んでいたのが武内天華さん。二人とも旅の仲間だ」
「私の好奇心を揺さぶるのを切に願うよ」
「よろしくねー」
皇さんらしい挨拶だ。逆に言えば皇さんの興味対象に入れなければ二人は皇さんの庇護下に入れないのと同じ。そうなれば奴隷として相応しい処遇が待っているだろう。たとえ俺が待ったを掛けたとしても。
俺は不安を払拭するように明るい声を出しながら二人を紹介する。
「竜人種の彼女がスイレン・ノドカ。獣人種のこの子がレンだ」
「主の為、身も心も捧げる所存です」
「………よろしく?」
ノドカよ。往来でそんな言葉を吐かないで欲しい。後レンは疑問に思わなくていいから。
「へー、随分懐かれてるね。餌付け?」
「武内さんペットじゃないから」
「主は何も出来ない私の願いを聞き届けてくれました。ならばそれに相応しい態度を取るまでです」
「わお、凄いねー」
お前は武士か。切腹しろと言ったらガチでしそうで怖い。
武内さんはノドカの周りを一周する。
「んー、竜人種が手に入ったのは良いんだけど何で角が短いの?色が灰色だし。竜人種に種類ってあったっけ?」
「いや、私が知る限り竜人種は黄金の角が特徴だ。陸斗が買えたのだから相応に訳アリだろう」
流石皇さん。こっちが事情を話す前に分かってらっしゃる。
俺は皇さんたちに改めて事情を説明する。彼女らの訳アリの事情を。
「まずこっちのレンはステータスが全てゼロだ」
「ほう」
「へー」
二人の目つきが変わり、ビクッと身体を震わせてノドカにしがみ付くレンは涙目だった。
「二人とも怯えさせないでくれ」
「ああ、すまん。私が見て回った中でもステータスが全てゼロなのは見かけなかったので思わずな」
「陸斗くんは運が良いねー」
今度はノドカの目つきが変わる。おいこら一触即発な空気にしないでくれませんかね。
「運が良い?主、まさかレンに何か…」
「それは無いから。往来でするものなんだ。宿に着いてから全てを話す。レンもそんなに怯えなくて良い」
「……うん」
レンの頭を撫でてやると落ち着いたのか足にしがみついて来る。いや、歩きにくいんだが。
少しだけピリピリした空気の中、俺たちは皇さんの言った宿にたどり着いた。着いたは良いんだが…。
「広すぎない?」
「狭いよりマシだと思いたまえ。どうせ一泊だ。以降はまた旅に出るのだから問題あるまい?」
問題あるまい、って、それにしては金貨一枚以上の支払いが必要なんじゃないかと思える高級そうな宿だった。
まさにリゾート。写真でしか見た事のない元の世界でも屈指と思える宿は南国のリゾートホテルを彷彿させる造りだった。
窓からは中庭に咲き誇る花々を見渡せ心が落ち着けられる。
ウッド調で皇さんの持つ家と似てはいるが、こっちは宿泊客をゆったりと落ち着かせる為の広々とした敢えて無駄のある内装。皇さんの機能美を追求した内装とは真逆のコンセプトであった。
「さて、お前はさっさと後ろの奴隷の誤解を解きたまえ」
「そうだな」
落ち着いた空間が落ち着かないノドカとレンは入口前に待機していた。
「ノドカ、レン、こっちに来てくれ」
「はっ」
「……うん」
さて道中歩きながら考えたが誤解を解くのはこうした方が手っ取り早い。
「ステータス」
俺は自分のステータスを二人に開示した。この全ての値がゼロのステータスを。
「「っ!」」
「やっぱり驚くよねー、ステータス」
驚く二人に続けざまに武内さんは自分のステータスも開示する。
「「っ!?」」
有り得ないと言わんばかりに見開く二人は恐る恐る皇さんを見ていた。
「ふん、ステータス」
「「っ!!?」」
三人ともがステータスを持たない事実。これには流石にノドカを意見する。
「主、ここにいる以外にも誰かおられるのですか?」
「いや、三人だけだ」
「バカな!?」
驚愕するもの無理はない。この世界ではステータスが絶対。なら、旅をするだけの力を持つ者がいなければ死ぬ可能性が尋常じゃなく高まるのを分かっての事だろう。
しかし残念ながらノドカの考えは俺たちには当てはまらない。厳密にはこの『天災』二人にはな。
「陸斗くんも『天災』なんだって」
「相変わらず人の考えを読むな。俺も『天災』なのかも知れないが二人みたいに戦う力がないなら一般人以下だよ俺は」
「あ、有り得ない…」
常識に照らし合わせればノドカにとって俺たちの旅は自殺行為以外の何物でもないのだろう。
だが常識とは打ち壊す為にある。少なくとも俺は二人からそう学んだ。いや、学ばされただ。理解する必要は皆無。ただある事象をあるがままに受け入れなければ脳が死滅する。
「お前たちも陸斗と一緒にいるのならば凝り固まった常識は捨てろ。私たちはそう言った存在だ」
「……分かった」
レンは物分かりがいいな。対してノドカはもしもの時は主の盾として、なんて呟かなくて良いから。
「腹減っただろ。今から飯作るから。皇さんシステムキッチンを」
「うむ」
作りながらでもノドカの説明は出来る。それに呪いなんて専門外なものは専門家に任せてしまおう。
『界の裏側』から出て来たシステムキッチンの前に立つと献立を適当に考える。
「ノドカ、二人にステータス見せて上げて」
「分かりました。ステータス」
「噂の竜人種のステータスはどうなってるのかなー、ってなにこれ?」
武内さんの疑問も最もだろう。何せ全部のステータスがレベルと同じ数値しか持っていないんだからな。
「ふん、これは訳アリの度合いが違うな」
「皇さんの手で何とかなるか?」
今朝は卵使ったしな。ナポリタンでも作るか。今朝出したスープも付ければノドカやレンの胃も驚きはしないだろう。あまり食べてなさそうだし。
俺がスパゲティを取り出していると皇さんの目は芳しく無かった。
「呪いは専門外だ。科学で処理する案件を超えている」
「えー皇ちゃんでも無理なのー?ボクも『氣』のコントロールは出来ても呪いなんて知らないしなー」
あらら、目論見が外れてしまった。
「しばらく研究すれば何等か分かるかも知れないが、するにしても竜人種のサンプルや呪い持ちのサンプルが要る。死体でも良いが数が欲しい以上は厳しいぞ」
「そっかー皇ちゃんなら行けると思ったけどなー」
「無理とは言っていない。が、時間が掛かる」
なら時間を掛ければ良い。呪いが解けないと言っていないなら待っていればいいだろう。
「あ、なら陸斗くんが呪いを解いちゃいなよ」
「はい?」
ただの料理人に何言ってんの?
大なべに大量の水を入れながら武内さんの仰天発言に目が丸くなる。
「そうだな。お前がやった方が手っ取り早いだろう」
「皇さんまでか。俺は飯作る以外に才能がないんだぞ?」
「そこはほら。弱体化を何とかする料理って思い浮かべながらさ」
「思い浮かべながらって…」
そう言われてもなー?
弱体化、呪い、無効化、美味い、解除、解放…………。
とにかく頭で浮かぶ単語を考えながら腕だけはリズム良く動く。
無理なら無理で皇さんがどうにかするのは分かっているが解けるなら解いてやりたい。でも飯にそんな力はない。期待するだけ意味ないと思うけどな。
と、どうこう考えてたらいつの間にか料理が完成していた。あれ?さっき買った調味料までアクセントに入れていた。そんな気は無かったんだが。
「出来たから運んでくれ」
「わーい」
「では私が」
「レンも…」
「いい匂いだ」
こうした雑用は奴隷がするものとノドカとレンが運ぼうとするが待ちきれない皇さんと武内さんが自分の分をさっさと机まで持って行ってしまう。
戸惑う二人だがまあ許せ。自分の分は自分で運ぶ。今はそれで良いからな。
「主、私たちの分もあるのですか?」
「そりゃ一緒に食うからな」
「……いいの?」
奴隷の有り方を教えられた二人からすると異常なのだろう。まあ奴隷の食事を作る主も異常なんだろうが。
「いいぞ。これからは我慢しなくていいからな」
子供は笑顔が一番だ。喜びたい時は喜べば良い。
レンは何とも言えない表情で喜びを表していたがノドカは俺を主としている手前、思う一線があるのだろうがはっきり言ってやる。
「飯は皆で食べるに限るぞ。さっさと自分の分を机に運べ。床では食うなよ」
「っ、分かりました」
一瞬の逡巡の内に自身の何かを飲むとノドカは俺の分の料理と自分の分の料理を持って机に置いた。
結局美味い飯を食いたいならそれで良い。少なくとも俺は俺の作った料理をマズイ状態で喰ってもらいたくはない。
「早くしろ」
「まーだー?」
「はいはい。ちょっと待ってくれ」
俺も席に座る。
これで全員分が行き届いた。
「んじゃ、頂きます」
「いただきまーす」
「頂こうか」
「……い、ただき、ます?」
「この感謝を主に」
思い思いの合図と共に俺はナポリタンを口に運ぶ。うん美味い。アクセントに入れた紫色の液体、ワンドの苦味もナポリタンの甘さを引き締めてくれる。スープも黄金色の液体、チョルラのほんのりとした甘さが胃に優しくピリ辛風味に作っていたスープの顔を変えてくれる。
面白い調味料を手に入れたな。俺はそれだけでも大満足だった。
「んっまーーい!」
「………」
……ナポリタンは失敗だったかも知れない。皇さんの口の周りが既に酷い事になっていた。
「おかわりもあるから」
「わーーい!」
俺は食事を一度中断して立ち上がる。顔を拭うのにナプキンを持って来よう。
あれ?そう言えば肝心の二人のリアクションがない。
俺は二人の様子を見てみれば二人は何故かフォークを持ったまま固まっていた。
「「………」」
「どうした?」
あまり口に合わなかったか?
そう思いながら顔を覗き込んで見れば二人とも白目を向いて幸せそうに気絶していた。何故だ!?
「まあ陸斗くんの料理を食べればねー」
「………………天上の料理だ。ゴミしか食ってなかった奴隷ではあまりの美味さに脳が焼き切れたのだろう」
ただの飯なんだが。
俺はこれをどうしたものかと頭を悩まされるのであった。