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92話目 裏切り

「撤退命令です!周辺諸国が裏切りました!!」


 急速に冷やされた脳が裏切りに対して自然とある国を連想させた。


「まさかフレグラン王国か!!」


 かつて送り込んだメイドで暗殺を企てた国の名前だ。

 これに対して王女はフレグランス王国に追及したが、当然知らぬ存ぜぬでネイシャなど国に所属していないと語った国だ。


 もちろんそんな言い訳で通る筈もなくきっちりと経済的措置を取って落とし前を付けた。

 今回の戦争でも裏切るのを想定してフレグランス王国だけは離れた所に配置され、もしこの戦争で裏切ったとしても対処が可能になるようにしておいた筈だ。


 態々撤退を指示してまで対処しなければならない状況では無いと思われた。

 しかしディレンの口からは思いも寄らぬ国が挙げられた。



「いいえ!()()()()()()です!フレグラン、エネリエス、メドリニア、他全ての小国が裏切り、兵をこちらに向けております!!」



 絶句せざるを得なかった。それでは前提が崩れてしまうではないかと。

 アビガラス王国に対抗するのに小国の兵が必要だった。それは圧倒的な人数差を埋めるためであり、足りない物資を補うためだった。


 それが今絶たれた。

 つまりアビガラス王国相手にモルド帝国はたった一国で相手をしなければならず、かつ、周辺諸国全てと敵対しなければならない。

 

 状況は絶望的だ。

 撤退の命令もやむ得ない判断だと理解した。


「くっ、仕方ないのか」


 勇者を一人でも倒しておきたかった。そもそも撤退するのに勇者は追って来るだろう。倒さずに勇者を引き連れて行くなどするべきではない。

 俺はディレンに命令を出す。


「ディレン。今からお前が第二騎士団の団長だ」

「団長っ!?」


 驚きを隠せないディレンに俺は続ける。


「この勇者を引き連れて撤退するのは危険だ。下手をすれば王女に危害を加えられてしまう。そうなる前に俺が…」




「良いぜ逃げても。背中から刺したりしねぇからよ」




 ここで勇者が罠かと思える提案をみせる。


「気持ち悪い横槍も入れられちまったし再戦はあんたが生きてたらしてやる。今は帰って寝るわ」


 それだけを言うと勇者は本当にどうでも良さ気に自身の陣地へと帰ってしまった。


「なんだあいつは?……いや、今は有難い。ディレン行くぞ。場所はあの砦なのだろ?」

「はい。王女様もそこへ向かっております」


 ここで勇者を倒せなかったのは痛い。

 しかし小国全てが裏切ったとあっては戦争を続ける力も無くなってしまった。

 それでも王女ならこの場を切り抜けられると信じ、戦場を後にするのだった。




 ・・・



 女王side



 最悪ですね。状況は想像を超えて見事に傾いてしまった。

 連合全ての裏切りから数日。私たちは今、用心のためにと確保しておいた小さな砦に身を潜めている。

 事の発端は少し時を遡り、一人の伝令からの通達だった。


「フレグランス王国の兵が我らに向かって進軍を開始しております!」


 私からすればこの伝令は予定調和でしかなかった。

 フレグランス王国の暗躍は兼ねてより知っている事態であり、今後を考えて泳がせていたのです。私を毒殺しようとネイシャを動かしていたのは本人から確認が取れていますし、窮地に陥れば背後から襲って来るだろうと判断していた。


 だからこそフレグランス王国の兵の配置を他の国に比べ遠くし、対処を可能とした。

 そして結果としてそうなった。ならば私が出す命令はただ一つ。奴らを……。


「報告します!メドリニア王国の兵がこちらに向かい進軍をしております!」

「何ですって!?」


 まさかメドリニア王国も裏切るなんて。あの国はモルド帝国の資源、特に鉄が無ければ瞬く間に滅んでしまう程、何もかもが足りていない国。そんな国が裏切るなんて…。ですが起きてしまった以上は対処を……。


「報告!ブルエル王国、及びエネリエス王国がこちらに進軍を開始しております!」


 ま、まさか………。

 信じられない。信じたくない気持ちに襲われる。


「報告します!」「報告!」「報告です!」

 

 この裏切りは全て仕組まれたものなのではないのかと頭に過る。そしてその予想は悲しいくらい当たってしまった。


「シンプソン王国と交戦中!!」「フォアーク王国と交戦中!!」「リミントン帝国と交戦中です!!」


 そう、モルド帝国と同盟を結んだ全ての国が今、全て敵にまわったのだ。

 




 こうなってしまえば立て直しは不可能。アビガラス王国と対峙しながら同盟を結んだ全ての小国を相手に戦いを続けられる筈もありません。

 負け戦と断じながらも頭は必至に勝利のための戦法を考える。



 モルド帝国に残した勢力を総動員して対応する?

 ダメ。そんな事をすれば小国に囲まれているモルド帝国では他国の侵入を許してしまう。それに残した勢力は微々たるもの。足しにもならない。


 

 一国一国に対して説得を行う?

 ダメ。そんな悠長にしている暇はない。これが戦争中でなければ可能性もあったが、交戦している以上話し合いのテーブルに着いてはもらえない。


 

 この砦で籠城し救援を待つ?

 ダメ。一時は時間を稼げるでしょうが、助けを求められる国はない。あってもその国に使者を送り交渉出来る材料がない。



 一点突破による進軍、ダメ。兵糧が持たない。毒攻め、ダメ。潰せるだけの毒がない。地形、ダメ。火攻め、ダメ。人質、ダメ。ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ……。



 …………手がない。打手がまるで見えない。

 チェスでポーンの一体もいない盤面を眺めている気分になりました。手持ちは王だけ。あらゆるコマは壊され無くなった。

 

 戦争はモルド帝国の敗北で終わる。

 これはいつから計画されていたのでしょうか?今となっては尽きる寸前のロウソク並みに虚しい思考であっても考えざる得ません。


 勇者が動くのに合わせてモルド帝国を裏切るよう仕組まれていたのだから巧妙でいやらしい。敢えて最初からしなかったのは私の心を折るためでしょうか?

 そうであったのなら作戦は成功です。称賛させられるだけ見事に私の心を折ってくれた。


「もう、ダメですね…」


 ポツリと漏れる独り言。

 足掻こうと考えても空回りする思考が現実を直視しようとはしなかった。


「我が王…」


 パンッ、と弾けた音が部屋中に響き渡る。その音が自身の頬から発せられたと察したのは大分後だった。


「え?」


 私は何故ルミナスに叩かれたのかも分からず頬けてしまう。

 

「しっかりして下さい。貴女でなければこの状況は打破出来ません」


 こんな状況になりながらも信頼してくれる騎士。そんな信頼に応えられない情けない自分にほどほど嫌気が差すが、実際問題どうして良いのかも分からない。

 伸し掛かるプレッシャーから私は父と母が亡くなった時から出さなかった弱音が遂に出てしまう。


「じゃあ、どうしろと言うのですか?周りは敵だらけ。戦力は乏しく、物資も儘ならない。残った兵は戦場に出ていた半分も残せていない」


 砦に籠城出来たのは戦場に出ていた兵士の半分以下。他の兵士たちは敵軍と交戦して散っていった者たちか、捕まってしまった者たちであり、全ての兵を集め直す事が出来なかった。

 どのみちこの砦事態が小さいため全員の収容は不可能であった。それでも助けられなかった事には変わらず、大きく戦力を削がれた形となってしまった。


「第二騎士団とも合流は出来ていません」


 そしてそれは前線に出ていた第二騎士団も変わりません。

 彼らは前線にいた為に情報の伝わりが遅く、敵軍に包囲されて身動きの取れない状況にあります。

 第二騎士団の地力を考えればまだ問題はないと思えますが、戦っていた手前、楽観視するのは難しい。一刻も早く救援に向かわなければならないでしょうが、裂けるだけの戦力を持っているかと言えば………ない。


「いったいこれで私にどうしろと言うのですか?」 


 本当にどうしろと?私にはもう道が見えません。目の前にあるのはギロチンのセットされた処刑台。後は紐を切れば首が落ちるだけ。

 数々の貴族の首を跳ねた私には相応しい最後とも言えた。

 私の首はその処刑台に拘束されてしまったかの様に下に(うつむ)き動けないでいた。


「私たちがまだいます。ご命令を」


 だと言うのにルミナスは、いや、ここにいる全ての騎士がまだ私を信じていた。

 その瞳はどんな非道な命令であっても完遂してみせると語っている。こんな状況になりながらもまだ信じていただけるのですか?


 彼らの高い忠誠心は知っている。辛い特訓にも耐えた猛者であり、純粋な強者だ。その事を近くにいた私が一番よく知っている。

 だからこそ彼らに重荷となるものを背負わしたくないとされる心情と、彼らならきっと国の為に命を賭して成し遂げてくれるだろう心情がせめぎ合った。


 彼らを信じたい。しかしそれは彼らに死ねと命令するのと同義であるのも理解している。


 逡巡する私にルミナスがそっと手を握る。その手はこの絶対的な窮地に立たされた事で震えていた。

 私は握られて初めて気づいた。私自身もまたこの窮地に震えていたのを。


「命じて下さい。このまま何もせずただ死を待つよりも、我々は貴方の為に全力で死にたいのです」


 俯いたままだった顔を上げれば、どの騎士たちも目の前の死を悲観してはおらず、この困難に立ち向かおうとする強い決意が浮かんでいた。

 このまま何も命令をしなければ進んで命を落とすだろう。ただの時間稼ぎとして。


 果たしてそれで良いのでしょうか?最後の一人になるまで足掻き、時間だけを稼ぐ。そして私はその時間を無下に浪費することとなる。

 それは何て嫌な未来なのか。誰一人として疑わない彼らが死力を尽くして作った時間を無下にし続ける。そう考えただけで私の折れていた心が熱を帯び始めた。


 折れている場合ではない。挫けている場合ではない。私は彼らの為、国の為に尽力しなければならない。そうですよね?お父様、お母様。


「もう、大丈夫そうですね」


 安らかな笑みを浮かべるルミナスに私は同じように微笑んだ。

 

「ええ、心配を掛けました」


 彼らがいるのです。まだ挫けるだけの絶望的な状況ではない。

 信じるのです。私の予測を超える彼らの姿を。


「私を諦めさせなかったのですから相応の無茶は覚悟してもらいますよ?」

「望む所です」


 

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