87話目 ダイナマイトの改良品
私の婚期はさておき、こうなると兵の消耗具合が気になって来る。
スキルで対処するにも絶え間なく来るアビガラス王国の兵にモルド帝国の兵の疲労は激しい。
「大丈夫ですか?」
私は肩で息をする兵に声を掛ける。
「だっ、大丈夫です!私はまだ戦えます」
私が近くまで来ていたのを初めて気付いたのか兵は慌てて背筋を伸ばす。
いつもなら声を掛ける前に気付かれるものですが、疲労の大きさから視野が狭まってしまっている。
「ゆっくりと休憩していて下さい」
「はっ!」
どの兵たちも同じ感じだ。数の差がやはり大きく響いてしまっている。
もしこのまま前線を破られれば地形の有利がなくなってしまうでしょう。そうなればこの疲労を鑑みれば自然と負けは確定する。
負ければ何もかも失う。国も、民も、自分自身も失ってしまう。
そうなるよりは仕切り直しの手段の一つを切るしかない。まだアビガラス王国との決着の見通しが立たない以上は兵たちの回復に終始を置くべきでしょうね。
「ネイシャ。準備は出来ていますか?」
「戦争が始まる前からバッチリです」
「では、やって下さい」
私が何をして欲しいのかを汲み取ったネイシャは頷く。
「本当に良いんです?やれば復旧も楽じゃないですけど」
「ここで兵を無暗に減らすよりは良策です。それに今やれば相手にも大きな爪痕を残せます」
「分かりました」
ネイシャは静かにこの場から去って行った。
私とネイシャの会話に着いて行けなかったルミナスは疑問を顔に張り付けている。
「何をなされるのですか?」
知らされていなかった以上は気になるでしょうね。ですけどこれは知る者は少ない方が良かった。
と言うよりも私自身の気持ちの問題でもあった。戦争とはいえ、こんな非道をしてもいいのかを悩んだのもある。
出来るのなら使わずにいたかったが、贅沢を言えるだけの状況でもない。
兵には死者も出ており、戦場に復帰出来ない怪我人も多い。
武器の損傷、食料の乏しさもあって、戦いを続けるにはあまりに心許ない。
このままいけば前線を押し切られてアビガラス王国の兵たちが流れ込んできてしまうでしょう。
前線が決壊しかねない状況です。それを食い止める手段。それは―――
「ちょっと地形を変えてしまおうかと思いまして」
「は?」
その時、大きな揺れと共に強烈な振動が足元を襲う。ここまでの威力とは想定していませんでしたね。
「なっ、何が!?」
慌てるルミナスですが、気にする必要はありません。これがやりたくなかった策なのですから。
「上手く行ったようですね」
「これは一体…」
砂埃が大きく舞い上がる。
これほどの威力は魔法でも出せるのは【剣魔の達人】かエルフの集団魔法くらいしかないでしょう。
しかしこれは魔法ではありません。これは科学。それもあの方の残して下さった特別性のもの。
「谷を爆破したのです。これでしばらくはアビガラス王国も攻めて来れないでしょう」
「なっ!?」
―――爆発物を使用した谷の崩落。これが私の使った策でした。
「あそこは魔法でさえ崩すのは容易ではない谷ですよ!?」
「そうですね。だから落ちて来た落石は立派な武器に変わります」
何せ魔法でさえ破壊し辛いのですから。咄嗟に魔法を使って落ちて来た岩を対処しようともそのまま押し潰されるでしょうね。
「そうではありません!あれをどうやって破壊……っ」
ようやく思い至ったルミナスが言葉を止める。
「ええ、本当にどうやったら破壊出来るのでしょうか。中身を見ようにも開ければ死ぬと脅されれば開けられなくなりますし」
「取引していたのですか?あの化物から」
「万が一を兼ねていくつか。それで貸しが増えてしまいましたが戦果としては凄まじいので問題ありません」
『天災』と言われた者にお願いして頂いた品々は私たち程度では解明さえ至れない物ばかりでした。
その産物の一つがあの爆発。本人曰く『ダイナマイトの改良品で面白味もない品だ。作った良いが威力に指向性がなく子供でも作れる玩具だ。お前なら使い道がありそうだからくれてやる』と。
まるで倉庫にあった邪魔な品を丁度いいから押し付けてしまおう、とゴミ箱代わりにされたような感じでしたけどね。
ただ、そのゴミで救われるのですから不思議なものです。
「いやー、凄いですね。あれは。僅か三本で硬い岩を崩せたのは驚きですよ」
「戻りましたか」
ネイシャは手のひらにある起爆装置をくるくると弄びながら現れる。
「谷は完全に封鎖されました。そもそもこれで攻撃すれば楽に勝てるんじゃないですかね?」
「………渡したのが全部ですし、あの威力だと投げてもこちらに被害が来ますが?」
「まあそうですよね」
あの手の武器は人の手には余りますからね。そもそも気まぐれで作ったそうですから数もありませんでしたし。
谷が潰れた今が好機。潰されなかった兵も孤立状態となって制圧も時間の問題でしょう。
・・・
ネイシャside
「これで終われば楽ですねー。私としてもあの爆弾をもう一度使いたいとは思いませんし」
思惑通り進み、アビガラス王国の兵は鎮圧に成功した。かなり激しく抵抗して来たためにあちらの死者も多いが、一割生きて捕縛出来ただけマシと思えます。
私が設置し、谷を爆破した際も近くで様子見してましたけどあの爆弾は反則だ。
今回は谷を崩す為に使用したが、そんな使用方法をしなくても全てをまとめて吹き飛ばせる威力を持っていた。
十分に離れていた筈なのに爆風が襲い、危うく死ぬかと思った。あれのせいで兵の何割かが怪我を負ったので、アビガラス王国の兵は大損害を被っていただろう。
そして崩せない筈の魔法でコーティングの施された頑丈な谷を破壊。そのまま落石としてアビガラス王国の兵に降り注いでいた上に逃げ場を失った。
退路を落石で塞がれ、殆どの者が怪我、あるいは死んでいるのだからモルド帝国は楽に勝利した。
これでしばらく安泰だろう。
落石したとは言え、コーティングは落ちておらず、手作業での撤去を余儀なくされている以上は進行など出来る筈もない。
「これを狙ってやったんですからお姫様は性質が悪い」
お姫様と離れた私は現地で状況を再確認しに来ていた。
あれから何日も経つが一向に大岩が撤去される様子はなく、撤去の為に魔法を使って破壊しようとしているが弾かれるばかり。
「こっちから撤去する気もないですし、進行は出来ない。初めからこうすれば良かったんじゃないですかね」
まあ無理だったのは知っていますが。
何せこの谷のコーティング事態酷く頑丈でモルド帝国が何代も前から固めて来た地盤の一つだ。
元々ここは崩れやすく、撤去してもまた崩れる悪循環のあった土地。
これが潰れても迂回出来るのなら放って置いた地だったんですが、ここが潰れてしまうと他に通れる道がなく、森や崖、砂漠もあってまともな道じゃない。
私みたいな大変に優れた者なら別ですけど、集団で通るにはまず向かない。
行商もあって、物の行き来を考えると潰れれば痛い土地であった。
だからこそどうにか戦い続けて爆弾を使わないようにしていたが、アビガラス王国の猛攻に限界が来ていたのも事実。あの優しいお姫様なら兵か物流かなら前者を取る。物流の滞り程度なら他の国と連携してでも対処されるますし。
「あれ?」
私の視界に映るのは谷から離れて行くアビガラス王国の兵たちの姿。
一瞬進行するのを諦めたのか?と内心思ったが違う。
「あれは………勇者っ」
遂に出て来た。
後方で残して置いた奴隷で遊び、悠々としていた者たちだったがここに来て初めて動きを見せる。
出て来た一人を私と他の斥候たちと作った資料から照らし合わせ、最悪な奴が出たと分かる。
「【ホモサピエンス】山崎光黄……」
顔は良いのに中身が酷く汚れている勇者。食われた男の子は星の数を超えると聞く変態勇者の一人。
そして砦さえ破壊出来るスキルの持ち主なら、この状況を打破するには十分な戦力を保有する。
「もう、この場にいる意味はないですねー」
私は急いでこの場を離れ、お姫様へと報告に向かいます。
何せあの勇者の破壊力は魔法で頑丈に仕上げた砦も破壊出来るのだから、落石で自然に積み上げられた程度の防壁など容易く突破出来るでしょう。
進軍が再開される。それも凶悪なオプションを追加されて。
私の背後で桃色の光が溢れているのを感じると、この足を更に速めてお姫様の元に向かうのでした。
GW以内に皆さま待望の陸斗きゅんを戻したいですね。………無理かなー(;´・ω・)