83話目 たとえ非情と言われても
奴隷たちはもう目と鼻の先にいる。
今から放たれる雷系の魔法によって多くの命が失われようとされていた。
止めればまだ間に合う。そう思考が過ぎるものの、王としての立場。そして兵たちの命を預かる身としては選択してはならないものだった。
「………ごめんなさい。私のせいで」
ぎゅっ、と身体を抱き締めるように強く両腕を握る。
彼らがせめて苦しまないのを祈りながら私は自身が決めた結末を見守る意思を固めた。
本当なら天幕にでも戻ってしまいたい。しかしそれは自身の罪から逃げるのと同じ。
それにここはまだ戦場からは遠い。
部隊に指揮する者や魔法を放つ者たちに比べれば、遠い位置から見守る私は奴隷たちの怨嗟の声を聞かなくて済む分ズルいのです。
私は王女ですからそこまで前線に行けば騎士たちに無用な心配をさせてしまう。それに私の持つ【王女の威光】のスキルはここからでも視覚内のため十分に届く。
つまりここにいるのが適切な行動となる。
「まだ序盤ですので無理をされなくても」
「いいえ。これは私の王としての責務ですから」
奪った命を認識して前に進む。
どれだけの命を積み重ねてモルド帝国はあるのかを自覚してこそ正しい王の有り方だと思っています。
ルミナスには心配されましたが万が一もありますし、勇者たちが早々に暴れないとも限らない以上は常に戦場を把握する必要があった。
「それにもしもの際には逃げれば良いのです。ここからなら小さいですが砦も近くにありますし問題はありません」
陣を敷いたこの場所から後方に位置する砦はここにいる全ての兵を退却させるには難しい大きさですが、半分程度であれば何とか維持出来る大きさ。
私は他国には内緒で、その砦に食料から水に武器を用意させています。
これももしもの際にファーバルを守るための手段の一つ。
退却を余儀なくされた場合に救援を求める事が可能なら砦に立てこもる。無理ならば私が犠牲となって隠し通路からファーバルを逃がす。
あくまでも保険でしかないが、これは戦争。最悪は想定しなければならない。
使わないに越したことはないが万が一は有り得る。何せ相手をするのは本気になったアビガラス王国。僅かな油断も出来る相手ではないのですから。
「では、私たちも戦場に向かいましょう」
「分かりました」
油断はけしてしない。私自身をコマとして使ってでも勝利する。
その為に私は前線へと赴くのです。
・・・
戦場に雷が鳴り響き、続く悲鳴は地獄の門に耳を当てているような不快感がありました。
私はルミナスと共に前線に着くとそこは目を瞑りたくなる景色で覆われていた。
雷系の魔法を直接浴びた者は焦げており、酷い者などはそれが老人なのか若者なのか性別さえも区別出来ない様で横たわっている。
間接的に浴びた者でも感電によって身動きを取れずに倒れ込み、後続の者に踏み潰されて命を絶っていた。
彼らは倒れた奴隷たちを避けようとしない。
避けるだけのスペースもなく歩かされているのもあるが、やはり奴隷紋の機能で命令に逆らえないのでしょうね。
ただ真っ直ぐ休まず進み邪魔する者は殺せ。
そう命令されれば誰かが倒れて進路を妨害されようと構わず進むしかない。
いやらしい事に隊列だけは綺麗に揃っており、隙間なく密集させているのは奴隷を躱して正規の部隊と接触させない為か。どちらにしろ奴隷たちは倒すしかない。
「兵たちの魔力はどれくらい残っていますか?」
私は指揮官の者に確認を取る。
「ポーションは持たせていますが使わなければ奴隷を八割倒して尽きるでしょう」
「ならポーションは使っても構いません。それと出来る限り休息も多く取れるようにしてあげて下さい」
「分かりました」
想定よりも奴隷の数が多い。
アビガラス王国を甘く見ていました。ここまで非道に走れるのかと感心してしまいます。
兵たちは相当参っているでしょうね。
戦場を闊歩するのは本来であれば守られるべき民。
その誰もが悲壮感を張り付け、涙を流して歩んで来るのですから魔法を放つ手も鈍るでしょう。
断頭台に並べられた首を順番に跳ねるような作業は心が折れる。
モルド帝国でも処刑は行っていますが連続して同じ者にやらせる事はありません。
そうした者が精神を壊して行くのを知っていますし、人が人を殺すのを躊躇なくやれるものは殺人鬼以外いない。
兵たちがそんな恐ろしいものではない以上は魔法を一回放つだけでも震える思いをするでしょう。
これが狙いならば厄介なもの。
魔法は精神力で魔力をコントロールして放つ。精神が乱れれば不必要に魔力を込めて魔法を撃つ者も出て来る。
現に魔力を変換し切れなかった者たちが大粒の汗を流して疲労を濃くしている。
まだ序盤であるにも関わらずこれなのだから下手をすればポーションを使わなければ半分も倒せないかも知れない。
そう考えると物資も有限である以上は休息も多く取らなければ直ぐに持たなくなるでしょう。
「まだ経験の浅い者は下がらせて休息を取らせて下さい。このままでは先に倒れてしまいます」
「はっ!」
私の指示を聞いた伝令がすぐさま走る。
ベテランだからマシと言う訳ではありませんがやはりここは新人では荷が重い。初めての戦場がこことなった者は不運としか言いようがないですね。
確実に精神を蝕む悲鳴を聞き続けて戦闘が出来なくなった者たちが後方に下がり休息を取る。
この状況を想定しなかったわけではありません。
寧ろ私が敵であればこの手を使っていた可能性は否定出来ないでしょう。
何せ奴隷たちは命令に従うだけだ。自分で考えて行動しないコマを効率良く使用するにはこのように使うのが最善。
下手な指揮をしてしまえば、ろくに力を発揮しないままに保護されて終わる。そうなるならば端から消耗品として運用するのがベストでしょう。
始まりで敵兵の士気を削ぐ。そして中盤戦でも兵の体力回復と立て直しに使う。
精神攻撃としてだけでなく戦闘の繋ぎとしても使用してこちらの前線の維持を困難にさせて来ると私は読んでいます。
「まったく笑ってしまうくらい予想通りですね」
アビガラス王国の人を人とは思わない運用方法に呆れを通り越して乾いた笑いが込み上げて来る。
そしてそんな相手の思惑通りに動かざるを得ない自分にも呆れてしまう。
もしも前線を下げなければこれほどの数の奴隷を一度に相手する必要はなくなり、もっと違った作戦を行えたかも知れません。そうなれば救えた者もいたのかも知れませんが全ては終わったこと。
………はぁ、やはり会議の時に自国の兵だけでアビガラス王国と対峙するようにすれば良かったでしょうか。
後悔ばかり押し寄せるものの、その案さえ現実的でないと分かり切っているのでスッパリと頭の中から切り捨てる。
私は最善の策を常に選択している。
たとえ非情と言われようと取捨選択の中であらゆる物を秤にかけて選んだ。だから後悔をするのは後です。
今は出来ることに全力を尽くすとしましょうか。
私は疲弊し、休息を取る魔法使いたちにそれぞれ声を掛ける。
「辛いでしょうが頑張って下さい」
「は、はい!もちろんです!!」
「貴方たちは悪くありません。悪いのは指示をする私なのですから」
「い、いえ!こうして戦うと決めたのは自分です!!」
「頑張りましょう。私たちの国を守るために」
「「「はい!!」」」
士気がこれで少しでも上がれば良いのですが、兵たちの顔色はまだ悪い。
王自らが声を掛ける事で休息前よりは幾分か良くなりましたが、未だ雷鳴と共に聞こえる悲鳴が兵たちの心を潰しに掛かっている。
次は何をするつもりでしょうか。アビガラス王国の次の手を予測しながら私は指揮官に指示を飛ばしつつ、兵たちの下がった士気を上げるべく声を掛け続けるのでした。
うん、主人公が全然出せない。だってあっという間に終わるから