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第6話

 女性の仕度というものは、兎に角時間がかかる。


 他人事ではない。イザベラ自身も、今日の仕度に朝から掛り切りだったのだ。

 ならば自分より余程、今日の会場の準備や奥向きの指示で忙しいであろう王妃様の都合を思って、約束より半刻ほど早く王宮に参じていた。


 昼すぎに先触れを出し、指示されていた西門で訪いを入れる。都合の良い時間まで、何処かで待たせて貰おうと思案していたイザベラに、迎えの女官は、どこかホッとした表情を見せた


「丁度良いタイミングでお越し頂きました。イザベラ様、本当にありがとうございます」


 歓迎などされないと思っていた。思い掛けない感謝の言葉に戸惑う。今日は蘇芳国の使節団が滞在中で、その接遇を王妃様自ら指示を出しているらしい。「今ようやく休憩をお取り頂いた所で」と語る女官の表情も以前と同じく、柔らかい。



 通された応接間のソファーに座る王妃様は、どこか疲れた様子だった。お忙しい所為だろうか。


 深く最敬礼をとる。


「イザベラ、よく来てくれたわね」


 叱責を覚悟していたイザベラに、その声が優しく響く。そっと手を引かれ、立ち上がるよう促がされる。


 恐る恐る顔を上げた先に見たのは、寂しげに微笑む王妃様の姿だった。


「叱責されると思っていて、それでも約束前に来てくれたのね。本当に、優しい子」


 王妃様の声にも、表情にも、何処にも怒りが見えなくて、イザベラは困惑する。声が震えそうだ。


「お怒りではないのですか?私が、私のせいで殿下の結婚をダメにしてしまいましたのに」


「いいえ、貴方の所為ではないの」


 キッパリと言い切られた事に驚いて、なのに今度こそ安堵してしまったのだろう。


「まぁ、貴女ってば相変わらず泣き虫ね。さあ、此方に座って。少しお話をしましょう」


 様子を伺っていたのだろうか。タイミングを計ったように出された香り高いお茶は、少し懐かしい味がする。


 内密に、と言って語られたのは思ってもいない事柄だった。


「蘇芳国のマリエラ姫を招いた際も、貴女の方が王太子妃に相応しいと奏上する者はとても多かったわ」


 それだけ革新派の勢いが強かったという事だろうか。イザベラの疑問を先取りするように、その首を横に振る。


「むしろ、保守派の方が多かったくらいよ。だけど、貴女との結婚にアレックスは反対していたの」


「アレックス…父の事ですか?」


 フフフ、と少し笑って王妃様が首肯する。少し悪戯っぽい表情が浮かんで、それからやはり寂しげな表情へと変わっていく。


「貴女達と同じよ。エドワードと貴女が幼馴染みだった様に、陛下とアレックスは親友だった。夏のほんのひと時だけだったけれど。陛下の婚約者だった私を含めて、私たちは幼馴染みだったのよ」


 初めて聞く話だった。今まで考えた事もない父が子供の頃の話に驚いてしまう。


「貴女とエドワードの結婚によって、革新派と保守派が手を取り合うの。そういう約束だったわ」


 ぐらりと、頭の中がひっくり返るようだった。自分は本当の意味で「革新派のイザベラ」だったのだ。そんな約束は、知らない。努力によって選ばれたのだと、派閥によって引き裂かれるのだと、その認識がグラグラと揺れる。混乱のまま、話の続きを求めて王妃様を見つめた。


 少し冷めたお茶をひと口飲んで、王妃様は少し考え込んでいるようだった。それが何となく、どう伝えればイザベラを傷つけないか言葉を探すようで。その横顔は思いの外、優しいものだった。子供の頃は、厳しい人だと思っていた。今はその柔らかで優しい部分に惹かれずには居られない。


「駄目ね」と呟いた王妃様は、泣きそうな、辛そうな様子だった。イザベラは、この人の前ではもう泣くまいと心に決める。王妃様を悲しませたくない。


「昔から、貴女はエドワードが大好きだったし、あの子の為に一生懸命な貴女を、私たちは家族に迎えたかったわ。ギリギリまで待ったけれど、あの子は駄目ね」


 王妃様の眦から、ポロリと涙が伝う。何か慰めを、大丈夫だと伝えたいのに言葉がでない。


「貴女に同じだけの愛情を返せないのならば、もう貴女から離してしまおうと思ったのに」


 畏れ多くて許されない事だけど、他にどうして良いのか分からなかった。ポロポロと溢れる涙を止める術のないイザベラは、側に跪き、そっと王妃様手を握る。


「私は、それでもエドワード様をお慕いしておりました」


 握った手に、強く力が込められた。涙に濡れた瞳がイザベラをじっと見つめて、小さくかぶりを振る。


「いいえ、貴女はどうか幸せになって」


 その願いの意味を噛みしめて、胸の痛みにじっと耐えた。ただ痛みに耐えて、真心を返す。


「はい、必ず」





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