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第5話

 此の所よく訪れる、エドワードの従者はリチャード・ホフマンと名乗った。手土産にと携えられた白い薔薇の蕾に、何か意図を感じ取るべきなのか。イザベラは困ってしまう。


 薔薇の花は好きだ。


 子供の頃、エドワードが手折ってくれたのは、一重の白い薔薇だった。それまで、自邸の庭で幾重にも重なる大振りの薔薇しか見た事のなかったイザベラは、その事でエドワードと大喧嘩した事がある。


 あの時、ちゃんと謝ったのだったかしら?


 あの日から一重の白い薔薇は、エドワードの花だ。コマドリと共に描かれた封蝋を押された手紙を、イザベラは胸に抱きしめた。


 此の所、エドワードからよく手紙が届く。先日の舞踏会の件を、随分王妃様に叱られたらしい。


「叱られた」だなんて、今の情勢的には随分と家族的な表現で、フフフとイザベラも笑ってしまう。家族で意見が合わずに争うなんて、本当は辛い事だ。


 蘇芳国との文化交流、その実質、王太子とのお見合いは、王妃様主導で急遽決まった事だったらしい。其れは、エドワードと初めて二度ダンスを踊ったあの夜会の直後の事で、やはりイザベラの事は目の敵にされている事と思う。


 幼い頃から、何度もお茶会で会った事のある御婦人であり、何よりもエドワードの御母君に当たる方なのだ。そんな人に嫌われる、という現状がただただ恐ろしい。


 叱られはしても、蘇芳の姫君との婚約が決まらぬまま帰国の道筋が立ったのは、派閥争いを憂慮しているのが王太子だけではないという事なのだろう。


 何より陛下は、派閥争いの鞘当てに王太子の結婚を持ち出す事に強い不快感を示されたと言う。



 内密にではあるが、父が財務長官から退く事も決まった。これまで外務に力を入れていたハートリー公爵が中央へと戻り、父は代わりに国外を飛び回る事になるらしい。


「お父様は、財務長官に未練は無かったの?」


 心配になって聞いてみたが、父は気にしていないようだ。父の政策に興味を示す国もあるし、国外にはまだ新しい発想や制度がある。存外、楽しみにしているらしい。


「まぁ、ひとまず領地に戻ってからになるがな」



 もう一つ、大切な事がある。イザベラの処遇だ。


 父は、王太子妃には派閥に関わりの薄い中立派のご令嬢が相応しいと奏上した。実質的な、婚約者候補の辞退である。併せて、蘇芳国との外交や国政を混乱させた一因として、娘を領地にて蟄居させる旨を申し出ていた。


 蟄居については、「その必要なし」と陛下御自らお言葉を賜ったと言う。その上でガーランド家の為に詔書として記し、届けて下さったのだ。


 この詔を賜った時、ワッと声を上げて母が泣き、その母を支えて応接間を出た兄の目にも安堵が浮かんでいた。


 蟄居となれば、イザベラは修道院に入るか、領内の何処か人目の届かない所で一人ひっそりと生きて行く事になっただろう。この詔があれば、例え父が謹慎を命じたとしても、落ち着いた時期に嫁ぐなり、名を変えて、生きていく事は出来る。


 母も、兄も、普段はあまり感情を表に出す事がないから、それだけ心配をかけていたのだと思う。そう口にすれば父にも兄にもどやされてしまいそうで、イザベラは口許が緩みそうになるのをギュッと我慢する。



 それに、詔書の使者であるリチャードにもまだ尋ねたい事がある。


「ホフマン様、殿下の処遇は決まったのでしょうか?」


 リチャードは苦笑を浮かべて、首を横に振る。


 悪い予想が頭の中を駆け巡る。サッと表情を凍りつかせたイザベラを窘めるように、小さく名前を呼ばれた。


 父を見れば、真っすぐに目が合った。先ほどは気にならなかったが、ドクドクと心臓が煩い。ハッとして落ち着かなくてはと思い至れば、父が小さく頷いた。


「ホフマン殿、意地悪をされては困ります。どうも娘が誤解したようだ」


 父の苦い語り口に、リチャードは恐縮したように謝罪を述べた。


「実は私には、申し上げられる事は殆ど無いのです」


 今回の件に関して、エドワード本人への処罰はない。その事だけでイザベラは安堵してしまったのだが、どうやら違うらしい。


「陛下は、エドワード様に『自身の為した事が、どれ程の結末を齎したのか。一人よく考えよ』と仰せになりました。それが罰と成るのかは、ご本人次第でございましょうから」


 何か考え込むように、父も難しい顔をしている。



 父の様子に逡巡したが、もう一つ確認したい事がある。イザベラはおずおずと口を開いた。


「殿下からのエスコートのお申し出、私はお受けしても宜しいのでしょうか」


 蘇芳国の姫君の帰国を惜しむ催物が、王宮で盛大に開かれる。内々にではあるが、処遇の決まったイザベラである。普通に考えれば、辞退するべきだろう。


「その事ならば」


 リチャードからの強い応えに、父も顔を上げた。改まった様子に、イザベラも姿勢を正す。


「陛下は『是』と仰せです。但し、ガーランド家の意向を優先して良いとも聞いております。」


「私は…。私で宜しいのですか?」


 思わず溢れたイザベラの言葉に、リチャードは力強く頷く。その時初めて、イザベラの胸に赦されたのだという実感が湧いた。


「その上で、お願いしたい事があるのです。王妃殿下が、イザベラ嬢に会いたいと仰せです」



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