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第4話

 エドワードに伴われて会場に足を踏み入れた瞬間。場は一瞬、シンと静まり返った。やがてさざ波が広がるように音が戻って来る。主催者である伯爵夫妻が慌てた様子で、此方に来るのが見えた。


 これ迄に無いほどの注目を浴びて、イザベラはカチカチだった。それでもエドワードに優しく手を引かれ、背筋を伸ばして会場の中央に足を運ぶ。


 興味津々な様子で、皆が此方を見ているがエドワードは言葉に出して説明するつもりは無いらしい。


 保守派への訣別、蘇芳国の姫君と結婚の意思は無いこと。その後ろ盾として、ガーランド侯爵家は見做されるだろう。


 イザベラが纏うのは、異国風のドレスだった。そもそも、エルグラーナ国にはドレスがない。今から40年程前迄は、動き難い一枚布の民族衣装が主流だったのだ。今では王族以外の民草は年末年始の行事や冠婚葬祭の場でしか纏う機会は無いのだが、今日のドレスは別格だ。エルグラーナの衣装でも、今主流の蘇芳風でも無いドレスは、周囲にどう映るのか。




 会場の中央で、イザベラは舞う。


 エドワードと踊る為に、幼い頃からダンスの練習を欠かした事は無かった。緊張に反して、身体は勝手にステップを刻んでいく。


 淡い金糸のような髪を後ろに撫で付けたエドワードは、何時もよりずっと素敵だった。紺地のジュストコールの裾にはイザベラと揃いの刺繍。それに気付いたご婦人方が息を呑む。


 柔らかなリードに乗って、ふわりとターンする。クルリ、クルリ、冴え渡るステップが人々を魅了していく。幾重にも重ねられた緑色の生地がふわりと広がり、縁に施された金糸の刺繍がキラキラと輝く。


 まるで妖精のようだ。


 ポツリ、と誰かが口にした其れは、次第に広まっていく。


 一曲目のアップテンポな曲が終わり、二曲目が始まる。気付いた誰かが「あっ」と声を上げたのが、遠くに聞こえた。


 緩やかなワルツは、普段ならイザベラの大好きな曲だ。15の年から2年と少し。何度となく共に踊ったエドワードは、知っていてくれたのだろう。普段よりも少し複雑なステップ。高いリフトに、緩やかなターン。身体と共に、心も少しづつ解れていく。


 二曲目を終えて壁際へ離れても、事情を尋ねてくる者は居なかった。拍子抜けするような、ホッとするような。代わりにイザベラへダンスを申し込む者は居たのだが、其れは王太子付きの従者が柔らかく断りを入れてくれたようだ。


「少し早いが、そろそろ帰ろうか」


 エドワードの言葉に従い、会場を後にする。



 今日の経緯を、イザベラは事前に知らされていた。ガーランド侯爵家に要請された、今回の任務を受けたのは父だし、イザベラはただ遂行するだけだ。


 その見返りというのならば、今のイザベラは十分に幸せだった。この後、一生を独り身で過ごす事になっても、まともな結婚が出来なくなっても、だ。



 保守派と革新派の争いは国の為にならない。この派閥争いに終止符を打つ為に協力して欲しいと、エドワードは父に頭を下げた。


「イザベラはどうなる!生贄にするおつもりか!」


 同席していた兄は激昂したが、その話をイザベラは冷静に受け止めた。


 未来を思えば、革新派のような動きは留められない。あの運輸事業も、人材開発の為の学校を作ろうという動きも、この先のエルグラーナに必要な事だ。保守派に望まれた役割は、先走りそうになる革新派のストッパーとして、制度に穴がないかを検証する事で。


 例え派閥に分かれても、同じ未来を見ているならば良い。だが、ただ啀み合うのなら違う。


 それに、イザベラの狡い心は思ってしまったのだ。


 あの美しい姫君ではなく、政略であっても、ほんのひと時だけでも自分を選んで貰えるのだ。かの姫君のようには支えられなくても、エドワードの望む未来の為ならば評判も名誉も全てを捧げても惜しくはなかった。



 馬車の中で、イザベラはポツリ、ポツリと此の所考えていた事を語った。普段ならマナーに従い、エドワードの聴き役に徹するのに珍しい。


 蘇芳国の姫君に、一度だけ挨拶をしたこと。凛とした立ち姿がとても美しかったこと。王族然とした気高い雰囲気と、下々への心配りに感激したこと。


「時折、母上や女官長すら言い負かしてしまわれる。面白い方だ」


 何かを思い出したのか、エドワードがクツクツと笑った。イザベラの胸はツキンと痛んだ。それでも、話す事を止めはしない。本当に、後悔しないのか問わずには居られない。


「あの方は、殿下を支えて歩く未来を見据えていらっしゃいます。私よりも、きっと、この国の誰よりも」


 エドワードは、少し言い淀んだようだった。何か口にしようとして、結局、何も言わないまま。


 ガーランドのタウンハウスまでイザベラを送ったエドワードは、指先に軽く口付けた。


「では、また5日後に」


 子供の頃以来の約束に、泣きそうになった。

 なぜ泣きそうなのか、自分でも理由が分からない。緊張したせいか、クタクタだった。嘘でも良いから幸せな夢が見たいと思ったのに、あっと言う間に眠りに落ちて、どんな夢を見たのか思い出せもしなかった。



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