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第1話

 少し、緊張しているようだ。すっかり目が覚めてしまって、もう眠れそうにない。


(調理場なら、もう誰か起きているかしら…)


 喉がカラカラだ。何度も起きて、水差しの水は飲んでしまった。隣室の侍女たちも、起きてくる気配はない。温かいお茶を頼もうと、ガウンを羽織り部屋を抜け出す。廊下に出ると窓越しに夜明けの気配を感じて、フルリと身震いをした。


「早起きなんて」


 思ったより掠れた声が出たことに、イザベラはフフっと笑う。子どもみたい、そう続くはずの言葉は飲み込んでしまった


 8歳まで、王都から少し離れた領地の館で暮らしていた。財務長官の職に任じられていた父は、シーズン以外も王都から離れられなかったし、母も侯爵夫人として社交や執務を父の分も担っていたのだろう。幼少期を両親と過ごした記憶がイザベラには殆ど無い。


 山沿いにあるガーランド領は自然の豊かな土地で、春先迄は雪に覆われる。彼女はいつも夏の訪れを待っていた。


 夏になれば、エドワードに会える!


 ピクニックや魚釣、一面の花畑を見つけた事や夜空に輝く花火。毎年、とてもとても楽しみにしていたのだ。ガーランドの隣町へと避暑に訪れる少年は、イザベラよりほんの少し年上で、天使みたいに綺麗な子だった。そして、あの頃は馬鹿みたいに信じていたのだ。エドワードだけがたった一人の親友で、心の友だと。


 思い返せば、エドワードに会える事への浮き立つ気持ちは、普段忙しそうな母がその時期だけは王都から帰って来てくれた事にも影響していたのだろうと思う。いつも勉強ばかりだった彼女にとっての“特別な日々”。エドワードに会えるのが、嬉しくて楽しくて、あの頃の思い出がいつもキラキラしていたのが、彼故だと思い込んだのは何時だっただろうか。あれを初恋だった、そう思った事さえ今のイザベラを苦しめている。


 イザベラの幼少期は、勉強漬けの日々だった。

 本来なら休憩時間である筈の、趣味の刺繍や読書だって、それなりの質と結果を求められた。生まれてこの方ずっとそうしてきたから、別に不満も無いのだけれど。ただ、ふとした時に思い出す、夏のキラキラした日々が時折とても懐かしかった。


 大好きだったエドワードが、特別な人だと知ったのは10歳の頃。母に伴われて、初めて招かれた王城でのお茶会の席だった。そこには同じ年頃の少女が6人と、お人形のように綺麗に笑うエドワードが居たのだ。


 なんだろう、ちょっとした違和感。


 領地で共に遊んだエドワードは、いつだってキラキラした眼をしていたし、もっと屈託なくニコニコと笑っていた。あの頃も、今も、所作は美しく、天使のような美しい面差しは変わらないけれど。


(ねぇ、エディ。貴方、どうしたの?)


 結局、イザベラには、そう声をかける事は出来なかった。


 今思えば王妃様主催の、王太子妃候補を選ぶ為の特別なお茶会だったのだろうと分かる。母からはくどい程に、「今日は特に礼儀正しく、お行儀良くなさい」と言われていたし、王妃様からの質問は多岐に渡ったので、お行儀良く応えるだけで精一杯だったのだ。


 周りの子も、イザベラと同じか、教科によってはそれ以上に勉強しているようだった。イザベラの受け応えに一喜一憂する母の様子に、胸がギュっとなって苦しかった。同じ正解でも、気の利いた言い回しをした者の方を王妃様はお喜びになったのだ。それが、凄く難しい。


 後日、メンバーの異なる同じようなお茶会へ数度招かれたが、その度にイザベラの受けるレッスンは増え、求められる結果もより完璧なものになっていった。


 お茶会には、毎回必ずエドワードも出席していて、今ははっきりと詰まらなそうにイザベラ達と王妃様とのやりとりを見ていた。運が良ければ、エドワードと二言三言、挨拶以外の言葉を交わせる日もあったけれど。見惚れそうな程美しい、作り物めいた笑みを浮かべて、もうあの夏の日の様に笑ってはくれなかった。


 


 パタパタと、慌てた様な足音。先に此方に気付いたのだろう。


「まぁ!お嬢様!」


 一つ下の階へと降りる途中で、やっとメイドに行きあった。彼女がとっさに声を出したのは、仕方のない事だと思う。むしろ、驚かせてしまって申し訳ない。慌てたように頭を下げ、朝の挨拶を口にするメイドに、気にしていない風に用事を申しつける。


「寝付けなくて、喉が渇いてしまったの。誰か起こして、お茶を届けさせてくれるかしら。」


「直ぐにお部屋までお持ち致します。ですから、あの、どうぞお部屋にお戻り下さいませ。」


 早朝とはいえ、こんな恰好で邸の中をひとり歩くなんて、淑女にあるまじき事だ。子どもの頃から殆ど手のかからない、完璧な淑女であるイザベラの行動としては確かに珍しい。


 多分、緊張しているのだ。

 王都から今日、両親が帰って来る。

 はっきりと手紙に書かれてはいなかったけれど、明日のお見合いの為だ。父も母も、本気でこの縁談を纏めるつもりでいる。


 ふぅ、と息を溢す。

 王都を出立する前に出したのだろう、両親から先触れとして届いた手紙を読んだ時から、時々、自分が息をしているのか分からなくなる。胸がギュっとなって、泣き出したくなるのだ。


 明日、貴方以外の方とお見合いをします。

 だから私は、貴方の事を嫌いになりたい。






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