表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/20

【4】お誘い 1

裕が通う白鳳学園は、私立でも難関の看板を長く掲げ続けている。下は幼稚園、上は大学院・研究所を擁する大きな団体だ。


大学の学生は、下からそのまま入って来たエスカレーター組と、大学から入ってきた外部組とに分断される。どこかに気兼ねをしてしまう外部者である裕は、学生達にも派閥のようなものがあるのに気付いた。


慎一郎へのつなぎを呼びかけていた学生は、裕と同じく大学から入った外部組。就職だなんだと口にしていたが、彼なりに考えてのことだったんだろうか。


アルバイト情報誌を買った翌日、プレゼントしたらすごく喜んでいた。


そして――


今日の講義も一段落した昼下がり。いつものように扶桑館の尾上研究室にいる裕は、ちらりと真向かいを見る。


机を挟んだソファーにふんぞり返って座っている仁を。


彼は、外部組の対極に立つ側にいる。生え抜きのエスカレーター組だ。幼稚舎からそのまま大学へ進める学生は、実はさほど多くない。推薦枠から漏れれば、中学部や高等部でも落とされる。


エスカレーター=ボンボンというのが成り立たないのが白鳳の特徴だ。


もっとも、中学・高校も落とされた人間分補充をするので、後から入って来る学生も優秀だ。


つまり、どの学年でも入った人間は皆それなりにできる学生だと言えた。


一番学生の入学が多い大学組が一番ダメ……というのが学内の評価だった。


例えば、裕は、叔父や両親、そして本人も否定できないくらい、まぐれで合格したようなものだ。担任の先生など、裕が合格した知らせを持っていったら、涙にむせびながら喜んだ。失礼な話だが、怒れないものがあった。


だから、こうやって、毎日毎日、足りてない科目の補講を受けなければならない。


彼女の仇敵・英語を。



ぼきっ。



ノート取る手につい力が入り、シャープペンシルの芯が折れた。



情けないや。



そしてため息をついた。


「眠いのか」


仁が言う。


「誰が?」


「欠伸、しただろ」


「してない!」


「じゃ、もう少しピリッと緊張感持て」


「……はい」


「気が乗らないようだから、テキスト読め。そうだな、今日のラジオ、例文が長かったな。それでいこう」


「はあい」


裕は中学三年生向けのテキストをぺらぺら開き、音読をする。


外は名残の桜と葉桜が共に楽しめる春の日。



なのに、私は教室にこもって中学英語を学習中。



こんな大学生いるかい。

ちぇ。つまんない。



口元がどうしてもへの字になるのを堪えきれなくなった時だった。


「はいはいはいー、そこまで!」


ドアが勢いよく開かれる。


両手一杯に袋を下げているのは、増沢要ますざわ ようだ。


足取りは軽やかで、まるでモデルかダンサーのよう。スレンダーな身体にタイトなファッションを纏わせている。


さらりと癖のない栗色の髪を流れるに任せて首を振ると、しゃらんと音が鳴りそうなくらいの美髪だ。


「仁、まだ終わらないの?」


仁は、あ、と口をぽかんと開け、あーーーーと、間延びした声を上げる。


「来るの、早すぎないか?」


「ううん、早くない。これでも遅い方。まいて終わらせて、って言ったっしょ」


「忘れた」


「いつもこれだもんねえ」


どっこいしょ! と袋を、裕と仁の間にある机の上にどすどすと置く。さらりとした明るい色の髪を耳にかけながら小首を傾げると、線が細い少女のようだが、机の上に並ぶ品々は見かけ通りに大きく重い。


ペットボトル入りのドリンクにアルコール。山程のつまみ類は乾き物だ。つまみ類は軽いかもしれないが、それでもレジ袋のてんこもりを複数持ち込むのだから、とても軽いとは言えない。


要は、吹けば飛ぶような見かけは見かけ倒しな、中身は立派な日本男児である。


「はい、今日のお勉強はここまで! これからは僕たち研究室のメンバーが使うよ!」


「え?」


裕は反射的に返事をする。


「あれ、聞いてない? 今日はね、ゼミの新人歓迎会なの。ここでやるから裕もどうぞって言っといて、って仁に頼んだんだけどな。その様子だと、もしかして?」


「聞いてないよ!」


「言ってないしな」


裕と仁は同時に声を上げる。裕はとっさに片眉を上げた。


「お前はうちのメンツじゃないからな」


仁はソファーに背を預け、組んだ足をぷらぷら揺すっている。


「意地悪だねえ、あんた」


「そりゃどうも」


「何? そんなに言いたくなかったんだ」


要はにんまりと笑う。


「知らないね」


「何の話?」


裕はひとり、お互いの顔を見比べた。


「うふふ、まあいいや」要は言う。


「とにかくさ、ここは予定が埋まってるから、明け渡して。続きするなら別の日にして。仁に用事頼んでるんだし。あんた、わかってるよね?」


「わかってる。尾上」


「は、はい?」


「今日のところはこれで終わる。できなかった分は……」


「次まとめてやる、でしょ? わかってますよっ」


ぷーっと唇をとがらせ、裕は本をまとめる。


「あれ、帰っちゃうの?」


要は袋から物を出す手を止める。


「うん。私、呼ばれてないもん」


「いいよ、いいよ、気にしなくても。今さら何言ってるの」


「うーん、でも、今日は帰ります。遅くなる時は、下宿先に一言言っとかないと」


「良い子なんだね、裕は」


要は笑う。


「君らしくていいや。じゃ、日を改めて集まろうよ。連絡する」


裕は肩をすくめてその場を後にした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ