【2】公然とした秘密 4
だいたいだよ。
裕は仏頂面をした。
私の名前の由来を教えてくんない親って、ありえなくない?
隠し事ばっかしないでほしいよ。
文句を言いたいのをぐっと押さえて、裕は講義がある教室へ入った。
「尾上くーん、おはよー」
入るなり、陽気に手を振る男子学生に迎えられる。
げんなりした。
朝っぱら疲れるーっ!
「お、おはよう」
しかし、彼女は一応、愛想笑いを浮かべて応じる。これもお付き合いの内だから。
「うん、おはよー」
大学生らしからぬ陽気さで、彼は彼女に言う。
「ねえねえ、僕のこと、叔父さんに言っておいてくれたあ?」
この学生とは、確か入学式の時、たまたま席が近くだっただけの繋がりだ。仲が良いわけでもなんでもない。相手は裕の名前まで知ってるようだが、彼女の方はさっぱり。姓も名もどちらも知らない。
まだ言ってるよ。
ここは正直に「まだだよ」って言った方が親切なのかなあ。
でも――
裕は、うふふ、とも、あはは、とも擬音をつけられない曖昧さでお茶を濁した。
思うままを口にできたらホント楽なんだけどな。
両親や伯母達に接するように。
でも、まだ入って間もないし彼らがどういう人かわからないし。
立ち位置が理解できない私、変なことは口にできないよね。
就職に有利だから、叔父さんの研究室へ入りたいって言ってたよね、彼。
就職――かあ。
彼女は思う。
バイトとか、家の跡取りとか、そーいうのは気にしたことがあるけど、仕事のことはさっぱり。
進路、気にしたことなかったなあ。
大学入ればめっけもんぐらいにしか思ってなかったし。
それでいいんだよね、今は。先のことなんか気にしたことなかったもん。
でも、いつからダメになるんだろう。
私、まだ自分が何になりたいか、どうしたらいいのかわかってない。
裕はまだ数回しか開いていない、ま新しいノートブックを見て思った。