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【2】公然とした秘密 3

いっしょにいて疲れるような人間関係を、彼女は知らない。


父はがさつだが、何に対してもあけすけで、陰に籠もることがない。娘と時には本気で言い合いをするが、後に響くことがない。


母は何に対してもおっとりしている。父と並ぶと美女と野獣だ。よくもまあ、あの父の奥さんできるよと感心する。


娘にも一事が万事、おっとりと応じ、思春期にありがちな母子の衝突をした記憶がない。


父が母のようで、母が父のようだ。


ベタベタした甘えっ子親子ではない、不思議な、でも仲は良い私たち三人家族。



でもね、それはね。



裕は足を止める。



口にできないことがあるからなの。



あの子の話題は、我が家では禁句。


彼女と同じ字を持つ、兄・ひろし。


遺影しか知らない。


アルバムもない、遺影以外の写真を見たこともない。


すごく小さい頃、裕が産まれる前に死んだと聞かされている。でも、どうしてそんなに幼い時に死んでしまったのか、理由もわからない。


何故、青山の家に足を向けたがらないのか、裕が行くのを嫌がるのか。


父と叔父の折り合いの悪さだけが理由ではない気がする。


まだかさぶたも乾き切っていない傷があって、皆でかばっているらしいのがわかる。


そのことを示唆するように、彼女の元へ訪れるものがある。


夢だ。


人には不思議と同じ夢を繰り返し見てしまうことがあり、裕も繰り返して見る夢は決まっていた。


同じ男の子が現れる。


場所は決まって畳敷きで壁がない広間のようなところだ。彼女はうんと小さく、学校にも幼稚園にも上がっていない年齢の姿でいる。


実際のところ、その頃の彼女は、近所には一緒に遊べる年頃の子供はおらず、両親は時々娘を近所の人に預けて仕事へ出ていたから、ひとり遊びはお手の物だった。


寂しい心を知らなかった。


子供の想像力はありとあらゆるものを特別なアトラクションに変えた。息吹を持った生きた存在に替えられた。


小さな茶碗の中には、おいしい食べ物がふんだんに盛られ、木目だけの積み木は極彩色を纏い、彼女が指し示した場所には動物たちが現れ、駆け回った。


でも、少年は、子供の想像が生んだ存在ではなかった。


たしかにそこにいた。


彼はいつも彼女の側にいた。


手を取って先を行く影のように彼女に語りかけた。


遊んでくれた。


彼女の友達だった。


眠りについた時も。起きている時も。


だから、あの日。


自宅でいつものようにままごと遊びをしていた裕は、いつの間にかそこにいた両親に問われるまで気付かなかった。

父は言った。


「ひとりで何しているんだい」



ひとり?



目を瞬かせ、父を見つめた。



ゆうしかいないの?

うそだよ。



彼女は答える。


「ちがうよ、おとうさん、いっしょに遊んでるんだよ」


「誰と」


「あの子と!」


裕が指し示した先を、父と母は唖然として見つめる。


そこにあるのは、仏間に飾られた少年、夭折した、彼女と同じ字の名を持つ兄・ひろしの写真があるだけだった。


「いつも――その子と遊んでいるのか」


父の声は普段より優しく、しかしこわばって聞こえた。


「うん、そう。あのね、いつも。ゆうの近くにいるよ。今もほらそこに」


「裕」


母は湿った声で言った。


「お母さんにも、お父さんにも、その子は見えないわ」


「うそ!!」


叫んだ時、少年の姿は彼女の視界から消えた。



いなくなっちゃった。

おとうさんとおかあさんが、みえないってゆったから、いなくなっちゃったんだあ!!



裕は火がついたように泣いた。


この日を境に、少年は彼女の前から姿を消し、遊ぶこともなくなった。


不思議だったのは、母も父も泣いていたことだ。


彼女には何故泣くのか、わからなかった。


この出来事は、両親に話してはならないことがあるのだと裕が知るきっかけとなった。


以来、夢の中にしか現れなくなった少年は、別れた日と変わりない幼い姿で、少年の前にいる裕も、夢の中では幼い子供に立ち返る。


世間との関わりを知らない、子供だけの世界にいられた頃の思い出だった。


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