【2】公然とした秘密 2
「ポケベル……今時、ちょっとダサいよね」
裕は言う。
「女子高生みたいで女々しい。どうせガールフレンドか誰かからのメッセージなんでしょ」
「あれ、気になるかい?」
「だっ、誰が! あいつのことなんか!」
裕は大声で振り返った。
「はいはい、聞いた僕がバカだった」
にっこり、功は笑顔を見せる。
笑うと眼鏡の向こうの目が線になって、柔和そのものの表情になる功。ほんわかとあたたかい笑顔で、まるでお地蔵さんのようだ。
イライラもどこかへ飛んでしまう。
「残念だけど。仁のポケベルの相手。ガールフレンドではないみたいだよ」
「だから、残念じゃないもん。教えてくれなくていいし」
かまわず功は言う。
「仕事関係じゃないかな」
しごと?
裕は片付ける手を止め、顔を上げた。
「そう。お仕事。あれ、知らない?」
「知らない。学生でしょ、私たち。岡部さん、働いてるっていうの?」
「うーん、ちょっと違うかな」
眼鏡の蔓を押さえながら、功は言った。
「彼、実家の家業を、時々お手伝いしてるからね」
「実家? 家業? 会社とかそーいうこと?」
「会社――になるのかね、あれは」功は窓の外に目をやる。
「今度、聞いてみるといい。教えてくれるよ」
はあ。
それって、私に関係あるのかな。
ないよね。うん、ないない。
「教えてくんないと思うから、いいです、ホントに」
「ふふふ、君と仁はどうも……」
「相性良くないんですよ、きっと」
「僕はそうは思わないなあ」
功はにっこりと笑む。
「相性良くない、っていうのはね、そもそも会話が成り立たない、一瞬たりとも同席すらできない関係の人のことを言うんだよ。君はまだ若いから、わからないかもしれないね」
若いって。あなたが言う?
功と裕は2歳違いだ。さほど離れているわけではない。
「――いるんですか、そーいう人たち」
「うん、いる。まわりが気を遣ってもその甲斐がない、処置なしな大人もたっくさんいるなあ。変だろう? 学生が教授達の顔色見て、あれこれ先手を打つ、って。でも、良くあるんだよ、うちの学校」
「はあ」
「たしか、尾上先生にもいたんじゃないかな、ソリが合わない先生が」
「叔父さんがぼーっとしてるから、イラつかせるんじゃないですか? つかみどころがなくて、相手が切れちゃうんだ」
「そっか、うん、わからなくもないなあ、僕は好きな先生なんだけどねえ」
「だから――」
「うん?」
「仁――岡部さんも、仕方ないから私に合わせてるだけ。ホントはイヤでイヤでたまらないんです、私のこと」
「うーん、処置なしだねえ」
功は苦笑ともため息とも取れるひと息をつく。
「私、授業があるんで、これで」
「ああ、また明日ね」
ぺこりと身体を90度に折り曲げて一礼、裕は扶桑館を後にした。