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浮世絵美人よ永遠に  作者: SAKURAI
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第八話 国立西洋美術館

 お茶を飲んで貰っている間に車の用意をする。俺が運転して、さきが案内役で助手席に乗り、お栄さんと北斎さんには後ろの席に乗って貰う事にした。言う間でもないが、ここでは北斎さんと書いているが実際には鉄蔵さんと呼んでいる。

 蔦屋さんは五月雨さんと何か話があると言う事だった。

「申し訳ありませぬが、五月雨殿と内密な相談がありましてな」

 冗談交じりにそんな事を言うが、この国立西洋美術館の後に二人を案内する所をピックアップするのだと言う。それを聞いて安心をした。

「宜しくお願いします」

 そう頼むと

「任せて下さい。私はこれでもかなりの美術館を見て廻りましたからね」

 そう言って笑っていた。蔦屋さんに頼んでおけば間違い無い。

 車の用意が出来ると二人が五月雨さんに伴われて地下の駐車場に降りて来た。さきが後ろの席のドアを開けて

「鉄蔵さん、どうぞお乗り下さい」

 そう言うと北斎さんは目を見開いて

「これは、凄いですな。江戸で言うと籠ですな」

 そう言って乗り込もうとしたが、シートに正座しそうになったので、お栄さんが慌てて乗り方を教える。

「なるほど、これは理に叶っておる」

 後席のシートに座って納得していた。

 車はこの前と同じように中央通りを上野に向けて走らせて行く。やはり日本橋で北斎さんが

「日本橋って言やあ江戸っ子の自慢だったものだがなぁ……」

 そう言って声を曇らせた。これに関しては我々現代の人間は何も言えない。そして、窓から外を見て

「この辺りは土地が高いんだろうね」

 そんな事を言うので俺は

「やはり判りますか?」

 そう答えると北斎さんは

「判るさ。土地が高いから建物が高いんだろう? 世の常じゃねえか」

 確かにその通りなのだ。俺は意外と北斎さんが今の景色を見て驚いていないのが面白かった。確かお栄さんは声には出さなかったが、興味深そうに表を見ていたものだった。

「絵師としては描こうとは思わぬ景色だね」

 その言葉にお栄さんが

「どうしてだい? あんなに高い建物なんか江戸じゃ見られないじゃないか」

 そう言うと

「確かに高くて驚きだが、物見遊山なら兎も角、絵師としては同じような建物ばかり並んで、そんな景色が面白いか? 人に伝えたいかい」

 確か日本に写真が入って来たのは安政の頃だったと記憶している。写真なら記録と言う事もあるが、北斎さんは絵師として感動する景色こそ描くものだと言いたかったのだろう。

「人が暮らして、絵の中に営みを感じることが出来るのが良いんじゃねえかい」

 確かに、その通りだと思った。それを言われて、お栄さんも納得するしかなかった。

 この前と同じように山下の駐車場に車を駐める。今度は北斎さんの歳も考えて脇のエレベータで上に上がる。

「これは最初センターで乗った時は驚いたが、仕掛けを聞いて納得したんだ。人の考えって変わらないものだなって」

 この辺はお栄さんと同じだ。いや、お栄さんが似たのだ。

 エレベータで上がって降りると上野の森美術館の脇に出る。そのまま右方向に進む。文化会館の脇を進むと右手に国立西洋美術館が見えて来る。最近建物そのものが世界文化遺産に指定された。

「お、これはかなり変わった建物だねえ。如何にも西洋画を飾る場所に相応しい感じがするねえ」

 やはり北斎さんには何か感じるのだろう。さきも

「さすがですねえ」

 感心をしているとお栄さんが

「無理してるだけですよう」

 そう言って笑っている。やはり彼女も少し興奮しているらしいと感じた。大人四枚の券を買って中に入る。特別展が絵画ならついでに見ておこうと思ったのだが、生憎絵とは関係ない展示だった。

 古い時代の絵画は宗教画が多く、その意味を理解出来ない二人には技法だけが興味の対象だった様だ。二人でしきりに構図や絵の具の色の使い方を話している。

 それでも十七世紀のバロック美術では、ヤーコプ・ファン・ロイスダールの「砂丘と小さな滝のある風景」を熱心に見ていた。構図や景色の取り込み方をしきりにお栄さんに話している。

 十八世紀のロココ美術では、ジョゼフ・ヴェルネの「夏の夕べ、イタリア風景」が特に気に入ったらしい。見る位置を変えて何度も見直していた。今の所、人物画には余り興味を示さないのは、この頃の北斎さんが風景をどう取り込むかに興味が注がれていたからだろう。それは広重さんの登場と関係があるかも知れない。

 いよいよ印象派の絵の所に来た。ここには北斎さんや広重さんに影響を受けた印象派の作品がある。それを見て二人は何を言うだろうか。

 ギュスターヴ・クールベの「眠れる裸婦」の所でお栄さんを呼び

「これを見ねえ。これは今日今まで見た絵とは違い、生々しく書いてある。まるで本当にそこで眠っている姿を描いた感じじゃねえか。お前の女を描く絵に不足してるのがこれなんだ。この感じを良く覚えておきねえ」

 そんな事を言っている。お栄さんも自分に心当たりがあるのだろう、熱心に見ていた。

 だが一番注目したのが、クロード・モネの「睡蓮」と「舟遊び」だった。北斎さんは「睡蓮」に近寄るとその筆使いを熱心に眺め、見る位置を遠ざけたりしていた。そして

「これは我々の技法と同じ筆使いがありますねえ」

 さすがに判ったのだろう。俺は

「この絵を描いた絵師は日本の浮世絵に強く影響を受けたのです。同じく浮世絵から影響を受けた絵師の事を『印象派』と言います」

 そう簡単な解説をすると北斎さんは

「影響を受けるのは東西変わりはありませんよ。現に我らだって、西洋の影響を受けていますからねえ」

 そう言って「睡蓮」に感心をしていた。他に熱心だったのが、ポール・セザンヌの「葉を落としたジャ・ド・ブッファンの木々」だった。これは、エクス市郊外の農場の光景を描いたものだが、これを見て

「これはいいなぁ~。まんまじゃねえか」

 そう呟いていた。要するに浮世絵的だと言いたかったのだろう。

 他にも色々と見たのだが

「ちっと疲れた。何処かで休めませんかねえ」

 そう言ってお栄さんの顔を見た。彼女も疲れている感じだったので、喫茶室に入る。俺を除く三人がケーキセットを注文した。さきがコーヒーでお栄さんと北斎さんが紅茶だ。俺はブレンドにした。

「鉄蔵は甘いものが大好きで、酒は殆ど呑まないのですが、菓子は年中食べているのですよ」

 お栄さんはそう言って笑っている。確かに北斎さんの甘いもの好きはかなりのものだったらしい。それは色々な所にも書かれている。

 出て来た「本日のケーキ」はフルーツケーキだった。生クリームの上にイチゴを始め色々な果物が細かくカットされ載せられていた。さきが食べ方の見本を見せると、お栄さんも北斎さんも同じようにして口に運んだ。

「ん、これは旨い! 西洋の菓子も捨てたものではありませぬな」

「本当、とても美味しい。これは癖になる味」

 二人共気に入ってくれて何よりだった。

「一旦事務所に帰りましょう」

 俺はそう言って一旦帰る提案をした。既に昼が過ぎている。二人を始め俺たちも昼食を採らねばならなかった。

「正直、腹も減りましたからな」

 北斎さんがそう言って笑った。

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