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浮世絵美人よ永遠に  作者: SAKURAI
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第六話 再会

 木曜日、その日の朝早くにギャラリーからセンターに向かった。さきは手持ちの着物姿で何とかなるが俺自身はカツラを被らねばならないのでセンターで手早く着替えて江戸に向かわなければならなかった。本来ならば坂崎さんがセンターまで連れてくれれば手間はかからないのだが、生憎、坂崎さんは婚礼と言う人生でもかなり大きなイベントがあるので、今回は出来ないのだ。それに本業もこっちも非番と休暇を取っている。

 ならばと、蔦屋さんも一緒に江戸に向かうことになった。どうしても北斎さんに逢いたいのだと言う。

「あれから、すぐに江戸に行き、坂崎殿にお祝いを渡して来ました。坂崎殿はいずれ直接礼に伺うが、くれぐれも宜しくとのことでございました」

 蔦屋さんは嬉しそうに言う。それはやはり江戸の風に触れた喜びなのかと思う

「そうですか、お任せしてしまって、申し訳ありませんでした」

 本来なら俺とさきも一緒に行かなくてはならないのだが、仕事が立て込んでいて一緒に行く訳には行かなかったのだ。それに大安と言う暦も選ばなくてはならない。

「それでは転送します」

 オペレーターの声に我に返る。気持ちを集中させると一瞬目の前が暗くなったかと思うと、いつぞやの江戸の長屋の一室に居た。俺の記憶ではここは神田竪大工町の裏長屋のはずだった。

「間違いなく転送されたみたいでござんすね」

 さきは、今回の髪はこの当時江戸で流行っていた「割鹿の子」と言う髪型にしてある。これは未婚既婚を問わずにしていたからだ。それまでは既婚者は「丸髷」にするのが普通だった。だからそれを問われない髪型の登場はこの当時としては画期的だったのだ。

 今日は坂崎さんは来ていない。でも正直花嫁さんがどのような人なのか興味はあった。それはさきも同じようで

「次来る時は坂崎さんの所に伺いましょうかねえ」

 そんな事を言って笑っている

「蔦屋さんはこの前、お会いになったのですか?」

 中身が中身だから、むやみに奥方には見せられないかも知れないとは思っていたから、直接出会えたかどうかは判らなかった。

「ええ、紹介させて頂きました。可愛い方でした。お似合いの二人だと思いましたよ」

「あれは、そのまま渡したのですか?」

「いいえ、一旦ばらして、蔦屋に伝わる紙で包み直しました。リボンではなく、組み紐で飾りましたよ。我ながら良い出来だと思いました」

 そうか、蔦屋さんならそれぐらいはしてくれると思ってはいた。

「中身を見て奥方は驚きましたでござんしょうね」

 さきも、そうだが俺もそう思った。その辺を坂崎さんは奥方にどう説明したのだろうか。

「まあ、坂崎殿は本来、開国してからの時代の人でございますから、舶来のシャボンがあると言う事は知っています。それが、どれぐらい高価なものかも奥方はご存じだと思いますよ」

 そうか、調べたのだが、記録上では、坂崎さんが結婚したのは開国してから少し経ってからだった。俺たちが来ている天保年間より大分後なのだ。

 三人は御成街道、今の中央通りに出て北に向かった。筋違御門の所で右に曲がり神田川沿いに歩いて行く。神田川が隅田川に合流する少し前に浅草御門があり、ここを渡る。右側は幕府の御蔵と呼ばれる米蔵がある。そのまま真っ直ぐに歩いて行く。このあたりはこの前の一件でよく訪れた場所だ。あの頃の煮売り屋はもう無い。

 駒形堂が右手に見えたら、浅草寺も近いが、我々が渡る吾妻橋もすぐ傍だ。

 雷門を左に見ながら右に曲がり吾妻橋を渡る。渡った先は本所だ。

「確か今は本所割下水のあたりの長屋に住んでるはずでございます」

 さすがに本来は江戸の人である蔦屋さんは良く知っている。

「でも実際に行ってみないと判りませんよ。なんせ年中越しているのですからね」

「何でそんなに引っ越したのですかねえ?」

 俺の質問に蔦屋さんは苦笑いをして

「掃除をしないので、塵が貯まると越すのでございますよ」

「塵とは書き損じた紙とかですか?」

「それは屑屋が買って行きますから問題無いのですよ。それ以外の食べたものやら、諸々のものがそのまま置いてあるので、絵を描くのに困ると引っ越ししてしまうのでございます」

「塵に埋もれて生活していたのですか、でもお栄さんが一緒のはずじゃ……」

「お栄さんも同じようなものでしてね。掃除や洗濯、裁縫等の家事は嫌いでしてね」

「でも一度は嫁に行ったのでしょう?」

「だから出来ないと言う訳じゃ無いのですよ。嫌いなのです。出来ればやりたくない。絵だけを描いて生きて行きたい。それが彼女の本心なんでございますよ」

「後の話では気が強くて離縁されたとか」

「それもあるでしょうね。でも真実は、自由に絵を描きたかったから……が本心でございましょう」

 恐らく蔦屋さんの言う事が事実に近いのだろう。江戸の事なので、さきと一緒に歩く事が出来ないので、俺と蔦屋さんが並んで歩いている。今日は俺も羽織を着ている。蔦屋さんは草履だが俺は雪駄にして貰った。こっちの方が歩き易いからだ。蔦屋さんは薄い鼠色の無地の着物に藍色の羽織。俺は細かい縞の着物に唐桟の柄の羽織を着ている。どちらも通人が好んで着た格好らしい。

「おふたり、どうもこの辺りでみたいでござんすよ」

 さきが後ろを振り向いて教えてくれた。早速、蔦屋さんが聞き込みを始める。

「このあたりで、絵を描いて生業にしている、掃除をしない家はありましょうか?」

 何とも変な尋ね方だが、これが一番実状を表してると思った。

「掃除をしねえ絵師の家? ああ、この先を右に曲がった左だよ。行けばすぐ判る。塵に埋もれているから」

 縁台で煙草を吸って詰将棋を指してした老人が教えてくれた。俺には老人に見えたが多分五十前後だと思う。

 言われた通りに歩いて行くと路地が交差していた。そこを右に曲がって歩いて行くと、左側から聞き覚えのある声が聞こえて来た。

「だから、お前は一緒に行けねえんだよ。何度言ったら判るんだい」

「冗談じゃねえや。そもそも行けるように繋ぎを付けたのは俺じゃねえか」

「だからいきなりじゃ、向こうも迷惑だって言ってるんだよ」

 入り口の引き戸の前で立って聞いている限りでは、何の事を言ってるのか判った。要するに北斎さんが自分も連れて行けと言ってるのだ。

「どうする?」

 さきに相談すると

「良いじゃありませんか。一緒に連れて行きましょうよ。センターに連れて行けば何とかなるのではありませんかねえ」

 蔦屋さんも

「センターに行けば色々な小道具が揃っていますから大丈夫だと思いますがねえ」

 確かに北斎さんの書いた作品の中には西洋画を見たとしか思えない作品もある。広重もそうだが、幕末の浮世絵師はかなり西洋の技法を取り入れた作品が多い。

 何時まで待っていても言い合いが終わらないので、こちらから声を掛けた。

「ごめんくださいませ。鉄蔵さまとお栄さまはこちらでございましょうか?」

 その途端、言い合いの声が止み、暫く間があってから中から引き戸が開けられた。

「はい、そうでございますが……ああ、皆さん!」

 お栄さんが嬉しそうな表情をして、その後ろでは白いものが混じった髷をした北斎さんが驚きの表情でこちらを見ていた。

「あ、あんた、こうすけさんじゃ……こっちは、さきさん! それに蔦屋の旦那も……皆さんお変わり無いようで……こっちは爺になってしまいやしたがねえ」

 それでも嬉しそうな表情を見て俺は北斎さんも連れて行く決意をしていた。

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