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浮世絵美人よ永遠に  作者: SAKURAI
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第二十話 吉原格子之先図

 組織は、安政などの幕末には坂崎さんが駐在員としている。同じ時代に蔦屋重三郎さんが居て、北斎さんの娘のお栄さんと一緒に暮らしている。組織から見れば、お栄さんは重要な絵師だし、蔦屋さんは今で言えばプロデューサみたいな事をやっている。

 広重さんに江戸の空を飛ばせたのもそうだし、お栄さんや北斎さんを現代の美術館に連れ出して、西洋画を学ばせたのもそうだ。常に先を考えている。この蔦屋さんの行動に組織の本部も感心して、ヨーロッパあたりでも、歴史の陰で動く人物を育てているらしい。

 まあ、未来の医療技術で亡くなる寸前の人を助けてもその時に老人では余り意味が無い。その点で、四十七歳で亡くなる蔦屋さんは打ってつけだった。まだまだ十分に働けるし、本人も江戸の浮世絵に関して野望があるみたいだ。

 そんな中、蔦屋さんから連絡があった。五月雨さんに呼び出されて所長室に赴くと

「いよいよお栄さんが『吉原格子之図』の制作を開始したそうだ。蔦屋さんが確認の為に君に来て欲しいとのことだ」

「そうですか、いよいよですね。でも、それは向こうでは何時頃なのですか?」

 こっちでは数週間しか経っていなくても、江戸では実際には過去であるから、かなり時間が経っていることもある。

「天保十年だそうだ。つまり四年経っている事になる」

 この前、夜の吉原に連れて行ってが、実際にお栄さんが描けるようになるには四年に歳月が必要だったと言う事だと思った。

「遂に『吉原格子先之図』が完成するんですね。それで今回は自分だけですか?」

 今まで何かある時は常にさきが一緒だったからだ。

「今回は君だけだそうだ。さき君には別な時限に飛んで貰う事になっている」

「別な時限ですか?」

 今朝、家を出る時は何も言っていなかった。その後に命令が下りたのだろうか?

「夫婦だから判ってしまうだろうから言っておくが、安政四年の江戸に行って貰う事になっている」

 安政四年とは……俺の中で色々な事が想像された。記録上ではお栄さんが行方不明になった年だったと記憶している。

「まあ、その後の経過などは奥さんから聞いてくれ」

 五月雨さんはそんな事を言って俺を送り出した。


 江戸は晴れていた。風が気持ちよかった。神田の長屋を出ると神田川沿いに歩く。柳橋を渡って隅田川沿いに北に歩く。御成街道を通った方が早かったかも知れないが、こんな天気の日は水辺を歩きたい。隅田川には多くの船が行き来していて、この前は俺も猪牙船に乗って川を上ったのだと思うと一際感慨深く感じた。

 吾妻橋を渡るともうすぐ蔦屋さんとお栄さんの住まいだ。留守ならば北斎さんの家だと見当はついているので、確かめもせずに来てしまった。

「ごめんください」

 格子戸を開けて声をかけると中から

「どうぞお入りくだされ」

 そんな声がした。声の主は蔦屋さんだった。

「上がらせて戴きますよ」

 そう言ってから上がらせて貰う。今日は足も汚れていないのでそのまま上がった。廊下を進むと左手の縁側に通じる部屋に二人が居た。

 お栄さんは大きめの座卓の上で絵を描いていた。蔦屋さんはそれを傍で見守っている。蔦屋さんは俺を確認すると手招きをした。俺も頷くと黙って傍に寄る。蔦屋さんはお栄さんより少し離れた場所に移って

「お呼びだてして申し訳ありませぬ。実は『吉原格子之先図』が完成が間近なので、光彩殿にも確認をして貰いたかったのでございます」

 大凡としては、そんな事だろうとは思っていた。この絵は依頼主がおり、完成すれば引き渡される。だからその完成の間近に見られるのは仕事上とは言え役得でもある。

「楽しみとしか言えませんな」

 俺もそう返した。それから暫くしてお栄さんが

「出来ました。実際はもう少し手直しするかも知れませんが、一応完成致しました」 

 お栄さんに手招きされて縁側に出て見る。座卓の上には夜の吉原があった。今完成したばかりの「吉原格子の先之図」だ。

「これは依頼主が掛け軸に装丁して部屋に飾りたいと言うので、落款は押さない事にしました。でもその代わりに少し遊びを入れました。西洋の絵でもこんな遊びをしてるものを見つけましたので、あたしも同じように遊んでみたのでございます」

 遊びとは何だろうと、目を凝らして見る。横から蔦屋さんが嬉しそうに

「提灯ですよ」

 そうヒントを教えてくれた。言われた通りに絵に描かれた三つの提灯に注目すると、そこには「應」「為」「榮」に文字が見えてとれた。

「これは……」

「この縁側で陽の光の下で見ると判りにくいのですが、夜に行灯の下で眺めるとまた格別でございますよ」

 蔦屋さんが嬉しそうに言う。するとお榮さんが

「この人が、こうした方が面白くて粋だからって」

 まさか、俺はこの提灯に自分の名前を入れた事が蔦屋さんの発案だとは今まで思ってもいなかった。お栄さんは他の絵には「應為栄女筆」とか入れている。こんな遊びをしたのはこれだけである。

「鉄蔵が描いた事になってる作品でも、あたしが手伝ったものも数多いですが、それはそれでございますからねえ」

 後年、北斎さんが描いた事になってる作品でも本当はお栄さんが描いたのでは無いかと言われている作品がかなりある。

 俺の感じた事だが、北斎、お栄親子は言わば自由人的な発想で仕事をこなしていたのだろう。それは二人に近づいて接触していれば判る事だ。お栄さんにとって、自分が描いた作品が後の世でどうなるかは余り重要では無かったのかも知れなかった。

 俺の仕事は絵の完成を確認する事だった。写真に撮りセンターに報告をする。同じように蔦屋さんも報告をしているだろうが、報告先が違っていた。俺は「時間管理局」の一員だから、そこに報告をする。蔦屋さんは実は「時間管理局」に所属している訳では無い。一応蔦屋さんが所属してるのは「美術部」と言って、総合的に美術をサポートする部署だ。実は後から作られたのだが……。

 このあたりは組織もかなり適当な所がある。実際、俺やさきと同じように行動する訳ではない蔦屋さん等は総合的な見地からの意見が必要だった。

 報告を終えて、俺はついでだからと北斎さんを尋ねてみる事にした。

「ごめんください」

 この頃でも本所に住んでいて、やはり一軒家を借りていた。

「はい、どなたでございましょうや」

 出て来たのは弟子の人だった。

「自分はこうすけと申します。先生に神田からやって来たとお伝えくだされ」

 そう告げると、家の中から北斎さんの声が聞こえた。

「上がって貰え」

「どうぞ、お上がりくだされ」

 そう言われて上がる。家の中は思ったより、散らかっていなかった。きっとこのお弟子さんが掃除をしているのだろう。

「掃除は大変ですか?」

 いきなりだが、そう尋ねると、お弟子さんは半分笑いながら

「ええ、まあ……」

 そう言って頷いていた。

 作業場とも言える部屋には北斎さんが仕事をしていた。

「精が出ますな。今、お栄さんの所に寄って来た所でございますよ」

 そんな挨拶をすると北斎さんは

「そうですか、それはそれは……あいつも、やっと独り立ちしそうですよ。それに比べこっちは爺になっっちまって仕方が無いですな」

 北斎さんは、この年で確か八十一になるはずだった。

「信州の知り合いから、誘いが来ましてな。こっちの仕事が終われば、旅立とうと思っておりますよ」

 確かに北斎さんは、この後信州に旅立っていて暫く過ごしているし、その後も別な用事で信州を訪れている。それは亡くなる前の年まで滞在したのだった。

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