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浮世絵美人よ永遠に  作者: SAKURAI
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第十三話 江戸の相談を現代でする

 転送して帰って来たのは北斎さんの長屋だった。時間は夜の時間ほぼそのままだった。つまり位置だけを転送したのだ。実際には同時刻の転送は出来ないので、若干時間をずらしている。

 いきなり現れた俺たち三人を見ても北斎さんは今度は驚きもしなかった。

「なんだもう帰って来たのかい。泊まってくりゃいいのに……やはり俺が一緒に行くべきだったかな?」

 そんな事を言っている。脇には食べ掛けた皿が放置されていた。恐らく近所の煮売屋から出前を取り寄せたのだろう。

 本当は、お栄さんを置いて俺と蔦屋さんがセンターに帰れば良いのだが、

「あのことで話があるなら一緒に行く」

 お栄さんはそんな事を言って蔦屋さんの袖を掴んだ。北斎さんは既に知っていたのか

「なんだ、未だちゃんと話をしてなかったのか」

 お栄さんにとって蔦屋さんは、俺と同じ組織の人間ではなく、幼い頃から見守ってくれた人なのだと思った。今回、蔦屋さんが自分より遥か昔の人間だと知って、今までの疑問が氷解したみたいだった。それが一層想いを強くしたのかも知れない。生きて来た年数では、元が四十七年でそれから三年経っているから満年齢で今年五十になるはずだった。お栄さんは確か三十三か四のはずだから、年齢的は何とか、可笑しくない所だ。

 歴史で言えば、北斎さんは仕事で言えば「富嶽百景」をこなしているはずだった。それを完成させると信州に向かう事になっている。そこで数年暮らしている。

「お前はもう独り立ち出来るだけの腕もある。今の富士の奴は露木に手伝わせているから、構わねえよ」

 露木と言うのは弟子の露木為一と言い、「北斎仮宅之図」と言う作品が有名である。

「でも蔦屋さんの方とも相談しないと」

 お栄さんは、自分の事で蔦屋さんに迷惑が掛かってはならないと思っているのだ。

「じゃあ、一緒に行きますか? 二人までなら行けますよ」

 俺は娘の事だから、北斎さんも来るかと思っていたら

「もう三十も過ぎた娘に何も言う事はねえよ。好ききすればいい」

 そう言ってあくまでもお栄さん自身に任せるみたいだった。

「じゃあ、行きますか?」

「お願いします」

 お栄さんの言葉に蔦屋さんのタブレット共々同じ時間をセットして転送を開始した。


 気がつくと、八重洲の転送室だった。一旦センターに向かうよりこちらの方が早いと思ったのだ。三人が江戸の格好でも別に構わない。転送室の向こうでは、さきが待ってくれていた。

「お帰りなさい。どうでした?」

「ああ、初めて夜の吉原を眺めたが、別天地と言う表現が一番だな。道理で皆通いたがる訳だと思ったよ」

「向こうで泊まったのですか?」

「いいや、お栄さんの写生が終われば帰って来たよ。それより、この前江戸にお栄さんを送って行った時に大事な相談をされたんだって?」

「はい、でもあの時は内密にと言う事でしたから黙っていました」

「言ってくれれば良かったのに」

 さきに愚痴を言うと

「でも気が付かれたのでしょう?」

 そう言われて

「まあ気がついたのだけどね」

「なら良いじゃありませんか」

 そんな事を言って笑っている。

「今日はもう遅いので話は明日ですね。今日はこちらにお泊り下さい」

 さきが蔦屋さんとお栄さんに今夜の事を告げる。そうなのだ。江戸の時間と同じ時間に転送したのだ。これは時差ボケをしない為でもある。

 事務所兼ギャラリーには来客が泊まれる部屋も幾つか用意されている。さきが案内したのはシングルベッドが二つあるツインだった。勿論部屋にはホテルと同じようにバス・トイレが用意されている。

「ありがとうございます」

 お栄さんが顔を赤くして礼を言った。

「それでは、詳しい使い方は蔦屋さんからお訊き下さい」

 さきは、そう言って、今度は俺が

「明日は九時に来ますので、よろしくお願いします」

 そう言って部屋のドアを閉めた。事務室に帰る廊下で俺はさきに

「しかし、まさか蔦屋さんとそう言う関係になるとは想像の他だったな」

 俺が単なる朴念仁なのかも知れないが、さきは

「そうですね。でも、小さな頃から優しくしてくれれば、おなごは心を寄せるものでございますよ。わたしだって、同じですから。命のやり取りをした中での結び着は、充分なものですよ」

 さきは、そう言って俺の腕を取った。今夜は久しぶりに我が家に帰る事が出来る。遅くなったが少しでも家でゆっくりとしたかった。さきの態度にもそれが現れていた。

 事務所で着替えてから家に帰った。何だか俺だけが面倒くさい感じだった。

 翌朝は通常通りなので、九時前にはさきと一緒に事務所に到着した。既に蔦屋さんとお栄さんは起きて来ていて、朝食も済ませたそうだ。

 会議室に出向くと、坂崎さんと山城さんも来ていた。

「山城さんお久しぶりですねえ」

 俺が声を掛けると

「おお、光彩か、どうじゃな子は未だ出来んのか?」

 そんな事を言われてしまった。今日は江戸時代の蔦屋さんの友人としての出席だそうだ。

「坂崎さん。どうですか結婚して」

 俺が冗談を言うと坂崎さんは満更でも無い表情で

「おお中々良いものじゃのう」

 そう言ってにやけていた。これは見ものだった。坂崎さんは幕末担当なので、お栄さん絡みと言う事だった。

 五月雨さんが関係者が揃ったのを確認して会議室で会議が始まった。議題は勿論蔦屋さんとお栄さんの今後についてだ。

 まあ、正直、そんな重大事項として取り上げる事でも無いが、それでも日本の美術史に関わる事だから仕方ない。

「それでは皆揃ったので始めます」

 五月雨さんが司会として会議が始まった。出席者は坂崎さん、山城さん。それに俺とさき。お栄さんと蔦屋さん。それにセンター長が来ていた。

「まず、蔦屋さんとお栄さんが将来を誓い合ったと言う事にですが、何か考えがありますか?」

 五月雨さんの言葉にさきが手を上げて意見を述べた。

「わたしは一向に構わないと思います。蔦屋さんは歴史的には既に亡くなっている方ですし、お栄さんもその行動が詳しく判っていない謎の人物と評されています。全ての歴史を明らかにする事はありませんので、このまま二人が一緒になっても構わないと言うのがわたしの意見です」

 さきが意見を述べるとすぐに山城さんと坂崎さんが声を揃えて

「賛成!」

 そう意見を表明した。でも、反対する人なんかこのメンバーで居るのかしら?

「反対の方が居たら挙手して意見を述べて貰った方が良いと思いますが……大事なのはその具体的な方法では無いでしょうか?」

 俺はそう言って辺を見回した。誰も手を上げる者は居なかった。

「では決まりですが、一緒に暮らすとなると、何処で暮らしますかな? それが問題でしょう」

 五月雨さんが、そう言ったが俺もそれが問題だと思うのだった。

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