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浮世絵美人よ永遠に  作者: SAKURAI
12/21

第十二話 夜の吉原

 人で賑わう大門を入って、向かって右側の番小屋で「大門切手」(おおもんきって)を発行して貰う。これはお栄さんだけだ。割合簡単に貰って来た。見せて貰うと木の札で、墨で「女壱人」と書かれてあった。漢字だったので俺でも読めた次第だ。

 お栄さんはそれを懐に入れて歩き出す。大門を入ると広い通りが伸びている。左右に見世が並んでいる。どの見世も提灯を軒先に掲げていたり、行灯を見世の入り口に置いていたりして、夜目に慣れた身としてはかなり明るく感じる。それが一層、何処か夢の世界へでも来た感じがする。やはり俺も男だと実感する。理屈では無いのだ。こうのようなものは……。

「ここらあたりが仲之町と言います。この先の左右が江戸町と言います。その道の先が右が揚屋町、左が順に堺町、角町となっていて、その先が左右とも京町となっています」

 蔦屋さんは慣れているのだろう。慣れない俺とお栄さんを案内してくれる。

「昼来た時とは全く違う」

 そう言って落ち着かなく左右を見ているので、蔦屋さんが

「知り合いのお茶屋に頼んで、二階の何処か小部屋で外を眺められるように頼んでみましょうか」

 そんな事が出来たらお栄さんにとっては有り難いだろう。

「ここで待っていて下さい。頼んでみます」

 そう言って蔦屋さんは雑踏に消えて行った。そこで気がついた、蔦屋さんは「吉原細見」で世に出た人だ。ここの事情に疎くは無いのだ。むしろかなり詳しいと言う事を。

 俺たちは道の真中に置かれた大きな木の袂に立っている。道の左右どちらかに立とうものなら、お栄さんは兎も角、俺は煙管で引っ掛けられないからだ。そうなったら、断る交渉術を俺は持っていない。左右の見世からは張り見世と言うのだろうか、遊女が幾人も格子に顔を近づけて通り過ぎる男に声を掛けている。

「ちょっとそこのお大臣!」

「ねえ、そこの粋な人」

 様々な声が飛び交っていた。

 そんな状況で俺はお栄さんに尋ねてみた。

「やはり、西洋画を見たのが、今日ここに来る気になった原因ですか?」

 この前、お栄さんにレンブラントを見せないとか、「吉原格子先之図」に触れないとか言っていたが、西洋画を見せたのは、直接では無いが遠回しに導いたのでは無いだろうか。俺はそんな事を考えていた。

「前から頼まれていたんですよ。幾つか描いたのですが、駄目でね。どう描いたら良いか悩んでいたので、そんな時に西洋画を見る機会を貰って、これを利用させて貰おうと考えたのは事実なんですよ」

 お栄さんは懐から紙と筆を出して、格子越しの遊女の姿を描写していた。俺はその様子を眺めている。誰か得体の知れない男が声を掛けて来たら、対処するつもりだ。これでも一応柔道は黒帯だ。やがて、暫くすると

「お待たせしました。馴染みの茶屋と話を着けました。こちらでございます」

 蔦屋さんはそう言って俺たちを案内してくれた。角町を左に曲がった二軒目で、見世の名前は変体仮名で書いてあるので判らないが、蔦屋さんが入って行くと多分女将さんだろう、やや年配の女性が出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ~。つーさんも変わった遊びが好きなんでござんすねえ」

「いやいやこの人は絵師なんだ。どうしても夜のナカを絵に描きたいと言うので連れて来たんだ。こんなの頼めるのは女将しか居ないんだよ」

 蔦屋さんに頼まれた女将は

「判っていますよ」

 そう言ってウインクしたのだ。俺はこの瞬間この女将が駐在員だと直感した。俺らとは違う系列の組織の人間なのだと。だから俺の事も何事も無かったかのように振る舞ったのだと。

 仲居さんに案内されたのは二階の角の部屋で表に接してる障子を開けると斜の角の見世が見えた。構図的に「吉原格子先之図」に近い感じだと思った。

 早速、お栄さんが写生に入る。すぐに酒と肴が運ばれて来た。

「まあ、我々は一杯やってましょう。中引けを過ぎたら帰れませんから、今夜はここで泊でございます」

 確か中引けは午前零時あたりだったと思う。大引けが午前二時頃だった。今は何時かと思い隠していた時計を出して眺めると八時を少し過ぎたあたりだった。

「ま、時間を気にしても仕方ありますまい。ここではそれも野暮ですよ」

 蔦屋さんに言われてら仕方無い。腰を落ち着けて呑む事にした。この時代の酒は現代の半分しかアルコールが入っていないので、お俺にとっても量だけなら呑めるのだった。

 お栄さんは何枚も描いている。横から覗くと、建物の様子や、人の影とかそれぞれに描いている。

 肴を食べてみる。なますのようなものがあるが、何か判らないので後回しにして、見慣れた刺し身に手を付ける。何かの落語に出て来た、刺し身と刺し身の間が一寸ほど空いている盛り付けで、中身より空間の方が多い。まあ、これは現代でもある事だが。

 酒が進んだ頃に蔦屋さんが思いがけない事を言いだした。

「センターに帰ったら、相談に乗って欲しい事があるのでございますよ。これは、こうすけさんしか相談出来ない事でございます」

 相談事と聴いて、それまで集中して絵を描いていたお栄さんが、こちらを見た。それで俺は大凡の事が判った。

「お二人の今後の事ですね」

 正直に言うと蔦屋さんは照れながら

「いや、お恥ずかしい。何と言いますか、そのう……」

 蔦屋さんが言い難そうにしているので、お栄さんもこちらに向き直り

「最初は、色々と教えてくれる、おじさまでした。でもあたしが成長しても蔦屋さんは一向に歳を取らないのです。何時迄も若々しくて、不思議でした。十八で、一旦は嫁に行きましたが、半年で離縁されました。その後は夫を持とうなどとは思っても見なかったのですが、気がついたら蔦屋さんに好意以上の感情を持っていました」

 確かに正直な心根なのだろう。

「そうですか。おめでとうございます。と言って良いですね。帰ったら今後の事など相談しましょう。実は、少し気がついていました」

 俺も正直な所を言う気になったのは酒のせいかも知れない。

「気が付かれていましたか! いつ頃気が付かれました?」

「実は、今朝、布団を片付けた時です。あの時一組は使った跡が無いので不思議に思ったのですよ」

 今朝の事を言うとお栄さんは

「ただ、同じ布団で寝ただけなのです。みだらな事は……」

「判っていますよ。私だって妻が居ますからね」

 そう言うとお栄さんが

「さきさんとはこの前、江戸に送って戴いた時に、実は相談したのです。それで応援して下さいましたので、決意出来ました」

 そうだったのか、きはそんな事俺には言わなかった。まあ、ここの所忙しくて、ロクに会話の時間も取れないのだが。

「それにしてもここの女将は組織の人間ですか?」

 先程の疑問を尋ねると

「まあ、当たらずとも遠からずでございます」

「駐在員で無ければ、協力員ですか?」

 協力員とは、駐在員に求められたら、組織に協力する人間で、一応、組織と通じている。蔦屋さんは組織のアドバイザー的な地位に居るので、基本的には違う。

「坂崎さんも幾人か協力者を抱えていますよ」

 そう蔦屋さんが言った時だった。お栄さんが

「描けましたから、帰りましょう」

 その声で、蔦屋さんが勘定をして表に出た。大門の番小屋で「大門切手」を返し、表に出る。時計を確認すると十時になろうとしていた。間もなく、後ろから拍子木の音が聞こえて来たのだった。

「何処か人気の無い場所でセンターに転送しましょう」

  俺の提案で、三人は人気の無い藪に隠れ、タブレットを操作して転送したのだった。

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