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浮世絵美人よ永遠に  作者: SAKURAI
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第十一話 大川を溯る

 和泉橋の袂にある船宿は「船総」と看板を掲げている店で、かなり古くから営業しているらしい。何でも蔦屋さんも耕書堂をやっていた頃は常連だったそうだ。

「もう代替わりしてますから、わたしの事なぞ判りはしませんが、気分的に頼みやすいので、良く使っています。なんせ江戸では船が便利ですから」

 確かに、何処へ行くにも歩かなければならなかったから、水の上をスイスイ走る船は重宝された。今のタクシーと考えれば良いだろう。

「女将、三人をナカまで送って行って欲しいんだ。行きだけで良いのだが。出来るかね」

 店の暖簾を潜りながら蔦屋さんが声を掛けると女将は

「あら、つーさん。またナカですか。誰かいい人が居るのですわね」

「いや、今日は案内だよ。この二人を案内するんだ」

 蔦屋さんに紹介されて俺とお栄さんは会釈した。こんな所は日本人だから通じる。

「そうでございますか、では来たばかりの新造にしますかねえ」

「ああ、それがいいね。酒手ははずむから」

 このあたりのやり取りは本来は江戸の人である蔦屋さんに任せた方が良い。

 その後、女将が船頭を呼んで紹介すると蔦屋さんは前払いで酒手を渡した。

「え、ナカまででこんなに……いいんんですかい? これはどうも」

 渡された金額を見て船頭の顔が喜びで崩れた。蔦屋さんんは女将にも前払いで多めに渡す。

「いつもすいませんねえ。すぐに支度させますから」

 待っている間に茶の接待を受ける。煙草盆も出されたが、誰も煙草を吸う者はいない。この頃は男女問わず喫煙していた。何回か江戸に来ると誰もが煙草を吹かしている光景を見る事が出来るだろう。

「用意が出来ました」

 女将の声で店の裏手の河岸に向かう。そこには真新しい船が用意されていた。船の先に俺。その後ろに蔦屋さんとお栄さんが乗り込んだ。船頭は一番後ろで櫓で漕ぐのだ。

「それではごきげんよう」

 女将がとも縄を解き、形ばかりの挨拶をすると、音もせずに船は河岸を離れる。

「今日はどうもありがとうございます。船頭の常吉と申しやす。直ぐに大川に出ますので、今暫くのご辛抱を」

 船頭は最初は竿で綾っていたが、すぐに櫓に変えた。船のスピードが上がる。

 神田川はそう広い川ではないが、それでも船がゆっくりと行き違えるだけの幅がある。俺は川の両岸を眺めていたが、後ろからお栄さんが

「あ、大川」

 そう言われたので前を見直すと前面が広く開けた光景が広がっていた。こうやって水面に近い場所から川を眺めると隅田川が大川と呼ばれた意味が判ろうと言うものだ。それだけ本当に広大に感じる。これは橋の上からだけ見ていたのでは判らないだろう。

「さ、大川にでやした。賑やかでございましょう」

 船頭の言う通り、隅田川こと大川には大小さまざまな船が行き交っている。大型の荷物を積んだ船や屋形船。それに俺たちと同じ猪牙船も多い。それらが揃って上流の北を目指しているのは皆ナカに行くのだろうか? ついそんな事を考えてしまう。

 川面を見ると魚が泳いているのがはっきりと判る。水の透明度が半端では無い。このまま掬って飲めそうだった。

 船は気持ち良いほどスイスイと走って行く。そう、走ると言う描写が一番合っている気がする。程なく右手に駒形堂が見えて来た。吾妻橋もすぐそこだろう。

 落語「船徳」では行き先は大桟橋となっていたが、あれは浅草寺にお参りするからで、俺たちのように吉原に行くのはもう少し先の山谷堀まで船を進める。

 吾妻橋を潜って、大桟橋を右手に見て過ぎて行く。この先に行く船はこの時間では、殆どが吉原、俗にナカに行く者だろう。

 船は山谷堀に到着した。真っ先に俺が降りる。続いて蔦屋さんが降りて、お栄さんを降ろす為に手を出すと、俺ではなく蔦屋さんの手を握って降りた。まあ、親しいのは昔からだから良いのだが、それ以上の何かを感じた気がするのだが、気の所為だろうか。

「旦那、迎え来なくても本当によろしいんですかい?」

 船頭が心配して尋ねて来るので蔦屋さんは

「ありがとう。大丈夫なんだ。帰りを空で帰して悪いねえ」

「いえ、その分も戴いておりやすから、宜しいのですが、ご婦人連れじゃあ、何かと御不自由では」

 確かにこの当時の常識ではそうだろう。女性と子供は足弱とされていたからだ。

「ナカを冷やかしたら知り合いの家に伺う事になってるからね」

「そうでしたか、それでは、良かったら、これをお使いくだせえ」

 船頭はそう言って、俺たちに手提げの提灯を渡してくれた。もうすぐに暗くなりそうだった。

「これはありがたい」

 蔦屋さんは提灯に火を点けた。

「それでは」

 船を返そうとしたら、どうも吉原帰りの客が俺たちの様子を見て、船頭と交渉し出した。どうやら話が纏まったみたいで、男二人が乗り込んだ。

「帰りの客が見つかって良かったわね」

「でも、私たちの話を聞いていたから、帰り船と言う事で負けさせられたかも知れませんよ」

 確かに昔の話なのでは、よく帰り船とか帰り車とか聞くと思った。

 ここから吉原の大門までは約六町だそうだ。何故「土手八丁」と呼ばれたのかは判らない。

 待乳山を後ろに見ながら、こんもりとした土手を歩いて行く。少しづつ暗くなって来ており、殆どの者は提灯を下げている。

「お栄さんはナカには来た事があるのでございますか?」

 歩きながら蔦屋さんが尋ねると

「昼間には来たことがあります。おんなの絵を描くには見ておけって鉄蔵が言うので」

 確かに大門を入って右手の所で、女性が入っても良いと言う切手を発行して貰わないと女性は吉原には入れないのだ。これは入る事を制限する訳ではなく、出る女性を確かめる為だった。吉原の遊女に勝手に外に出られては困るからだ。だから切手を持っていれば、外から入った者だと証明出来ると言う訳だった。

 やがて正面に柳の木が見えて来た。

「こうすけさん。あれが有名な『見返り柳』ですよ」

 蔦屋さんに言われて見た柳は有名な割には思ったほど大きな木では無かった。

「昔から何回か焼けていますからね」

 確かに資料を読むと吉原にも幾度か大火事があったそうだ。一番大きいのは明治になってからだそうだが、それ迄にも幾度か火事はあったそうだ。

 そして、その前に立っているのが吉原大門で、この時代は大きな木戸と言う感じだった。既に暗くなってはいたが、門の中は幾つもの提灯に照らされて別天地と言う感じだった。

「これは凄い!」

 思わず声をだすと、お栄さんも

「昼とは全く違う」

 そう言って只驚くだけだった。

「さ、ご案内しますよ」

 蔦屋さんが嬉しそうに言うのだった

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