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魔王視点です。
今まで魔王として国を治めていた奴は不真面目を形にしたような無法者だった。
「あ、俺もうそろそろ引退だなぁ……。うっし、今度の魔王はお前やれ!」
凄まじい程の軽い声色で指を私に指してくる奴を一瞬殺してしまおうと思ってしまったのは致し方ない事だと思いたい。
というか、そんな重大な事をこうも勝手に決めてしまって良いものなのだろうか?
疑問や不審といった視線を奴に向けると、もう話はついていると喜色の顔で両肩を力強く叩いてくる。
痛いから、拳一つで大岩を簡単に散り散りにしてしまう程の怪力を持つ腕で叩かれると酷く痛いから止めろ。
「ふっふふぅ~ん。これからは妻と夫婦水入らずで隠居生活を満喫するとしよう。あぁ、本当にマジで俺なんかのトコロにあんな美人の嫁さんが来て良いのかなぁ~……まだ夢をみているようだ………」
「それを何十年言い続けていると思っているんだ。いい加減に夢から覚めろ」
そう。
目の前の男は、魔王とは呼ばれている……呼ばれているのだが、とてもじゃないが魔族の頂点とは思えない姿なのだ。
平々凡々。
纏っている雰囲気も柔らかく、そしてどこか豪快。
魔族とさえ言わなければ、人間の国の村人とそう大差ない格好と容姿。
魔王ではなく、通行人という名の方が相応しく思える程だ。
……だが、人望の厚さは国一番だ。
人柄が良い魔王。
それが国の住民に受け入れられたのは、一重にこの男自身の天真爛漫な上に気遣いや思いやりが大きいだろう。
国として纏めて見るのではなく、一人一人を見る姿勢のこの男についていこうと思ったのは大勢いた。
かく言う私もその中の一人だが。
しかし、この男は時に予測できない事を平然と言ってのけるので恐ろしい。
「急に次代の魔王を私に決め、民衆がどのように思うのか理解しているのか?」
「あぁ?……あぁ!大丈夫だ、安心しろ。それならもう根回しはしてある……っつっても、俺が町に繰り出して説明会を各地で開いてやったから、既に皆も次代魔王がお前だってコトは知ってる」
「なんてものを開いていたんだッ!!」
説明会とは何だ!町のイベント会議ではないのだぞ!!
この男に振り回されるのには慣れていたが、流石にこれは酷い。
当事者に黙っていたばかりか、勝手にそのような行動を起こされていたとは。
一体何時の間に………。
「いやぁ、お前の目を盗んでやるの大変だったんだぞ?それにお前って時間にキッチリな方じゃん。少しでも遅刻してきたらお前怒るし……ま、嫁さんと各地を回るのも楽しかったし、一石二鳥だな!」
「ぐっ………」
悔しいが、そのようなものをしていた割には、魔王はきちんと仕事をこなしていた。
それは事実。
先程言われるまで気付かなかった位に。
だが、それとこれとは別だ。
「魔王候補は何十人といたんだぞ……それらについては、どう説明する」
「魔力と頭の良さと、それに今回はちゃんと容姿も考慮してのことだ。諦めろ」
へらへらと笑ってはいるが、この男にもとある国の統治に一つだけ失敗している箇所があった。
国の民衆とは上手くいっているが、貴族達との深い溝。
それがこの男の最大の失敗。
……だからこその私……か。
「………分かった。魔王の件については前向きに考えておこう………」
「わり、助かる」
「まだ仕事が残っているので、失礼する」
魔王執務室を出た私は、己の仕事場の方へ向かった。
○
魔王としてあの男が選ばれた日。
先代魔王は凄まじい程の美丈夫で、貴族達から羨望の眼差しを受け、そして今度は私めを魔王にと過度な露出をさせた娘達を差し出しながら気味の悪い笑みを浮かべていた。
それを遠巻きに気持ち悪いと見ていた子供時代の私とあの男。
顰めっ面をしながら此方へと視線を向けた先代魔王に気付いたのは、私が先だった。
……面倒な事になるかも。
予感は、的中した。
家が隣同士な為、互いの両親達の交流が多かった幼馴染み……ギルナは、歳の離れた兄のように共に育った。
私よりも歳が上な筈なギルナは、毎度毎度とトラブルを持ち込み、私を巻き込んできた。
全く持って厄介なギルナだったが、やはりどうしても嫌いになれないのは、ギルナの人の良さが心地良いと感じたからだろう。
面倒な兄。
それが私の中のギルナの立ち位置だ。
そしてギルナの面倒事を舞い込む体質は、この次期魔王選出の日にも効果を発揮させる。
「次の魔王となるのは、そこに居る男だ!」
先代魔王の目にとまり、こいつは魔王の器となる男だと声高らかに宣言されたのがまるで昨日のことの様に感じてしまう。
……ああ、本当にこの男と共にいるとろくな事にならない。
隣に居たというだけで、私まで魔王の補佐となってしまったのは一体どうゆう因果だろう。
ギルナが魔王となり、本人もなるようになると開き直りを見せた時には、軽い殺意が芽生えた。
面倒を背負い込むのは、私も同じだという事を忘れないで欲しい。
だが、それも悪くないとギルナ同様に開き直ってしまった私も何処か大概だろうが。
面倒な事になり、またさらに面倒な事となってしまったのは、ギルナが魔王の地位を引き継いでから直ぐの事だった。
貴族達が、ギルナの魔王即位に異議を申し立てて来たのだ。
○
「異議の理由は?」
「ハッ!そのような男に魔王が務まる訳が無いと全貴族の姓の判断を総意とし、新しい魔王の選出の場を要求したいと………」
呆れて物が言えない。
私も世間知らずな訳ではない。
家柄容姿を重要視する建前と上っ面が脳内の大半を占めている貴族達は、つまりは普通の一般家庭、容姿のギルナを魔王から引きずり降ろしたいだけなのだ。
これで容姿端麗な先代魔王と並ぶ美丈夫なら、文句もさほど言わなかっただろうが。
国の事を考えている訳では無さそうな貴族共に反吐が出る。
この様な要求の言葉は無視するに限ると、視線で合図をギルナに送ったのだが、何を思ったのかこの魔王となった男はポカン、とした表情で事も無げに告げた。
「けれども、俺が魔王止めたら誰が次の魔王になるってんだ?選出の日だって貴族達ばっか魔王になりたいなりたいって言って……仕事の内容とかちゃんと理解出来てんの?今だってルーナスが仕事の引き継ぎを全部やってくれたからこうやって俺がギリッギリで国の統治出来てるってのにさ」
自分が優秀なのは自覚していた。
先代の魔王補佐に仕事を一から教えて貰い、こうして補佐としてはあまりにも重大な仕事もこなしたりもしている。
だが、貴族達が魔王となった際に、一体誰か仕事の引き継ぎをし、国の運営を正常にして行けるのか。
「きっと貴族の誰かが魔王になったって、自分の家ばっかりにかまけて他の国民なんか見向きもしないと思うぜ?いや、それどころか他の貴族だって蔑ろな扱いをするかもしれねぇし。それに貴族の歳って分かってる?結構な中年だろぉ?月一で各地方に行って村長や市のお偉いさん方との交流とか定期報告のまとめに書類作成と並んで予算会議に物資の輸入や配送調整。今の現状って俺とルーナスと先代の役員達がまだ残ってくれてるから上手く統治してるだけであってさ、もし俺が魔王の任を退いたら」
ギルナは分かっててやっているのだろうか?
悪戯心が子供並に働くこの男を、私は絶対に敵に回したくない。
「今いる役員全員を俺と共に辞めさせて、でっけぇ市の統治活動に全力を尽くすぜ」
訳:市を大きくして、国を統治している貴族達をも呑み込んで潰してやるぜ。