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おお、お許しが出たぞ。
さて、では………。
「あ、あれっ………」
おかしいな。
俺の手、どうしてだか上手く動いてくれないや。
カタカタと震える指先をどうにかスプーンの方へと持って行きたいのに、何故だか上がらない、上がってくれない。
……どうしろってんだよ……このままじゃ、また殴られるっ………。
「ん、……クソッ、どうして………」
「お、おい………」
「どう………して………」
待って、待ってくれ。
動く、動く筈なんだよ……俺の手。
いや、いやだっ……!頼むからっ、動くからちょっと待って………!
「おいっ……一体どうしっ………」
「……ッ、ゃ………」
「………?」
待って、
「ごめっ……ごめ、なさ………すみませっ……動きますから………動かせますから……、るして………許して下さい………」
「ッ!……貴様は………」
気付けば俺は、身体全身で震えていた。
○
「ごめんなさい。動きますから……ぐっ……ちゃんとしますからもう、殴らないで……ひっ、く……ぅ……うぅ……」
カタカタと尋常じゃない俺の震えに、近くにいた犬耳執事が心配そうに両肩をさすってくれる。
「大丈夫ですよ、殴ったりなどいたしませんから……」
久々に触れた優しさが、怖い。
もしかしたら甘い言葉を掛けておきながら急に殴ってくるんじゃないかと、思わず身構えてしまう程に。
怯えた目で犬耳執事を見つめ、両目からまたボタボタと大量に涙が溢れ出てくる。
……まともな水分でさえ取れていなかったのに、人間の身体ってすげぇんだな。
そんな軽口を頭の中で思い浮かべないとやってられない。
気にしてませんよ態度なんてただの虚勢だ。
空威張りみたいにでもしてないと、とてもじゃないけど正気なんて保ってられなかった。
一向に震えが収まらない俺に、魔王はツカツカと近寄って来る。
何をされるのか分からない恐怖から、思わずビクッと身を竦ませた俺の身体を何故か魔王は優しく抱き寄せた。
「ゆっくり……深呼吸をしろ」
「ふっ……ふぅ……、ふぅ………」
「良し、調子が戻って来たな。焦るな、時間はまだまだある」
「……ん」
「ほら、落ち着いただろ?」
さぁ、ゆっくりで良いから食せと言われ、俺はスプーンを持った魔王のされるがままに口の中にスープを流し込まれた。
……そっか、俺。こんなにもお腹が空いていたんだ。
涙でぐっちゃぐちゃになった俺の顔は、くぐもった泣き声を上げながら、もっととスープを魔王に強請った。
食後に移動した小さなテーブルに向かい合わせで座る俺と魔王。
まぁ、少しの談笑タイムっつぅのか。
その魔王から発せられる、低いかと思ったけど、少しだけ高いように感じる心地良い声。
耳元で囁くように何か言われると、顔が思わずにやけてしまいそうになるのはちと恥ずかしいものがある。
俺はノーマル寄りだったよな。
あの馬鹿共にでも触発されてしまったのか。
だけどそれよりも今は、
「私がお前を欲しがったのは、決して暴行を加える為では無い。小綺麗でいたあの脳天気集団の中で、何故小汚い格好をしていたのか気になったからだ」
「あぁ……」
脳天気集団。
ブッハ!言い得て妙って正にこれだな。
久々に笑った顔の筋肉は痛みを訴えだし、俺は引きつるような痺れに身悶えながら大声で笑った。
ほんっとうに久しぶりだ。
俺、まだ笑えるんだな。
「何故笑う?」
「い、いやぁ……そりゃそうでしょう!脳天気集団なんてっ、俺でさえもアホパーティーってセンス皆無なあだ名付けたのにっ……ぶふっ……魔王サマってネーミングセンス抜群ですね!」
「はぁ……貴様もどうやら、少し脳天気が入っているようだな」
○
「小汚い格好……ね、それって嫌味ですか?結構ひどいきったなーい姿してたと思いますけどね。小で済むような話じゃありませんよ?少しくらいお教えしましょーか。俺はね、本来なら神子のアイツだけ召還されるトコロに巻き込まれた哀れな一般市民です。パーティーに参加していたのも神子の我が儘が通ったからですよ。たぶん……いや、アイツはきっと神子である自分に気に入られているっていう形の“俺”を取り巻き達にボッコボコにされてる姿を見て優越感に浸っていたんですよ」
「自分の所為で嫉妬されている誰かの姿を見たかったのか」
「魔王サマは頭良いですね、そうですよ。その証拠にありがたーい神子サマは俺に嫉妬は止めろって言っておきながら、暴行は一度も止めたコトが無かったんですから。“親友”だって言ってたのに。」
アイツに……神子に関わったヤツらは全員神子に惚れた。
だからこそ親友とか言ってかまわれている俺が許せなかったんだろう。
……しらねーよ。クソが。
言いたい事は山程あったが、それを魔王に愚痴る程子供でもないつもりだ。
魔王に言ったところで、過去がどうにかなるモンでもねぇしな。
だから前の世界の学園のことも一切語らないし、王様を始め、多くの人に虐げられたことも語るつもりはない。
この話はこれでお終いだ。
さぁ、これで知りたかったことが分かっただろう?
魔王サマは俺を、どうする?
「………私は、何故あの神子達の中に貴様のような人間が居るのか不思議でならなかった。訓練を受けた兵士でもなければ、魔力も一切持たない只の人間。身なりも汚かったが、それでも服装からいってただの村人のようでもあった」
身を守る鎧も着けてなけりゃ、魔法の杖も何も持っていない。
確かにただの村人だな、俺。
「だが、眼……瞳が………」
「……ヒトミ?」
「瞳が、とても綺麗だった。周囲の状況判断をしようとする警戒に満ちた瞳。私が現れた時の咄嗟の身構え。……あの神子が騒ぎだした時も、取り乱した様子は見せなかった」
予想してたしな。
「その瞳が、気に入ったのかもしれない」
「………そいつぁ……光栄で………」
しまった。
不意打ちだ。
あの転校生に関わってから人に褒められるなんてコト滅多になかったから、今のはキいた。
綺麗な顔で真正面ってのも反則だろ。
顔が赤くなるのを誤魔化すように軽く咳払いをする俺に、魔王はただ優しげな微笑みを向けるだけ。
……あー……、はじぃ………。
「貴様は面白い奴だ。ヨシキ」
「それは褒めたのか褒めていないのか………ルーナの笑いのツボって人に理解出来るのか?」
「さぁ、個人それぞれだろう」
魔王の名前はとても長いらしいのだが、俺が全部を覚えきれるワケがない。
短く呼んでルーナというらしい魔王の名前は、綺麗な響きで気に入った。
「魔王と呼ばずに、これからはルーナと呼べ」
と命令?され、俺はこの世界で初めて出来た友人に胸が躍る。
御主人様なのかと聞いたら怒りだしたので友人という位置づけだ。
これからのことを考えるだけで、涙がまた出そうになる程に幸せを感じる。
「ヨシキ」
「ん?なんだ」
長く呼ばれていなかった自分の名前をルーナに言って貰えるのはとても嬉しい。
もしかしたら俺の感じているものって、友人の域を越えた感情なのかもしれないが、それでもいっかと思えるのはルーナのお陰だ。
ルーナさえ居てくれれば、俺はどんな不幸も不幸とは思わないのかもしれない。
「これからよろしく」
「こちらこそ」
だから今はこの幸せを精一杯噛み締めておこう。
END.
オマケ
「近々、国の総出で私達の結婚を祝うのだが、タキシードのサイズを測っておきたい。明日には専属の仕立屋が来るので、その時に測ってもらうと良い」
「あぁ、うん………ってッ、ヘアァァァッ!?」
魔法の契約書は婚姻届でしたああぁぁいっ!