息子を頼む。
底知れぬ壮大な宇宙。
いつからか。
そのほんの一握りに過ぎない宇宙の一角、太陽系を支配し惑星を管理する銀河王国があった。
惑星の中でも地球を特別視し、ヒトという分類に属するその生命体の王国は二つの民と二人の王によって保たれていた。
太陽系、銀河を統一し均衡を保つ役目を持つ太陽の民が主『焔光王』と
その支配下にある惑星を外敵、危険生命体から護り管理する役目を持つ王、月の民が主『月光王』である。
焔光王と月光王は兄弟にして王であり、永遠の宇宙平和と秩序を約束し、長い長い歴史を刻んでいた。
弟の焔光王は銀河を統べるにふさわしい王であった。
この王、知能は低いものの明るい前向きな、まさに太陽のような情熱溢れる性格が幸いし誰からも好かれる人望の厚い王であった。
焔光王は平和を望み、支配下にある星を愛し、地球の自然を愛し、地球に生きる生物をみな愛した。
ところが。
兄である月光王はプライドの高い、秀才な男。
己が野望を内に秘めながらも、我が王国を第一とし繁栄と栄光を掲げ、王国の支配下にある星々は全て塵も同然……という考えをもつ王であった。
焔光王である弟は王国も星々も平等に扱い平和主義を訴え変化を望まないでいるがために……兄は弟が焔光王であることに反感を抱くと同時に嫉妬していた。
なぜ銀河を統べる王が弟なのだ、憎い……と歪んだ感情を内に秘め、弟を王座から引きずりおろす機会を今か今かと待っていた。
そして……。
焔輝なる恒星が影に落ち
月光の想望が笑う時、
悲劇は無数の足音と共にやってきた。
「王、さぁこちらに」
バタバタバタ……。
慌ただしくも、穏やかに。
隙間を吹き抜ける風と共に。
焔光王を主とする太陽の民は王を囲み足早に階段をかけ降り、
王は民の流れに従い、小脇で震える息子の温もりを抱え、地球へと降り立つ舟へと急いでいた。
--そう。
月光王の陰謀……。
焔光王が聞くも恐ろしい計画が耳に入ったのは数時間前。
なぜだ……と、焔光王は心の中で問いかけた。
(月光王……何故?)
あり得ないと、否定しながらも現状は最悪だった。
「王を守れ!」
イヤな気配を感じとったのだろう。太陽の民は声を張り上げる。
武器を手に取り態勢を整える間もなく
その一息。
--ドス!!
「ひっ……!」
「かはっ!」
焔光王の耳元に短い悲鳴と鈍い音が嫌でも入った。
「……きたか」
ヒュン--と、空へ翔る残酷な蒼白い閃光が次々と民の胸を貫いていく。
草卒な攻撃を受け、焔光王は片方を前へ突き出し防衛の障壁を作り上げたが、それが形成される秒前、閃光の刃が踊り狂い全てを打ち砕いてしまった。
「ぐっ」
「かはっ」
焔光王を囲む民がまた一人、また一人ともろくも倒れていく。
拳を握りしめ、沸き上がる怒りの感情を抑えながら王は唇を震わせ振り返った。
「月光王……!」
焔光王が鋭く睨むその先に、不本意にも対峙しなければならない相手……月光王がそこにいた。
「ふふ」
閃光の刃を片手に戻し、口角を上げ。
カッ……カッ……と
靴を鳴らし階段を降りてくるは月光王。
その姿、まさに闇夜を照らす美しい銀白の月。
「まぁ、待ちなさい。ローファン、私のかわいい弟」
「……く」
焔光王、ローファンは月光王から背を向けないように一歩、また一歩と下がり彼と間合いをとった。
警戒しなくてはならない--。
それがローファンにとって悲しいことであった。
「何を慌てる必要がある? ローファン」
「はっ。白々しいお言葉だな」
「おや恐い恐い。息子が怯えているようだよ……ローファン」
ローファンのマントからチラリと覗く彼の息子。憎々しくも月光王は細く微笑む。
「可哀想に」
「あんたのせいだ」
ローファンは脇で小さく震える息子の身体をさらに強く抱きしめた。
大丈夫だ。
心配ない。
そう言い聞かせるように。
「アリアード、何故こんなことをする?」
「こんなこと? なに、粛清を行っているだけさ」
「邪魔なのか。俺達が」
「どうかな」
肯定せず。
指先を合わせた月光王の眼光は反らすことなくローファンを見据える。
「ローファン。私はただね、その王座を明け渡せば……実の弟であるお前を殺す真似はしないのだよ」
「へぇ」
月光王の影が揺れ、階段から消えた。
「力は私の方が上」
ローファンの目先に現れたアリアードは腰にさげる白銀の剣を鞘から抜き、ローファンの首筋へと向けた。
「わかっているだろう? 賢明な判断を委ねる」
「賢明な判断、ねぇ」
向かれた刃に動じず、ローファンは深いため息をついた。
「俺が死ななきゃ俺の力もその座も空かない、だろ。そんなに宇宙を統べる王座が欲しいのか? 俺の兄さんとは思えない発言だな。そこをどけ、アリアード」
ニタリ、と月光王はいやな笑みを浮かべた。
「嫌だね」
冷酷な言葉。
「ローファン。それは私にこそ、相応しい。そう思わないか?」
何故。
何故。何故。
(アリアードは本気だ。本気で俺と息子を)
ローファンは深い哀しみに襲われた。何がアリアードを狂わせてしまったのだろう。何をそうさせてしまったのだろう。ローファンからして見れば非の打ち所のない完璧すぎる兄。
その裏には努力を惜しまず、人一倍苦労を重ねた姿があったことをローファンはよく知っている。
自己過信もせず、他者を蔑んだところも、感情を露にするところもなかったし、
なにより。
誰よりも、優しかった。
ローファンが焔光王を受け継いだあの時も温かく祝福をしてくれたのだ。
余裕の笑みで答える完璧主義者だからこそ、ローファンは絶大な信頼と安心を寄せていた。
だが。今。目の前で刃を向ける月光王はどうだろう。己の野心に打ち勝てず王座を奪おうとするーー。
(初めから腹の内を隠してたってことか……?)
アリアードとの想い出が溢れ出す。
手繰り寄せた記憶の中のアリアード。
誇らしい姿がいつも見える。
やはり、ローファンには信じられない。
兄がそうなってしまったことに。
ローファンは瞳の輝きをかえ、アリアードを睨みつけた。
「アリアード……」
「いい眼だ」
迷いを捨てなければならない。
『焔光王』として。
「ならば、押し通る」
ローファンは覚悟を決めた。
「はっはっは! そうだ、それだローファン。私はそれが欲しいのだ! 出来るならやってみるがいい……!」
ローファンはこれから起こる光景を見せまいと息子をマントで覆い、アリアードの隙を伺った。
額から頬へ伝う汗。
(勝てる相手じゃない)
アリアードの強さをローファンはよく知っている。
圧倒的強さを持っているからこそ、月光王としての役目を真っ当できるというもの。
一瞬でいい。一瞬さえ隙ができれば。
(息子だけでも……逃がすことができる)
「逃げられると思うのか?」
ローファンを見透かしたようにアリアードは喉で笑った。
「焔光王は逃げることしかしらんのか? 護ることしかしらんのか? その力は何のためにあるのだ? 剣を抜け、ローファン」
じわりじわりとアリアードはローファンを追い詰める。
「私を殺すことが出来るのはお前のみ。また、お前を殺せるのは私だけ……やらねばやられるぞ」
「……く」
美しくも狂った瞳がローファンへと注がれた。
「お前に私の気持ちがわかるか? 弟の分際で私の上へたち、お前は幸せも地位も名誉も力も私の愛する人さえも統べて……私が欲するものを全て奪った!! 私に残ったのは孤独と絶望……そして嫉妬……。変化を望まぬ窮屈な籠の中でその思いを抱きながらただ過ぎさる時を刻むだけ……お前にわかるか?」
穏やかな口調が次第に熱をおびていく。
「わかるのかと聞いている、ローファン!」
「ぐぅっ……!」
アリアードの剣がローファンの肩を貫く。
ジワリ。
黄金のマントは滲み、ポタリポタリと深紅の血が床へこぼれ落ちた。
「あぁあ。お前にはわかるまい。のうのうとお気楽に生きてきたお前に、理解できるわけがないのだ」
「……だな」
ピクリとアリアードのこめかみが反応する。
「なんだ?」
「ぶざまだなと……言ったんだアリアード」
緩んだアリアードの剣をローファンは自ら力任せに抜きとった。
「アリアード」
「……っ!」
(なんだその目は)
アリアードがもっとも嫌う感情がそこにある。
目をそらすことなくローファンはアリアードを見つめていた。
憐れみ。
(この私を憐れむのか? 小賢しい……!!)
「ローファン……。お前さえいなければ……お前さえいなければぁぁぁぁ!!」
「うぉぉぉっ!!」
ガドンー。
二つの深紅と白銀はぶつかり……。
刹那。
「かはっ……」
「ぐっ……」
ローファンとアリアードは互いに苦しんだ。
「ぐっ」
ローファンは剣を鞘から抜くことなく。
左手で暖かくも震える息子を脇で抱え。
右手でアリアードの心臓より上の肉を貫いていた。
「ふ……」
一方アリアードは
白銀の剣でローファンの心臓を、射止めていた……。
その瞬間。
二人の間は。
時が止まったように。
ゆっくり流れ。
「ローファン!」
ひとつの声に時を戻され、互いの身体から血の涙が吹き出した。
「ローファン!!」
時、すでに遅し。
影が焔光王と月光王の元にかけつけ、焔光王の名を呼んだ。
「ローファン!」
「……シ、シロハノ……サ…クヤ…か……」
言葉を放つ気力はどこからくるのか。
焔光王はがくりと膝をついた。
「はは、はははは……!」
アリアードは自分の身体を貫く腕を抜き、ローファンから白剣を抜きとり勝ち誇った。
「私の……勝ちだローファン……。ははははは! いずれ、息子も……私が……」
始末してやろう。
そう言い残しアリアードは姿を消した。
「おとう、さん?」
死の匂いが漂う。
ローファンはもう視界が霞み、我が子の顔も見えず、生きている感覚もなくなり始めていた。
それでも。
息子を抱く力は衰えない。
「シロ、ハノ……サクヤ……息子を、息子を頼む……」
「ローファン……」
「……地球へ……」
ローファンは息子をシロハノサクヤに託すと一気に崩れ落ち。
「お父さん?」
「御意に……!」
シロハノサクヤは後ろを振り返らず、走った。
振り返ってしまえば彼はローファンから離れない。
「おじちゃん!!お父さんは?」
シロハノサクヤは答えない。
答えないかわりによりいっそう強く抱きしめ走った。
「おじちゃん、お父さんは何か悪いことしたの? ねぇ……おじちゃん…ひぐっ…」
おとうさん!!!