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月の花  作者: 守野伊音
1/12

一.ふたつの月の花


 月の花 月の花

 叶えてください わたしの願いを

 月の花 月の花

 千年に一度の奇跡を どうかあの子にお与えください




 世界には様々な都がある。交流が深い国もあれば、途絶えて久しい場所もあった。大抵は王が国を治めていたが、都により異なった。司るものが違えば祀るものも違う。信仰するものが違えば文化も異なる。交流のある国以外は、ほとんど何も知ることがないという事態も起こる。だが、それもまた、この世界の特性であろう。

 月の都は澄んだ夜空が美しい、月を司る国である。同じく夜の眷属である星の都と同盟関係にある。月の都は大きく、豊かで、美しかった。

 この都では、五つまでが子どもで、七つから学校に通う。間の一年で今までの幼かった自分に区切りをつけ、大人になる心構えと準備をするのだ。生き残るため、大きくなるために生きてきた日々から、宮に使え、都を守る大人になるために成長する日々へと変化する。そのための切り替えの時間として、六歳の一年間があるのだ。

 月花は、五日前に六つになった。月の都一の姫でありながら、都で一番元気なのではないかといわれている。


「姫さま、姫さま。どちらにおわします。姫さま、お花のお時間でござりますよ」

 昼餉の過ぎた昼下がり、月の宮では、あちこちで声が上がっていた。身形のよい女達が、ぱたぱたと廊下を走り回っている。普段ならばはしたないとそのようなことを決して行なわず、また許されないというのに、目的が達成されるまで彼女達は決して引かない。

 その女達を束ねているのは、高齢の女だ。若い頃は美しかったであろう顔は皺塗れになり、ぬばたまに濡れたと称された黒髪は白くなり、それをぎゅっと結んである。

「ゆず子さま。どこにもいらっしゃいませぬ」

 老人は、ただでさえしわくちゃの顔を更に深くした。

「華月さまは。どちらにおわします」

「華月さまのお姿も、どこにも」

 深いため息が落ちた。

「姫さまは宮の外においでです。また華月さまを唆して遊びにいってしまわれたのでしょう。これ以上宮を探しても無意味です。門兵は何をしていたのですか!」

 年老いた女の声が宮に響いたが、それを受けるべき子ども達は、すでにそれが届かぬ場所にいた。




 少し癖のある、波打つ長い金色の髪を背に流したまま、月花は石を蹴った。

「わたし、お花のせんせいきらい。なんでもかんでも『フウリュウ』っていえばいいとおもっているのだもの」

「だからって、おけいこをぬけ出すのはよくないよ」

 可愛らしい顔で口を尖らせた月花の後ろで、少年が声を上げた。月花より三ヶ月前に六つになった少年、華月である。たいそう可愛らしい外見は彼を度々少女と間違わせる。実際、彼と初めて会った人は口を揃えて言う。おや、ごめんよ、女の子にしか見えなかった。その度にしくしく泣く彼を、月花は何度慰めただろう。

 華月は、王である月花の父親の従兄夫婦の子どもである。夫婦は華月が生まれたばかりの頃、不慮の事故で亡くなった。父王は、従兄夫婦の忘れ形見である華月を引き取り、宮で育てた。美しい銀色の髪をした同じ年の少年は、本物の兄弟よりも近しい存在として、物心つく前から月花と共にあった。三つ下の弟よりも、生まれたばかりの妹よりも、近くて互いを知っていた。



 今も手を繋いで道を行く。同じ身長の金銀セットの人形のような愛らしさだと、道行く人々は頬を緩ませた。その銀髪の少年は、泣きそうに手を引っぱっている。

「だめだよ、月花ぁ」

「ゆず子おばばなんてしらないもん。いつもお小言ばっかり。わたし、もっと外で走りたいの。ねえ、しってる? 三日月の丘のきんもくせい、今がいちばん、見ごろ、なんだって」

「え? そうなの?」

 大きな目がぱちりと瞬く。それを見て、月花は気分がよくなった。

「うん。あたらしく入った女官が言ってた。とってもいいかおりなんだって。それなのに、わたしたちはずっと宮の中にいるのよ。もったいないじゃない。きんもくせいは今しかさかないのに。一年まって、これをのがすなんてばかみたい……えっと……あんぽんたん、よ」

「……月花、どこでそんな言葉をおぼえてくるの。ゆず子おばばがおこるよ。『ひめさまは、このでんとうある月の都の一の姫であることをなんと心えるのか!』って」

 子どもの丸い声は老人のしわがれた声を出すことは出来なかったが、皺を寄せた眉がゆず子おばばを思い出させた。

「……やっぱりかえったほうがいいよ。おこられるよ。月花はお姫さまなんだから。ねえ、月花、もどろうよ。きっとみんなぼくらをさがしてるよ」

月花は小さな頬を膨らませた。

「じゃあ、華月だけかえればいいじゃない! わたしは一日中ずっとすわって、おけいこなんていやよ。いつ太陽がしずんだかもしらないで、ずっとべんきょうするのもいや。月の都の民なのに、いつ月が出たかもしらないのはもっといや! そんなにゆず子おばばがこわいなら、華月はひとりでかえりなさいよ。ひとりでおべんきょうしてたらいいじゃない!」

 怒りのままに、宮を抜け出してからずっと繋いでいた手をふり払う。

「月花、待って、おこらないで。月花」

「華月のばか!」

心の中は怒りでいっぱいだった。だって、六つになってからは今までと同じように華月といられなくなった。『大人になるのだから、無闇に男の子と一緒にいてはなりませぬ』と皆言うのだ。今までは『まあ、本当に仲の宜しいこと。まるで一対のお人形のようですね』と言っていたくせに。

 起きたら着替えて華月と会い、父母に挨拶をして食事をする。一緒に習い事をして、一緒に遊ぶのだ。一緒にお風呂に入って一緒に寝る。それが当たり前だったのに。

 六つになってからというもの、ちっとも華月と話せない。ご飯を食べる時以外は全て別々だ。いくら文句を言っても『一人前の女性は、無闇に男性と触れ合わないものですよ。姫さまであれば尚の事です』と言われて終わりだ。

「だって、ずるいもん、みんな言うことかわるんだもん。今までは『まあ、おませさんですね』とか『子どもにはまだはやいですわ』とか言ってたのに、いきなり『もうお子さまではございませぬゆえ』とか『まだそのように子どものようなことをおっしゃっているのですか』とか。言うことがころころかわるのはよくないって、自分で言ったことはせきにん持って、かんてつ、せよって言うくせに!」

「仕方がないよ。だって、ぼくら六つになっちゃったもの。それにぼくらは王ぞくだよ。月花なんて一のひめじゃないか。今までと同じようにはできないんだよ、やっぱり」

「わたしはわたしだもん! 五つでも六つでも、月花は月花だもん!」

 会いたくて、世話係の目を盗み、ゆず子おばばに見つからないように神経をすり減らし、やっとのことで華月のいる場所までいけたのに。必死に抜け出して、今日は久しぶりに華月と遊べるのに。五日ぶりに手を繋げて、月花はとても嬉しかったのに。それなのに、華月は分かったような、大人達の味方のような言い方をする。

「華月のばか! もうあそんであげない!」

 空っぽになった手は、繋いでいたほくほくの温もりをあっという間に消し去った。空っぽの手のひらに当たる風は、顔に当たるものよりも百倍冷たくて、月花はきゅっと唇を噛み締める。

「やだ、やだよ! 月花ぁ……」

「また泣く……泣いたってしらない! 華月なんてしらないもん! もう、これからずっとひとりであそぶもん!」

「月花、やだ、月花ぁ……」

 ぽろぽろと、月の雫のように大粒の涙がこぼれ落ちる。華月は泣き虫だ。すぐに泣く。その度に慰めるのは月花なのだ。転んでも、いじめられても、月花が泣かせても。他の人の前では大人しい賢い良い子なのに、月花の前ではいつも泣き虫だ。女の子より可愛い華月は、両手で目を押さえて座り込んでしまった。

「やだぁ、月花がいないとやだぁ……月花、月花ぁ」

「……しらない、もん」

「月花ぁ……! うあああああん!」

 通りすがりの人々は、見目麗しい幼い子どもの喧嘩を微笑ましげに見ていく。だが、本人達にとっては世界中の何よりも真剣だ。

「……華月は、あそぶ子いっぱい、いるじゃない。わたしはそとに出たらおこられるけど、華月はほかの子たちといっぱいあえるじゃない。おともだち、いるじゃない」

 月花には華月だけだ。周りはみんな大人ばかり。偶に会う貴族の子は、親に常々言い聞かせられており、決して月花を同等として見ない。子どもは月花を敬い、心からの遊び相手にはしない。いつだってお伺いをたて、機嫌が悪くならないようになんだってする。心からの笑顔で笑わない、月花が負けそうになれば慌てて軌道修正して勝ちにする。ならば自分で友達を作ろうにも、許可なしに宮の外には出られない。外に出るときはいつだっていかつい護衛がつき、きれいな輿に乗せられて、簾越しにしか外を見られない。外出許可でさえ滅多に出ない。だが、華月は違う。頭が良い子であるので、経験を積むように色んな人と会っている。同年代の中で育つことも大切だと、子ども達の中に放り込まれている。


 華月はぶんぶんと頭を振った。

「やだ! ぼくは月花がいい! 月花と遊びたい、他の子なんていらない。月花がいなきゃいやだ……やだ、きらいにならないで、ぼくをきらいにならないで。月花にきらわれたら、ぼく、どうしていいのか分からない」

「……ごめん、うそよ。あそばないなんてうそ。華月、すきよ。きらいになんてならない」

 華月があまりに泣くので、自分が本当に悪いことをしてしまった気になって、堪らずあやまった。大きな目を涙で一杯にして、月と同じ色の瞳が見つめてくる。この都の人はこの色の目が多いのに、月花は桃色の瞳だ。それでも、お花みたいで可愛いと華月が言ってくれるから、月花は自分の瞳が好きになった。

「……ほん、と? きらいにならない? ぼくのこと、すき?」

「うん」

「ぜったい?」

「ぜったい。だって、わたし、華月がいなくなったら、やだもん」

「すき?」

「うん。すき」

 泣いていた目がぱっと輝き、銀色の髪が揺れる。

「ぼくも月花がすき!」

「……三日月の丘、いく?」

「うん、行く」

 当たり前のように手を繋ぎなおし、歩き始めた。三日月の丘は、宮の下の街道よりも遠い。遠いといってもすぐそこなのだが、宮かすぐ下の市場の並ぶ街道しか知らない子ども達にとっては、かなりの大冒険なのだ。

 宮にいては見ることのない活気を物珍しげに眺めながら歩いていると、華月が控えめに声をかけてくる。さっき、もう遊ばないと言ったことが相当に堪えているようだ。

「あのね、おこらないでね?」

「うん」

「ぼくだって、月花と遊びたいし、一緒にいたいよ。今までみたいに、ずっと一緒にいたいよ。でもね、だめなんだよ。みんなそうやって大きくなるんだよ」

「そんなのしらないもん! みんな、みんなって、いつもは他とはちがうのですよとか言うのに、こんどはみんなといっしょにしなさいって、ずるいもん!」

 思わず大声で言うと、華月はうろたえた。

「おこらないって言ったじゃないか!」

「……おこってないもん」

 疑っている大きな目が居心地わるくてそっぽを向いた。手を離されないようにしているのか、握っている力が少し強くなった。同じくらいの大きさの手のひらが温かい。

「やだけど、でもね、やだって言ったら、なんだか余計にきびしくなった気がするんだ」

「…………そうかも」

「でしょ? だから、今はおばばの言うこと聞いたほうがいいのかもしれないよ」

 言い返せなくて、むっつりと黙り込む。華月の言っていることが正しいと思うけど、だからといってあっさりうんと言えるくらいなら、いまここにはいない。


 無言で黙々と歩くと、あれだけ多かった両端の店は消え、民家が並ぶ。人通りも少なくなり、それを抜ければ開けた草原があった。夏は青々とした草が風に揺れている場所だ。均一に並んだ高さの草が、風が通るのが目に見えるように教えてくれる。だが、今はもうそれもない。冬支度を始めた草原を進む。傾斜を登れば、そこが三日月の丘だ。名前は二人で勝手に決めた。ここが月が一番きれいに見える場所だから、夜中にこっそり抜け出して見にきたことがある。そのときは残念ながら満月ではなかったけれど、初めて抜け出した宮の外は美しく、広がる草原は雄大で、空気はどこまでも広がっていて。手を繋いで見上げた月は、とてもきれいだった。

 後でみっちり怒られ、三日間おやつ抜きで、華月とも会えなかった。けれどようやく会うのを許されたとき、目を合わせてにっこりとした。



 久しぶりにきた丘は、森が近いのでそこから金木犀の匂いが溢れてくる。宮の庭にもあるけれど、こんなに強い香りはしない。二人は金木犀の香りが大好きだった。小さな小さな花なのに、たくさんの小さな花は甘い香りを二人にくれる。思いっきり吸い込んで、月花はにんまりとした。

「よーい、どん!」

「あ、月花ずるい!」

 走り出したら、後ろで不満の声が上がった。子ども達は転がりながら一番大きな金木犀の木に抱きついた。手を伸ばしてくる華月につかまらないように、木の周りをくるくる逃げ回っていると、頭の上にたくさん小さな花が降ってきた。

「お花のかみかざりみたい。月花かわいい」

「華月のほうがにあうもん。女の子みたい」

「……ぼく、男の子だもん。ぜったい月花のほうがかわいい。月花大すき」

「わたしも、華月だいすき!」

 ついに華月の手が届いた。手を掴まれて、バランスを崩して二人で転がる。花の敷布はやわらかく二人を抱きしめてくれた。子犬のように絡まりながらその上を転がる。すぐ近くにある白い肌に口付けると、くすぐったそうに笑った華月はお返しに同じように口付けて来る。額に、頬に、顔中に。くすくすと笑いながら互いの体温を分け合う。幼いだけのキスだった。互いが好きだと、それを知っていたから相手に何かをあげたいがためのキスだった。駄目だと離されていたがために余計に募った恋しさが、目の前にある体温をいつもよりも愛しく思わせた。

 上下になって、もう何度目か分からない口付けが頬に落ち、額に返す。転がりあいながら花に塗れて、二人の子どもはとても幸せだった。

 髪の間にも花が入り込むほどじゃれて、二人は地面に仰向けに寝転がった。繋いだ手はとても温かい。くだらない、何の益にもならない世間話が、二人だと宝物のように思えた。

 いつも他の人の前では恥ずかしそうに月花の後ろに隠れてしまう華月が、月花の話を聞いているときはにこにこと甘い物を食べているように笑っている。泣いて俯いている顔より、こうやって楽しそうな華月を見るほうがずっとずっと好きだった。

「それでね、月那ったらね、なんでもわたしのまねをするの。今日だってぬけだそうとしたのに、後をついてこようとするんだもの。わたし、こまちゃった。だってつれてかないと泣いちゃうの。そしたらだれか飛んできて、わたしがいなくなったことまで分かっちゃうでしょ? だからおるすばんしてなさいって言ったのに、華月のとこいくって言ってるのに、泣き出しちゃったの。かんしゃく、起こして大変だった」

 月那は三歳になった弟だ。いつもあねちゃまあねちゃまと、月花の後をついてまわる。華月は困ったように笑った。

「ぼくは月那さまにきらわれてるからなぁ」

「なんで。それにさまってつけないで」

「月那、も、月花がすきだからだよ。ぼくが月花を取っちゃうから、ぼくがきらいなんだ」

「そんなことないわ。だってわたし、ちゃんと月那と遊んであげてるのよ? それ以外はぜんぶ華月と遊ぶの。わたしだって華月すきなんだから!」

 それに、月那は別に華月のことが嫌いなのではないと月花は思う。弟は月花のものを何でもほしがるし、あげなかったら泣く。ただのわがままなのだ。だから遊んであげないから怒ってるのであって、華月を嫌っているわけではないと思うのだが、確かに二人で一緒にいると全然楽しそうに見えない。何でだろう。いつもと同じ場所で分からなくなったところで、考えるのをやめた。深く考えるのは苦手だ。そういうのが得意なのは華月で、だから彼の言うことは大抵正しい。

「ぼくも月花がすきだよ。そういえば、ぼくのとこまでどうやって来たの? 書こ室へは、ゆず子おばばが目を光らせてたのに」

 宮から抜け出したときは、二人だけが知っている小さな抜け穴を通ってきた。大きな伝統ある宮なので、漆喰に綻びもある。隅のほうならば誰にも気付かれていない。

 不思議そうに目をくりくりさせている華月に、月花は得意げに胸を張った。はらりと橙色の花が落ちた。

「あのね、『うすづき』をつかったの。昨日ならったのよ。えっと……しょしんしゃ、にしては上出来だったでしょ? だってだれも気がつかなかったもの」

「ほんと? すごいや、月花!」

 月の都には、古来より伝わる術がある。それは王の一族の女性しか使えない。何故かは分からないが、月の王である月花の父は使えないが、遠縁である母は使える。ただ華月は、血が強いらしく男子には例外的に術を扱う事ができた。

 薄月は自らの姿を隠してしまう術だ。他にも習ったが一番真摯に覚えたのはこれだった。その読み通り月花は無事に宮を抜け出せたのである。

 一通り感嘆の声を上げた後、突然華月はしょぼんと肩を落とした。

「ぼくも習ってるんだけどなぁ。ぼくはまだ、『三日月』が少しできるだけだよ。あ、でも、今日はさつまいもが切れたよ。教えてくれる人は岩だって切れるけど、ぼくはまだ」

「わ、すごい! わたしなんか、おねぎも切れなかったのよ? わたしはね『はくどう』もならったのだけど、まだできないの。はくどうが出きるようになったら、もっととおくにまで行ってみようね」

 白道は、本来では道ではない空間内に開かれた道のことだ。実際の道を歩くよりも短い距離で、とんでもない距離を行ける。馬で一週間かかる道のりを、徒歩半日で行けるそうだ。この白道を極めれば、もっとずっと遊び場の範囲が広がると、月花はとても楽しみなのだ。今回は目先の目標に気を取られてきちんと練習してはいないが、次からはこれを極めんと心に決めている。

 まだ出来ない術のことをきゃっきゃっと騒ぎ、まだ来てもいない日の予定を立てる。どこに行こう、何をしよう。会えなかった五日間の話でも盛り上がり、夢中になって喋り続けた。二人でいなかった時間はいつも物足りなさを感じていて、それを埋めようと二人は必死だった。互いしか知らないことがあったら話し切り、一人が感じたことは二人で分け合った。あっという間に太陽が傾き、空を紅く染め始めたことに気がつくまでずっと。せっかくやってきた開けた景色のこともさっぱり気にならないくらい夢中だった二人の時間は、この五日間で最も幸せな時間だった。



 太陽が月と交代しようという時間になれば、流石にこのままではいられないと重い腰を上げた。手を繋いで、行きとは逆にぽてぽてとゆっくり歩く。

「ねえ、月花」

「なぁに?」

 帰りたくなくて無言になっていたとき、同じように無言だった華月がふいに言った。

「ぼくね、月花と一緒にいれなくてほんとに、とてもさみしかったんだ。それでね、それを見た王さまがね、ずっと一緒にいられる方法を教えてくれたんだ」

「父さまが? ずっといっしょ? ほんと!?」

「いますぐじゃないよ。でも、大きくなったらずっといっしょだよ」

「なに、なになに!? おしえて、わたしにもおしえて!」

 繋いでいた手を両手で包み、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。だって、なんていいことなのだろう。離れなさいと言われているのに、その逆で、ずっと一緒にいてもいい方法だなんて夢のようだ。あの髭の下で父も、しゃれた、ことを考えるものだ。いきなこと、だっけ。どちらもいいことには変わりなかったはずだ。

 うれしさのあまりにこにことしている月花に、華月も同じように笑っていた。

「あのね、けっこんするんだよ」

「けっこん? 父さまと母さまのように? どうやって?」

 子ども達は二人とも難しい顔をして考え込んだ。

「えっとね、兵士のおじさんが言うには、まずはつきあうことからだって」

「どこへ?」

「分かんない」

 いきなり困ってしまった。結婚という言葉は知っているし、それがいいことだとも知っている。だが、それがどういうものかは、さっぱり知らないのだ。

「あ、でも、今日華月はわたしにつきあってくれたわ」

「えっとね、その次はキスだって」

「キスもしてるわ。今までも、いーっぱい」

「それでね、ずっと一緒にいようねってやくそくするんだって」

「したわよね? 五つのたんじょうびに」

 六つになったら今までと同じようにいられないよとゆず子おばばに言われて、めそめそ泣き始めた華月を慰めようと指切りをした。ずっといっしょだよと、教えてもらったばかりの指切りをして、母がしてくれるような優しいキスをあげた。華月は涙のたまった大きな瞳をぱちくりとして、そして花が綻ぶように笑った。

 二人は顔を見合わせた。

「わたしたち、もうけっこんしてるの?」

「……分かんない。あれ、そうなのかな。あ、でも、だめだよ。十六才より上にならなきゃ、けっこんできないんだよ」

「あ、そっか。じゃあ、わたしたちは、よびぐん、だね!」

「月花はむずかしい言葉をしってるね」

 十五になったら学校を卒業する。十六から大人だ。間の一年できちんと働けることを証明して、大人になれる自分を確認する。それが出来たら結婚できる。だから、結婚の許可は十六から下りるのだ。

 なんだかとっても嬉しくなって、もう一度手を繋いで歩き始めた。これから怒られることなんてすっかり平気になってしまった。だって今は一緒にいてはいけなくても、十六歳になったらよびぐんからけっこんになって、ずっと一緒にいられるのだ。一緒にいても怒られないし、一緒に寝てもいいのだ。月花の父と母は別々に寝ているけれど、多くの結婚した人は、一緒に寝るものだとゆず子おばばが言っているのを聞いたことがある。これで誰にも怒られず、前みたいに一緒にいられるのだと思うと、いま怒られてもなんのそのだ。

 同じ高さで、月色をした目とぱちりと合った。同じようにうれしそうに輝いている。きらきらと銀色の髪とセットで、本当に月の欠片のようだ。

「やくそくだよ、月花。ぼくとけっこんしてね。ぼくとだけだよ。ほかの子とけっこんしちゃだめだよ」

「うん、やくそくよ。華月もほかの子としちゃだめよ。ずっといっしょだからね」

「うん、やくそくだ。それで、ずっといっしょにいようね」

 行灯がつき始め、道を照らし始めている。宮が近くなった頃、街道がいつも以上に騒がしいことに気がついた。仕事終わりの人々でごった返しているはずのただでさえ忙しい時間帯に、いつもよりも多い提灯が見える。それは二人を探しに来た宮の兵士と女官だと二人は知っていたから、繋いでいた手をもう一度強く握りなおした。


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