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 僕等は、集合時間の十分前に居酒屋に着いた。飲み物一杯三百円、料理一品も三百円、飲み放題三十分間も三百円という何もかもが三百円に統一された店だ。何席かのテーブル席ではすでに他の客が飲み始めていた。大学生だろう。僕等が案内されたのは、六人用のテーブル席で、通路側が椅子、奥側が茶色のソファーだった。僕と健太は、椅子に並んで座った。

「亜梨沙のやつ、まだ神保町に居やがる。これは遅刻だろうな」

 健太は、タブレットを見ていた。

「他の二人は?」

「調べてない。多分一緒にいるんじゃないか。先に飲んでよう」

 健太は店に備え付けられている注文用タブレットで、単品ビール二杯と枝豆を注文した。

「そんな固いもんじゃない。お前は少しくらい酒が入ってる方がいい」

 彼女達の到着を待つべきではないのだろうかという僕の考えを察してか、そう補足した。

 すぐに店員は注文の品を持って来た。僕は、小鉢に入った枝豆を見て、これで三百円は高いなと思った。

 とりあえず、乾杯をしてジョッキに入っているビールの三分の一くらいを一気に飲んだ。

枝豆は、適度な茹で加減でしっかりとした歯ごたえがあり、塩気で枝豆の甘みが上手に引き出されていて美味しかった。三百円でも許せる気になった。


「ごめん、ごめん、遅くなった」

 約束の時間から三十分過ぎた頃に、彼女達三人は到着した。

 彼女達が奥から、伊藤さん、吉田さん、佐々木さんの順で席に座った。そして、全員が一通り、名前を言うだけの簡単な自己紹介をしたころで、店員が注文を受けにやって来た。

「ビールを五杯」

 健太が場を仕切った。

「一名、未成年の方がいらっしゃいますが」

 店員は、手持ちのタブレットを見ながら事務的に言った。

「あ、私。オレンジジュースを」

 伊藤さんが言った。店員は、ビール四杯とオレンジジュースですね、と注文の復唱をして戻っていった。

「真利江ちゃんって、まだ未成年なんだ。若いね!」

 少し気まずそうにしている伊藤さんに健太は言った。そして、彼は、二十歳になった瞬間に政府から送られてくるメールの話を始めた。日本国民全てが二十歳になると受け取るメールだ。選挙権など新しく得た権利とそれに伴う責任、そしてその権利と責任の根拠となる法律文書が記載されている恐ろしく長いメールだ。僕自身、真面目に読まずに消した。

 昔は「誕生日おめでとうございます。謹んでお祝い申し上げます」という文章が冒頭に記載されていたが、二十歳になったことを喜ばない人がいる、というクレームを受けて五十年前くらいから事務的な内容のみのメールに変更された、という本当か嘘か分からない話を健太はした。僕は、健太の話の合間に、嫌いな食べ物がないかの確認を一応取り、注文用タブレットで、大根サラダ、フライドポテト、チキンカツ、マルゲリータ、お好み焼きを注文した。女の子達三人は、健太の話に感心しているようだった。

 飲み物が来ると、健太が乾杯の音頭をとり、乾杯をした。そして、その後も、健太が話の中心役となって、場を盛り上げ続けた。健太の全員に上手く話を振っていく健太の技術は、見事だった。場慣れし、手慣れていた。

 

 佐々木さんが、小学生の頃の健太の話をしている時に、伊藤さんと目があった。伊藤さんのグラスには、最初のオーダーのオレンジジュースが残っていた。僕は、既に六杯目のビールジョッキを飲み干していたし、佐々木さんと吉田さんも、それぞれ酎ハイを何杯か飲んでいる。

「誕生日はいつなの?」

「八月十一日。もうすぐなのよ」

「もうすぐお酒が飲めるようになるね」と僕は答えた。

「政府からのメールは楽しみじゃないけど、居酒屋で酒が飲めるようになるのは、楽しみかな。こういった場で、一人だけお酒を飲めないのは、ちょっとね」

 伊藤さんは、肩を少しだけ上げ、そしてすぐに元の位置まで戻した。浮き上がった肩甲骨は、自分だけがこの場でお酒を飲むことができないという世の中のルールに控えめに抗議するのと同時に、首から肩甲骨にかけてのラインを僕に印象付けた。

「誕生日を過ぎたら、またみんなで飲もうよ」

「そうだね。ありがとう」と言って、伊藤さんは笑った。僕は、伊藤さんを誘う次の口実が出来たことに満足した。


 吉田さんが、HLA適合ハプロタイプ占いをしてみようと提案した。HLAという単語は、聞き覚えがあったが、そんな占いがあるということを僕は知らなかった。吉田さんは、男女の相性を占うもの、と僕に説明してくれた。

「他人から細胞や臓器を移植してた時代に、本当に用いられていた医療技術を応用した占いなんだよ」

 当てにならないよと、茶化した健太に吉田さんは言った。佐々木さんは、理香子の占い癖が始まったね、と伊藤さんに向かって言った。伊藤さんは苦笑いをしていた。吉田さんはこの占いを信じきっているようだ。

 分化万能性を持った自分自身の細胞から必要な組織や臓器を作り出す技術が普及した後、吉田さんの言う医療技術は、占いに転用されたのだろうと僕は推測した。

「とにかく、やって見るよ」

 吉田さんは、ビールを片手にタブレットを操作した。

「はい、出来ました。結果を発表します」

 占い特有の勿体ぶったタメがなく、結果はすぐに出るらしい。

「この中で最も相性が悪いのは、亜梨沙と健太君です。四十五点です」

「やっぱり!」

 佐々木さんが笑いながら言った。

「小さい頃、健太と公園で遊んでいたんだけどね、大きな犬がやって来て、私たちに向かって吠え始めたの。健太は、私を置いて真っ先に逃げたのよ。そのときから、健太は私の白馬の王子様じゃないなって思ってた」

 みんな笑った。健太と佐々木さんの思い出話は、尽きることがないようだ。健太も、弁解する気がないらしく、ジョッキに残っていたビールを黙って飲み干した。

 吉田さんは、相性の悪い順に発表をして行った。僕と彼女達三人との相性は、可も無く不可も無くといった感じで、特に盛り上がることも、盛り下がることもなかった。どうやら僕と彼女達三人との相性は、一目見た瞬間に体に電気が走り、電磁石となってお互い強く惹かれ合うというタイプではないらしい。

「この中で、もっとも相性のいい組み合わせは」

 吉田さんは、全員の顔を見渡した。まだ発表されていない組み合わせは吉田さんと健太の相性だ。誰と誰の相性か明白なのだけれど、佐々木さんや伊藤さんは、息を飲んでその発表を待っていた。

「私と、健太君です。九十点です。生物としての本能が、お互いを引き寄せます、だって。まあ、そういうことで」

 最終結果を発表した吉田さんは、グラスを持って、健太と乾杯をした。健太のビールは、注文したばかりで、ほとんど満杯だったが、彼は一気に飲み干した。 

「あと、浩一君。浩一君には、関節リウマチの因子があります。抗体を打っておくことをお勧めします、だって。この占い、親切でしょ」

 吉田さんは、追加の酎ハイを注文した後でそう言った。

「時間があったら病院に行ってみるよ」と僕が言うと、吉田さんは満足気だった。


 その後も吉田さんは、集まったメンバー全体の相性占いを行い、僕、健太、佐々木さん、吉田さん、そしてお酒を飲んでいない伊藤さんも、アセトアルデヒド脱水素酵素活性型の遺伝子だと発表して、素敵な偶然だと興奮しながら場を盛り上げた。僕らがグループとして集まるには良い相性ということらしい。

「それなら、定期的に集まろうよ」と健太が提案をした。そして女の子達からそれは好意的に受け入れられた。


 会計が終わったあと、居酒屋の店先で、もう一軒行こうという話になったが、伊藤さんは帰るということだったので僕も帰ることにした。

 健太が「伊藤さんを送っていくんだろう?」と僕にだけ聞こえるように小声で言った。僕は「そういうことだ」と言って、健太の左肩を軽く右手で叩いた。女の子三人は、吉田さんのタブレットを見ながら何かの話題で盛り上がっていた。

 僕と伊藤さんは駅に向かい、残りの三人は、駅とは反対の繁華街の方へ向かった。


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