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第5回の創元社SF短編賞の一次選考落ち作品です。
ご感想等いただければ幸甚です。
僕は友人の助言に従い、健康診断を受けに大学付属の病院に来ていた。合同コンパに行くにしては、僕の健診データは古すぎるらしい。大学に入学時に受診した二年も前のじゃ、女の子に相手にされない、健康なことを証明するのはある種のマナーだ、というのが健太の持論だった。ふざけた持論だなと思ったが、合コンのセッティングを頼んだのは僕だから、言う通りに健康診断を受ける事にした。
病院で簡易健康診断の受付を済ますと青色の診療用衣服を渡され、それに着替えるように指示を受けた。着替え終えて更衣室を出ると名前が呼ばれ、高さ三メートル、長さ十メートルくらいの卵型のトンネルの中に入った。
「手前の黒い線と後ろの赤い線からはみ出ないように、両手を上げて立ってください」というアナウンスが頭の右上から聞こえ、トンネルの出口が閉じた。超伝導を利用した磁気遮蔽空間を作り出すのだろう。僕は、アナウンスの指示に従った。
「はい。ではそのまま動かないでください」
アナウンスがまた聞こえてきた。このトンネル内の磁気が制御され、僕の体の中の原子が核磁気共鳴を起こし、コンピューターがその周波を三次元情報にせっせと置き換えていることだろう。膨大な情報のやりとりが行われている割に、トンネルの中は静かだ。
「はい結構です。前に進んでください」と、十秒くらいでアナウンスが流れ、前方のトンネルの出口が開いた。トンネルの出口を出た後、左横に置いてある採血機に左手の親指を当てた。採血機から、カシュという射出音が聞こえ、採血機の上のランプが赤色から緑色に変わった。親指に風圧を感じただけで採血は終わった。
問診室には、スタイリッシュな黒縁のフレームの眼鏡をかけた白衣を着た女性が座っており、手前の椅子に座ってくださいと、タブレットの画面を見ながら言った。
彼女の机の脇には、僕の立体映像が映し出されている。僕は、大根の薄切りを積み重ねたみたいにして合成された自分の全身立体映像を見て、嫌な気持ちになった。その立体映像は、全裸で、猫背気味で、無表情で、そして、口を大きく開けて、ヘソの上あたりを銅切りにされている『僕』だった。切断された断面を見て、昨日の夕食の回鍋肉定食が僕のどの当たりにあるのかが気になった。
その白衣を着た女性は、立体映像を切り、僕の方へ視線を移した。
「今回の検査で、特段の異常な所はありませんでした。健診の結果は、後ほどお送りします。一年に一度は検査を受けるようにしてください。早期発見が医療費を安く抑えるコツです」と言った。この人の定型句なのだろう。少なくとも僕のためにその言葉を選んだようには感じられなかった。
「ありがとうございました」と、僕なりの定型句を言って問診室を出た。
更衣室で診療用衣服から自分の服に着替えて靴下を履いているときに、タブレットから着信音が鳴った。健康診断の結果通知だった。身長百七十四センチメートル、体重六十三キログラムと、自分が想定していた範囲内の数字。今回の健康診断の主目的である、性器検査項目を一応確認したがどれも「正常」だった。タブレットの画面をフリックさせて、その他の項目も流し読みし、「正常」が並んでいることを確認した。更衣室から出て、会計を済ませて病院を出た。そして健太に「任務完了」というメールを送った。
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