第1話(2)
ミィウが振り向いた。
「で、どうする?」
どうするって何がだ?
「この子の名前。どうする?」
「……俺が決めるのか?」
「あなたの子でしょ?」
産んだ覚えはないけどな!
「急に言われても……」
うーん、と考え込む。魔獣に名前ねぇ。
もこもこしてるから、もことか? 魔獣なんてだいたいもこもこしてるか。チビ、ってのもなぁ、まだこいつこどもだろう。でっかくなる可能性もある。
でっかい魔獣を見上げながら「チビー」なんて呼ぶのもな。
「こいつ、なんていう種なんだ?」
参考にしようと思って訊く。
「ファフゥンよ。そうね……、あと100日もしたら乗れるようになるわよ。びっくりするほど大きくなるの。私たち2人くらいなら乗せてくれるんじゃないかしら。すごく速いのよ」
「へぇー」
俊足か。乗る……、乗る、ねぇ。
「ノノルとかどうだ?」
「いいんじゃない?」
いいのか。
「ノノルで決まりだな。よろしくな、ノノル」
ミィウがノノルに向き直り、何事か言うと、ノノルは嬉しそうに尻尾を振りながら「ピュイー」と鳴いた。
さて、パーティを組んでから初のギルド依頼だ。
ギーギルという魔獣の討伐依頼。
動きは避けられないほど早くはないが、それは俺たち冒険者が1対1でなら、の話だ。
商人や観光目的の旅行者などの馬車がギーギルの集団に襲われたら逃げようがない。
そういった馬車は傭兵を雇うのだが、最近あまりにも頻繁に出没するものだから、ギルドに討伐依頼が出ている。
依頼ランクはB。
俺がFランク。無謀だよな。ま、ミィウがさくっと倒してくれるんだろう。俺はノノルと待機だな。
「じゃあ早速だけど行きましょうか」
「へっ?!」
変な声出た。
いやいやいやいや、そんなにこっち見んな。自分でも変な声だって思ってるから!
そんな俺の内心を知ってか知らずか、ミィウはこちらを凝視してくる。
「準備がまだだとか?」
「こ、心の準備がな……」
「知らないわよ」
あ、はい、ソウデスネ。
準備も何も、俺は荷物1つで移動してるからな。だいたい、魔獣討伐なんてしたことないのに、何をどう準備したらいいのかわからない。
腕力には自信がないし、素早くもなければ命中率も高くない。モニー(とても弱く、村人ですら倒せると評判の魔獣)を倒すのも無理だ、とからかわれた俺が、魔獣討伐。できるわけがない。
魔力は無尽蔵にあるものの、攻撃魔法はさっぱりなのだ。せいぜい、薪に火をつけるとか、暗い洞窟を明るくするとか。水魔法や風魔法も似たようなものだ。
飲み水を持ち歩く必要がないのは助かっている。容器さえ持っていればいいのだから。風は暑いときに涼しくするぐらいならできる。
考えてもみてくれ。そんな俺が、戦えると思うか?
悶々と考え込んでいたら、指を鳴らす音が聞こえた。
かと思ったら、でっかい魔獣がこちらめがけて走ってきた。
「はっ?! なっ! なななあれななななななな」
その後ろからは狂暴そうな魔獣がのっそりと近づいてくる。
「あぶっ、あぶっ、あぶなわわわわわわわわわ」
「プッ……。そんな慌てなくても大丈夫よ。ファフゥンのブラウと、ルーティコのモクルよ」
そのでっかい2匹は、ミィウのところまで来ると、甘えるように擦り寄っていた。
「ファフゥン……?」
「そ。ノノルとおんなじ魔獣種。ノノルも大きくなればこんな感じになるわよ」
言われてみれば、似ているようにも、思う。
あんなに大きくなるのか、ノノル……。
ノノルを見つめてぼけー、っとしていたら、ミィウが話しかけてきた。
「1つ、聞きたいんだけど……」
「なんだ?」
「回復魔法って、傷だけ癒せるの?」
そんなことか。
「たぶん何でも大丈夫。毒から麻痺から呪いまで、回復系は全部習得済みだ」
そう。攻撃方法は何も持たないと知った日から俺は、半ば自棄を起こしたかのように、片っ端から回復系の魔法を勉強したのだ。回復させられないものは何もないと言えるぐらいに。
薬学も勉強したから薬草にも詳しいのだが、いかんせん鈍くさい俺のこと、タイミングも重要な回復薬作りはことごとく失敗に終わった。
薬師は儲かるのだ。薬草は安く買い叩かれるけど。ぐすん。
「便利ね」
「へ……?」
「回復薬はかさばるから助かるわ。ギーギルの麻痺毒って厄介でしょ?」
「ギーギルって麻痺毒持ってんの?」
「………………」
ぽかーん、というのが相応しい顔でこっちを見るミィウ。
「常になんにも効かない状態なんだよ、俺は」
「高等魔術じゃない、それって」
「知られている回復魔法は全て使えるよ」
「すごいのね……」
今の今まで、何の役にも立ちませんでしたが。
いや、役には立ってるのか。どんな強力な魔獣がいても、薬草集めくらいならできるからな。悲しい……。
「荷物が減らせるわね。良かったわ、他のパーティに獲られてなくて」
うん。気のせいか、不穏に聞こえたな。気のせいだよな。
「それって、複数にもかけられる?」
「一定時間なら。俺自身にかかっているような、無意識で、ってのは無理かな。意識している間だけじゃないと」
ミィウはにやりと笑った。
「充分よ」