第1話(1)
うーん。困ったなぁ。
さして困った風でもなく、パリポリと頭を掻く。
野宿でもするか。
引き返そうと踵を返したところで、
「やだ、かっわいいー。この子がなつくなんて珍しいのよ。あなたも魔獣使い?」
活発そうな女の子に声をかけられた。
も、ということはこの子は魔獣使いなのか。
「いや、俺は魔獣使いじゃない。君は魔獣使い? この魔獣、追い払ってくれない?」
女の子は目をぱちくりとさせた。
「こ、こ、こ」
「こ?」
「こんなかわいい子を追い払うだなんて……!」
「かわいくても魔獣は魔獣。このままだと、街に入れないんだよ」
冒険者ギルドの依頼である薬草集めをいつものように無事こなしたはいいが、途中でなつかれた魔獣がそばを離れてくれなくて、さきほど街の衛兵に追い返されたところだ。
せっかく薬草を集めたのに、報酬がもらえないのでは意味がない。ついでに宿に泊まりたい。
そう訴えると、女の子は魔獣と話し始めた。魔獣使いが魔獣と意志疎通できるらしいと知識としてはあったが、目の当たりにすると少しばかり驚く。
魔獣は何度も俺のほうを振り返りながら、森へと帰って行く。
「助けてくれてありがとう、ですって。また出かけるときは連れていってほしいそうよ。お礼がしたいらしいわ」
「森へ探しに行くのは面倒だなぁ」
「あら、私に声をかけてくれればいいわ。ナーピの宿に泊まっているから。あの子は私が呼んであげる」
「そうか。助かった。やっとこれで街に入れるよ。俺もお礼をしたいんだけど、何かある?」
女の子はうーん、と考え込む。
「気味悪がらずに話してくれる人って珍しいのよね」
何のことかと首を傾げる。
「魔獣って嫌われているでしょ、ああいういい子もいるのに。だから、魔獣使いって気味悪がられちゃうのよね。失礼しちゃうわ」
なるほど、と納得した。
「あっ、そうだ、私とパーティを組まない? 組んだことないの。憧れるわー」
1人で充分狩りなどもこなせるが、パーティを組んで出かける、というのが憧れらしい。
「足手まといだけど、それでもいいなら」
女の子は意外そうな顔をした。
「でも、ギルドの依頼はこなせるのよね?」
「狩りとかは無理だよ。戦闘は一切できない。薬草集めで日々暮らしさ」
「森は強い魔獣もいるわ。逃げ足が速いとか?」
「足は遅いよ。ただ、攻撃されてもダメージを受けてないように見える」
そう、見えるだけだが。女の子が不思議そうな顔をするが、続ける。
「回復魔法が攻撃力を上回るんだ」
それが、死なない理由。ギルドの依頼をこなせる理由だった。
「そして俺も、戦闘能力がまったくないから、パーティに入れてもらったことがない。足手まといだからね」
回復魔法がとんでもなく強力であろうと、回復魔法がそこそこ使えて攻撃手段もある人材がごろごろしている以上、俺みたいなのに声をかけてくれるパーティはなかった。
「ああ、だからあの子を助けてくれたのね。強い魔獣から逃げる必要もなく、回復魔法が膨大だから」
「たまたまね。あの魔獣を食べようとしていた魔獣の食事を邪魔しようとしてると認識されたらしくて、攻撃を受けた。けど、俺がダメージを受けてないように見えたから恐がって逃げてくれたんだよ」
そして、食べるわけでもない魔獣が無駄になる、つまり俺は食料を無駄にするのを嫌うたちなので、回復魔法をかけただけなのだ。
俺にとってはよくあることで、なつかれたのは初めてだった。大抵はそのまま逃げてくれるのだが。
そのまま俺と女の子は少し話し、また明日ギルドで待ち合わせをしようということになった。
初のパーティ登録である。
別れ際、お互いに名前も知らないことに気づいてなんだか笑ってしまいながらも、自己紹介をし合って別れた。
ミィウ、いい名前だ。
そのあと、ギルドへ向かった。
薬草を渡して報酬をもらい、格安の宿へ向かう。ミィウが泊まっているような宿なんて夢物語だ。
もしかしたら、ワンランク上の宿に泊まれるかもしれない、と、少しだけ、少しだけわくわくした。
************
翌朝。
着替えて髪を撫でつけ、歯を磨き、宿の売店へ。食堂がついている宿なんて泊まったことがない。
パンとチーズを買い、ギルドへ向かうすがら食べる。
約束の時間よりやや早いが、遅刻するより余裕をもって出かけたい派である。
ギルドへ着くと、人はまばらだった。ギルドの壁時計を見る。ちょっと早すぎたようだ。
いままで待ち合わせなんてしたことなかったからな。宿からギルドまでの移動時間を把握していなかった。
「……と! ちょっと! いつまで寝てるのよ!」
なんだか怒っているような声が聞こえる。はた、と顔を上げると、困ったような顔をしたミィウがいた。早く着きすぎた俺は寝てしまっていたようだった。
「ごめん。寝ちゃってた?」
「寝ちゃってた、じゃないわよ。何回声をかけても起きないんだもの。置いて行こうかと思ったわ」
それは困る。
「本当に、ごめん」
見れば、壁時計は約束の時間をだいぶ過ぎている。
「いいわ。そんなことより、さっさと昨日の子に会いに行きましょうよ」
余程あの魔獣を気に入ったんだな。
「パーティ登録はどうするんだ?」
「ちゃっちゃと済ませちゃいましょ」
返事も待たずにカウンターへと向かうミィウ。寝こけて待たせてしまったのだろうから、しかたがない。
「パーティ登録ですね。登録はお2人でいいですか?」
「いずれはもっと増える予定だけど、今日は2人ね」
おい、聞いてないぞ。
「パーティのリーダーはどなたですか?」
「こっちのウォルン。人数が増えたら変わるかもしれないわ」
おい、聞いてないぞ。
「では、ギルドカードを提示して下さい」
俺とミィウがギルドカードをカウンターへ出す。
「リーダーのウォルン様、Fランク。メンバーのミィウ様、Sランクですね。お手続きをしますのでしばらくお待ち下さい」
うぉぉぉおおおおおい!
聞いてねーぞ!!!
待ち合い席に腰掛け、
「おっまえ、Sランクだったのかよ!」
「おまえとは失礼ね。Sランクなんて珍しくないでしょ」
いや、充分珍しいから。実力主義のギルド制度では、難易度の高い依頼をこなせばこなすほどランクが上がる。俺のように実力もなく、依頼も薬草集めぐらいしかできないようなら何度依頼をこなそうがFランクのまま。パーティを組んでいれば、難易度の高い依頼はこなしやすくなるから、ランクは上がりやすい。人数は問わないからだ。報酬は依頼1つにつきいくら、だが、ランクは全員が上がる。
だから、Sランク自体は珍しくはない。
しかし、パーティを組まずにSランクの奴なんて、そうそうお目にかかれるもんじゃない。
実はこいつ、すごく強いんじゃ……。
「ウォルン様、お待たせしました。パーティ登録が終わりましたので、ギルドカードをお受け取り下さい」
カウンターから声がかかる。
「さっ、行くわよ」
どっちがリーダーだか。
「パーティの名前は決めないのか?」
「そんなことも知らないの? パーティを組んでから、最低でも1つは依頼をこなさなきゃパーティ名は登録できないのよ」
あ、そうなんだ……。
「でも、決めておくぐらいいいじゃないか」
「なにかいい案でもあるの?」
いや、ない。
初のパーティ登録に浮かれていただけのようだ。
「そ、それは……」
「人数が増えてからでもいいじゃない」
「そうだ! それだけど、増やすつもりなのか? 俺がリーダーってのもおかしいじゃないか」
「なんでよ? 人数は多いほうがいいじゃない。魔獣使いがリーダーだったら集まるものも集まらないかもしれないから、今のところは、ウォルンがリーダーでいいと思うわ」
「今のところは、ってことは、増えれば変われるってことだな。それはいいとして、人数が増えたら分け前が減るけどいいのか?」
「減ると困るの? 1人じゃ多すぎるくらいよ?」
Sランク様の言うことはさすがに違うな。心折れそうだぜ!
手続きを済ませ、嘘だと言ってください、と泣きそうになるような依頼を受けたあと、森へやってきた。
ミィウが指笛を吹く。吹くが、音がしない。
「音出てないけど」
からかうように言ったら、なにこいつばか? みたいな視線をもらった。
「ウォルンには聞こえなくてもいいのよ」
なんだそれ? と思っていると、ガサゴソと草むらが揺れて昨日の魔獣が顔を出した。
警戒するように辺りをキョロキョロと見回したあと、こちらへ駆けてくる。
「今日もかわいいわー。名前をつけてあげなくちゃね? 私たちと一緒に来るんでしょう?」
魔獣は首を傾げる。うん、なんだかかわいいな。
ミィウは何かに気づいたようにハッとしてから、俺にはわからない言語で魔獣に話しかけ始めた。そうか、魔獣の言語か。