シンユウノシ
上下左右、ひたすら真っ黒な世界。ここには俺しかいない。だけど、どこからか声が聞こえてきた。
「優……」
……この声は……慧……?
「どうして……助けてくれなかったんだよ……」
やめろ……。思い出させないでくれ……。あんな光景……。
「君のせいで……」
やめろ……。慧はそんなこと言わない。これ以上しゃべるなニセモノ……ッ!
「……僕は――」
やめろ……やめろやめろやめろ……ッ!!!
「――死んだんだ」
目の前に――
「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」
――慧の死体が転がっていた。
■ ■ ■ ■
「はぁ……はぁ……」
目が覚めたのは、自分の部屋のベットの上。上半身を起き上がらせると、ぬちゃり、と気持ち悪い音がした。驚いて自分の体を見ると、血まみれの赤く染まった制服を着ていた。すでに固まっていて、落とすのは大変そうだ。おそらく、あのあと帰ってきてすぐベットに飛び込んだのだろう。真っ白なはずのシーツも真っ赤に染まっていた。
昨日の出来事が鮮明に頭に浮かぶ。無惨な死体も、むせ返るような血の匂いも、体がちぎれる音すらも、はっきりと頭に残っている。
あのあと、どうやって帰ったんだっけ……?
思い出せない。
――まあいいや……。とにかくシャワーを浴びてこの血を洗い流そう。
■ ■ ■ ■
部屋に戻ると、ケータイが鳴っていた。着信だ。誰からだろうか?
開いて画面を見ると、『高瀬真名美』と表示されていた。
「もしもし……」
通話ボタンを押して出たとたん、
『優くん?! よかったぁ……。生きてた……。あのあとメールしても返信こないし電話してもでないから心配したんだよ……もう……』
「えっと……。ごめん……」
『でも、無事でよかったぁ……』
涙声だった。本当に心配してくれてたんだな……。
『……そういえば慧くんは? 慧くんも返事がなくて……。優くんと一緒に逃げてたでしょ?』
その質問には答えたくなかった。口に出すと慧の死を受け入れてしまう気がした。いや、口に出すまでは嘘だと思える気がしていたんだ。
だが、迷いながらも俺は呟いていた。
「慧は……死んだ」
『……えっ……?』
カシャン、と何かが落ちる音が聞こえた。ケータイを落としたのだろう。
両手を口元に持っていく真名美の姿が容易に想像できた。
『うそ…………』
口に出すことで、慧の死を実感した。目頭が熱くなる、という感覚だろうか? 目の周りが熱くなり、さっきまで出てこなかった涙が急に流れ出した。
「俺も、そう思いたかった! でも……ッ!! あいつは……俺の、目の前で……ッ!!」
それから先は、言葉にできなかった。涙があふれてきて、声が出せなくなった。
『嫌ぁ……死んだなんて……』
真名美も俺と同じらしい。泣いていた。
『……電話ぁ……切るね……』
電話を切ったのは、泣いているのを聞かれたくないからか、それとも、俺が泣いてるから気を遣ってくれたのか。どちらにしろ、ありがたかった。俺は泣いているのを聞かれたくなかったから。
それから俺は、1人で泣いた。
どれくらい泣いただろう? 目が腫れて痛い。
ケータイを開いて時計を見ると、8時40分だった。
メールが12件も届いていて、そのうち11件は真名美からだった。どうやら、昨日の8時から1時間おきにメールしてたようだ。
残りの1件は部長からだった。
――――今日1時から部室に集まってくれ。
そう書かれていた。