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都市伝説は、本物だった。  作者: 日向神 命
最終章 タダミネアヤカノキョウフ
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アリエヌキンゾク

 俺はとっくに人殺しだった。

 口裂け女は人間だったし、俺がナイフを刺したことで屋上から落ちたのは奥真先輩の妹だ。この手で2人も人を殺したのだ。もう引き返すことはできない。

「俺は、人殺しだったんだ……」

 再び口に出すと胸が痛んだ。零れ落ちた涙が屋上の床を濡らす。

「ふふ、優くんの絶望、またもらっちゃった」

 妖香は恍惚の笑みを浮かべ、唇をぺろっと舐めた。

 でもさ、と彼女は続ける。

「君、最初ほど悲しんでないよね」

 言われてはっとした。

 俺はさっきから何度も涙を流していた。ずっと流れ続けていたのではない。少し泣くと枯れてもないのに涙は止まるが、別の悲しみを受けるとまた僅かな時間涙が流れた。

 まるで、1つの悲しみは少しの涙で消えてしまったかのように。

 そしてもう1つ気付いたことがあった。

 記憶が戻されてから今まで、ここにある真名美の体が完全に意識の外にあったのだ。あれほどまで好きだと思っていたはずなのに。

「そんな……」

 俺は人並みに悲しむこともできなくなってしまったのか。感情がおかしくなってしまったのか。もしかすると、人の死に慣れてしまったせいかもしれない。

 曰く言い難い虚無感に襲われる。

「今の君は9年分の思い出が一気に悲しみに変化したことで、心の安定が取れなくなっているんだと思うよ。だから無理やりにでも安定を保とうと、心が悲しみを受け入れないようにしたんじゃないかな」

 妖香はそう見解を述べた。さらに、

「まるで、金属でできてるみたいだね」

 そう言った彼女の感想は実に的を射ていた。無機物である金属のように、感情のない無機質な心。そんなはずはないと反論したいのに、心のどこかでその通りだと思っているせいか言葉が口から出ることはなかった。

「俺は人として壊れ始めているのか……?」

 誰に問うでもなく呟く。答えは無い。

 真名美の血で真っ赤に染まっている手は、自分自身の心に恐怖して震えた。

 ぽたぽたと滴るその赤い液体に、真名美を────いや、真名美だけじゃない。誠、涼太先輩、紅葉先輩、耀人先輩、エリス先輩、金地、奥真先輩、慧。他にも、これまでの俺の人生の中で死んでいった仲間たち。────みんなの姿を見た。

「現実を見ないとダメだよ? 現実を見て、もっと絶望をくれないと……」

 妖香が俺の顔を覗き込む。俺は彼女を強く睨んだ。

 俺に関わったが故に未来を断たれたみんなは、死ぬ間際に何を思っただろうか。悲しんで、苦しんで、後悔して、憎んで、きっと、きっと……。

 彼らの死を無駄にしていいはずがない。真名美や慧との思い出をなくしていいはずがない。

 最期の瞬間まで抗い続けたその強い意志が、今の俺の手を染めているように思えた。

 真名美はいなかったのかもしれない。慧はいなかったのかもしれない。でも、俺は2人の事を覚えている。そして、みんなの想いを背負ってることを知っている。

 既に震えの止まった手を強く握り締め、ふらりと立ち上がった。

 陰陽師の家系だとか、そんなのは関係ない。こんな事はもう二度とあってはいけない。この辛い思いを誰にもさせてはいけない。

 小さくて頼りない背中。筋力も全然なくて、頭もそれほど良くない。それでも信じてくれた仲間を肯定するために。

 何かが背中をそっと押してくれた気がした。

「これが俺の、最期の仕事だ────」

 そして俺は、ある覚悟を決めた。



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