フタツトナクシロイヘンアイ
「私────多田峰妖香は、君のことが大好きなんだ。これが2つ目の理由」
なぜ俺達ばかり狙われたのかを尋ね、返ってきたのは彼女からの予想外の告白。そう、それは自白でも自供でもなく、俺という1人の人間に対する愛の告白であった。
「一目惚れだよ。初めて君と逢ったときから、ずっとね」
この返答は本当に予想外だ。まさか妖怪から告白されるなど、一体誰が考えるだろうか。
「好きって……それだけじゃ襲う理由にはならないだろ」
必死に平生を装いながら問い返す。
「好きだからこそだよ。好きな人のすべてが欲しいって思うのは人間の恋でも当然のことだよね。私は大好きな篠崎優くんの絶望した記憶が喰べたくて喰べたくて……」
いまの彼女は、それがいかに偏った愛情だろうが、まるで放課後の教室で恋バナをする女子のような雰囲気を醸し出していた。
そんな彼女に対して、不思議と異常だとは思わなかった。そもそも彼女が異形の存在であり、人間の価値観とは全く異なる思想を持っている者だ。だからだろうか。
「じゃあ、誠の推測は間違ってたのか……」
ふと、誠の家で話されたことを思い出した。
俺達が妖怪に狙われるのは俺の陰陽師の力が妖怪を呼び寄せていたからだ、という話である。
「ううん、石田誠の推測はあながち間違いでもないよ」
俺の独り言を聞いた妖香は首を振った。
「確かに君達を襲った妖怪は私が仕向けた者だけど、私は君の力に釣られてあなたと出逢い、好きになったのだから」
それに、と彼女は付け加える。
「彼自身の家のことは紛れもなく彼の推測通りだしね。私、そっちには全然手を出してないし」
私、別に彼には興味無かったもの、と微笑した。
「彼はとてもつまらない人間だった。彼は希望を捨て去ることで、絶望しないように生きていた。私にとって、そんなのはすでに死人みたいなもの」
そう言って、多田峰妖香は誠の人間性を散々に罵倒した。
「やめろよ」
静止の言葉が口を突いて出てくる。これ以上故人を罵るのを聞いていられなかった。
「そう……君がそう言うのならやめておくね」
驚くべきことに、彼女はあっさりと引き下がった。本当に誠には興味が無いのだろう。誠といえば、1つ疑問が浮上した。
「そうだ、どうして誠の力はドッペルゲンガーに効かなかったんだよ?」
誠にも俺と同じ陰陽師の力があり、俺と同じようにドッペルゲンガーの心臓部にナイフを突き刺したというのに、誠は誠のドッペルゲンガーを殺すことはできなかった。
「彼に力が無かっただけ」
妖香は至極簡潔にそう答えた。
力が無かった……だと?
「もともと彼は妖怪を殺すだけの力を持っていなかったってだけだよ」
よく考えたらそれまでに誠が力を使用したことは無かったので、本当に力があるという証拠は無かった。俺の場合は口裂け女を殺したことで、力があることは既に証明されていたが。
しっかりと確認しておけば誠は死なずに済んだのかもしれないと思うと、やりきれない感じがする。
「他には? 何が知りたいの?」
妖香は楽しそうな顔で問いかける。
「全部だ。お前が隠してること、全部教えろ」
俺は反射的にそう答えた。自分を、自分の周りを襲ったものは何なのか。仲間たちが死んだ原因をはっきりさせなければ、彼らの死に折り合いをつけられないという感情と、単純な探究心、知的好奇心がそれを後押ししたからだ。
「やっぱりそうだよね。私のこと、全部知りたいよね」
「それは違うけど」
妖香のズレた解釈を否定すると、彼女は「そ。残念」と少しも残念そうな顔をせずに応じ、こちらに近づいてきた。
「な……なにを……!」
誠にもらったナイフは霊宮梨璃の身体に刺さったまま、彼女と共に落下した。今の俺には彼女を攻撃する方法がない。
だから、俺を抱きしめてきた彼女を振りほどくこともできなかった。
妖香は俺の額に自らの額を押し当てた。
「今まで君から奪ってきた記憶、すべて君に返すね」
直後、膨大な量の記憶が俺の脳内に流れ込んできた。