ホシトヒクイチ
「君に、最後の種明かしをしてあげよう」
多田峰妖香は臆面も無く笑った。その不気味な笑みは俺の背筋を凍らせると共に、不吉な何かを感じさせた。
「率直に言うよ。君達を妖怪────テケテケ、口裂け女、ドッペルゲンガーに襲わせたのはすべて私。君の仲間が死んでいった元凶は私なんだ」
そう言って、彼女はよりいっそう笑った。
怒りよりも悲しみよりも、俺の中に湧いたのは絶望感だった。俺達が襲われたのは偶然や運命などではなく、明確な殺意を持った彼女のせい。彼女が言っていることは、つまりそういうことだ。
「なんのために……ッ」
彼女のせいで、いまや青龍高校のほとんどの生徒は死んだ。もしかすると、生徒の中で生き残っているのは俺だけかもしれない。
声を荒らげる俺に、彼女は右手を突き出して指を2本立てる。
「理由は大きく2つあるけど、その前に私の正体から話さないとね」
彼女は自分の胸に手を当てて、その名を口にした。
「私は妖怪・漠。人間の間では人の夢を喰べる妖怪だと伝承されているけれど、それは少し違う。……本当は、人の記憶を喰べる妖怪」
俺は思考を巡らせ、漠という妖怪を思い出す。
「夢を喰べる妖怪だと伝えられたのは、多くの漠が人の記憶の中でも夢の記憶を好むから。夢って、その人の深層心理・願望・欲望でできたものでしょう? だからとても美味しいの」
ここで1つ目の理由、と彼女は指を折る。
「多くの漠はそういう理由で人の夢を好むけれど、私は違う。私は人の絶望の記憶が大好きなんだ」
「絶望の……記憶……?」
俺はまるで鸚鵡のように、彼女の言葉を反芻する。
「そ! 人間も言うじゃない? 『他人の不幸は蜜の味』って。人間の絶望の記憶って、とっても甘いの! まるで脳が蕩けるような────麻薬や覚醒剤のような! うふふふふ♡」
恍惚の笑みを浮かべ、舌舐めずりをする妖香。
だがその感情は、人間である俺には理解できない。
「そんなことのために……お前はみんなを殺したのか……?」
喉から搾り出した声は、まるで自分のものではないような気さえした。
「ええ、だって私は私が満たされればそれでいい。それに私達から見れば人間なんて、肉体の死と精神の死が直結した下等な生物だもの。────虫けらが死んでも何も感じない。人間だってそうでしょう? 自分達の都合で他の生物を殺しているじゃない。それとおんなじ」
当然のように彼女はそう語った。
「肉体の死と精神の死が直結していることが下等……? だったらお前はどう違うんだ?」
気になる点は他にも複数あったが、まず1つ問う。
妖香は背伸びをすると、話し始めた。
「私達は何百年も前から概念として存在していて、現存する生物の身体を借りて今まで生きてきたの。────だから、今のこの身体も元は普通の人間の物なんだよ」
だけど、と続ける。
「死ぬと精神だけになってしまって、その状態で動くことはできないから、乗っ取るのに適した個体がその場所に来るまでは何もできないんだ。それに、乗っ取ることができる生物もある程度決まっていて、比較的身体の大きな生物じゃないと駄目。しかも、人間にはもともとはっきりとした自我が存在するから、私に適合する身体じゃないと駄目。……そんな風に、結構制限されるんだよね」
ようやく彼女の言った意味がわかった。漠という妖怪は他人(他の生物)の身体を渡り歩いて長年生きてきた存在なのだ。
もしかすると伝説通りの漠とは、たまたま動物のバクの身体を乗っ取った姿を見た人間が、それが本来の姿だと勘違いしたことから伝えられたものかもしれない。
確かにそんな存在からしたら、人間は下に見えるだろう。
彼女から見た人間とは、人間から見た昆虫と同じだった。子供が好奇心で蜘蛛の巣にバッタを引っ掛けてみたり、蟻の巣に水を流し込んでみたり、カマキリを水につけてみたり。彼女にとっては、人間を襲うことはそういう行為と同列なのだということだ。
俺と彼女ではそもそも価値観がまるで違う。
そう納得する以外に、彼女を理解することは不可能だった。
「だとしたら、なんで俺達の周りばかり狙ったんだよ……?」
ただ絶望した記憶が喰べたいだけなら、他の人間でも良かったはずだ。なのにどうして、俺の周りにばかり執着して3度も襲わせたのか。
すると彼女の口からは、予想外の告白が飛んできた。