ジョショウ〜タダミネアヤカノキョウフ〜
思えば、俺はたくさんのものを奪われながら生きてきた。
家族。友達。そして記憶。
都市伝説が次々と現実になっていく中で、俺は──俺の友達は、必死に生きようとしてきた。
それでも人智を超えた力には抗うこともできず、1人、また1人と仲間は死んでいった。
それをこの10年間で幾度となく経験してきたことをついに思い知らされた。自分の記憶は虚飾に塗れたものであることに気付いてしまった。
気がつくと、際限なく広がる海に浸かっていた。
脳漿を泳ぐかつての仲間達に手や足を掴まれる。
「助けて」「助けて」「助けて」
海の中に引きずり込まれそうになるのを振り切ると、耳を塞ぎ声を上げた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい────」
俺のせいで巻き込まれて。なのに俺だけ生き残って。それを何度も繰り返して。忘れて。繰り返して。
ズブズブと沈みゆく足。身体を這い上がってくる影。
もがけばもがくほど水かさは増してゆく。そしてついに全身が水に沈んだ。
目や耳や鼻から流れ込んでくる、記憶、助けを求める声、咽せ返るような鉄の臭い。どうしてこんなに刺激的なものを忘れることができていたのか。
これを忘れられていた頃の俺はむしろ幸せだったのかもしれない。
全てを知ってしまってからは、もう脳裏に焼き付いた死に様。
潰れた眼球。割れた頭蓋。赤黒く染まった脳。脳漿。まだ僅かに動く心臓。肺。突き出た肋骨。溢れ落ちた長い腑。
脳が麻痺して吐き気すらも起こらなくなって、仲間の死体も最早ただの肉塊にしか見えなくなってしまった異常な精神。
人間としての俺は、既に息絶えていたのかもしれない。
無駄に生き永らえてきた。なんで今日まで生きてこれたんだ。
黒い水が押し寄せてくる。その波にもみくちゃにされて、ぐるぐると堂々巡り。
俺はこれまでのいつかで死ぬべきだった。
そんな自家撞着の繰り返し。
無言で俺の身体に纏わりつく肉塊達は、かろうじて残る眼、もしくはその空洞の奥の暗闇でこう語りかける。
「全部お前のせいだ」
「受け入れろ」
「いつまで逃げてるんだよ」
やめろやめろやめろやめろッッッ‼︎
喉に絞めかかる妄想は、しかし実際に痛みと苦しみを伴っていた。
きっと俺が強い罪悪感を抱いていたからだろう。
だから俺は、自分の全てを懸けてでも、ここで全ての憎しみを終わらせることを決意した。