オチテイク
────どうして。
俺の頭には疑問符が浮かんでいた。
「なんで先輩の妹が、ドッペルゲンガーを生み出している怪物になってるんだ……」
しかし、少女は俺の質問には答えない。
「あはははは! 私やったよお兄ちゃん……! お兄ちゃんを殺した人達みんな殺したよ! だからお兄ちゃん帰ってきてよ早く昔みたいに遊ぼうよおにぃちゃぁぁん」
空を見上げながら、ふらつきながら、彼女は笑っていた。
俺のことはもう眼中にないような、いや、空を見上げる彼女の目は、もうこの世のものを何一つ見ていないような。そんな、虚ろな輝きを見せていた。
千鳥足のような歩みで、少しずつ後ろに下がっていく彼女。
「おにいちゃんおにぃちゃんおにいちゃあぁん? はやく戻ってきて ね、 私殺したよ」
目、鼻、口、耳。そして胸から血を流しながら笑う少女は、不気味だった。
「あそぼ? ぶらんこ あはは 昔みたい? に? ち、血、 すべりだい! 楽し ぐちゃり ぐちゃりって 私 美味し うふふ どろ、どろと」
いよいよ何を呟いているのかわからない。まるで複数の記憶が同時に展開されているかのように、それらの言葉には各々異なる雰囲気が感じられた。そのままどんどん後ろに下がっていった彼女は、とうとう屋上の縁に足が当たった。そしてそのまま、彼女は笑いながら落下していった。
数秒後、グシャリ、と気持ちの悪い音が聞こえた。
「あ……」
俺はゆっくりと、彼女が落ちた屋上の縁に近付く。そしてゆっくりと顔を下に向ける。
コンクリートの地面にはどす黒い血溜まりが広がっていて、その中央には首や手足が変な方向に折り曲がり、砕けた頭から脳が飛散した彼女の死体が転がっていた。
「うっ……」
吐き気が襲ってきた。死体を見たからではない。死体はこれまでに何度も見てきて、いつの間にか吐き気なんて起こらなくなっていたからだ。この吐き気は、きっと罪悪感だ。
彼女を殺したのは俺だ、という。
これまでにも口裂け女やドッペルゲンガーを殺してきたが、それらは紛れも無く妖怪だった。しかし、今回は人間だ。化け物のようになっていたとはいえ元は人間、それも知り合いだ。
だからその事実から目を背けたくて、無理やり頭の中を真名美のことに変えた。
「真名美……! 大丈夫か⁉︎」
急いで振り返ると、真名美の後ろ姿が見えた。落ちていく夕日が逆光になっていて、身体は薄黒く染まっていた。いや、違う。その黒い背中はドッペルゲンガーのものだった。
ドッペルゲンガーを生み出していた少女が絶命したので、真名美のドッペルゲンガーは足元から消えていく。その向こうに本物の真名美の足が見えた。
「無事なんだよな! 真名美!」
なんだか嫌な予感がして、俺は叫んだ。
ドッペルゲンガーが半分以上消え、真名美の身体が胸まで見えたとき。
「優……くん」
その胸に大きな穴が開いていることを知った。
ドッペルゲンガーが完全に消え去ると、支えを失った真名美の身体は床に倒れ伏した。
「真名美ッ‼︎」
急いで駆け寄ると、真名美は血を吐きながら呟いた。
「ごめんね……約束守れなくて……」
抱きかかえると、右手が胸の穴に触れた。生温かい血が手を包み込む。屋上の床が赤く染まっていく。
「真名美‼︎ もうこれ以上喋るなよ‼︎ すぐ病院に連れて行くから‼︎」
彼女の目から涙が頬を伝って血溜まりに波紋を立てた。
「私は……優くんのことッ」
言葉の途中で咳き込み、真名美の血が俺の顔にかかった。
「喋るなって…‼︎」
そう言っているのに、真名美は無視して言葉を紡ぐ。
「……ごめん…ね……大好き」
俺の顔に手を近づけようと伸ばしながら発したその言葉を最期に、真名美は目を閉じた。途中まで上がった腕が力無く床に落ちる。
「おい……。待てよ! まだ何も返事してないだろ⁉︎ 起きろよ! 起きろよ真名美ッ‼︎」
俺は一心不乱に彼女の身体を揺すり続けた。しかしピクリとも動かない。
俺の涙が真名美の顔にポタポタと落ちた。
「俺も……もちろん真名美のこと大好きだよ……」
もう目を覚まさない彼女に、俺は静かに口付けをする。最愛の相手との2度目のキスは、鉄の味がした。