コタエテ
少女の体から出現した真名美のドッペルゲンガーは、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
奴には俺の攻撃は効くのだろうか。もし効かないのだとしたら、この場からはやく離れたほうが……。
などと思考していると、突如ドッペルゲンガーが駆け出した。それはまるで急ブレーキならぬ急アクセルとでも表せばいいだろうか。徐々に加速するのではなく、一瞬で最高速度を弾き出したかのようなスピードだ。
「真名美ッ‼︎」
咄嗟に真名美を横に突き飛ばし、俺もそちらに倒れ込む。
刹那、大きな音を立ててドッペルゲンガーは壊れかけの扉に突っ込んだ。かろうじて壁にくっ付いていた扉は粉々になり、土煙を上げている。
おそらく本物を殺して成りすます前のドッペルゲンガーは、肉体の限界を超える力を発揮できるのだろう。それは涼太先輩のときにも確認できた。
あと一瞬遅ければ俺と真名美が粉々になっていたに違いない。2人とも恐怖で身体が震え出した。
だがこのまま震えていても死を待つだけだ。それに退路は防がれてしまっていて俺の攻撃も効かない可能性だってある。
まさに、絶体絶命というのに相応しい状況だった。
ガラガラと扉の欠片を押しのけ、少し身体が崩壊したドッペルゲンガーが起き上がる。リミッターが無く限界を超えたパワーに、身体が耐えきれなかったのだろう。
「ここからどうすれば……」
俺が呟くと、真名美は何かを決意したような顔で俺を呼んだ。
「優くん、私に考えがあるの」
彼女の自信に満ちた目を見て、俺は話を聞くことにした。
「あのドッペルゲンガーは私だけを狙ってくる。だから、私があいつから逃げている間に優くんはドッペルゲンガーを生み出したあの黒い少女を倒して」
と、彼女は言った。
「なんで……。先に真名美のドッペルゲンガーを倒さないと真名美が危険だろ」
「ううん、先にあの少女を倒しておかないと、いつ優くんのドッペルゲンガーを生み出すかわからない。もし優くんのドッペルゲンガーに力が効かなくて優くんが殺されちゃったら、対抗手段は完全になくなってしまうよ」
俺の手をそっと握り締め、
「それに、ドッペルゲンガーを生み出したあの少女を倒したら、私のドッペルゲンガーも消えるかもしれない」
真名美の対応は、俺の反論を完全に予測していただろうというほどに早かった。
「でも確実に倒せる保証がない! それに真名美が死んでしまったら──」
最後まで言い終えることはできなかった。
目の前には真名美の顔。唇に柔らかい感触。
そう、俺は真名美に、その桃色の唇で口を塞がれていた。
すぐに口を離すと、真っ赤な顔で真名美は言った。
「私は、優くんが好き。……今は答えないで。必ず逃げ延びて、全部終わった後に聞くからね」
真名美はそう言い残すと、黒い少女とは反対方向に走りだした。
────どうして彼女はこんなに強気でいられるのだろうか。
昔はあんなに怖がりだったはずなのに。それがいまや恐怖する俺を鼓舞するほどにまで強くなっている。
真名美は、俺が黒い少女を倒せるかどうかなんてわからないのに、俺に、俺の力に全幅の信頼を寄せて命を懸けてくれている。俺はその信頼に応えなければ。
走っていく真名美の背中を見つめながら、俺はさっきまで真名美と繋がっていた唇を指でなぞる。
「……絶対、生きて答えを聞いてくれよ!」
真名美に向かって、そう叫んだ。