ハジメテノイライ
「1年C組の多田峰妖香です。話、というか依頼しにきました。貼り紙を見て来たんですけど……」
テーブルを挟んで俺の向こう側のソファに座っている女子生徒が自己紹介をする。
前髪は眉より少し上で綺麗に揃っており、腰よりも下まで伸びた長い黒髪。その先も真っ直ぐに切り揃えられている。まるで、おかっぱをそのまま伸ばしたような髪型だ。俺はこんな髪型の人を、今までに見たことが無かった。漫画とかで見る『大和撫子』という言葉が脳裏を横切る。
彼女は、俺達都市伝説研究部の貼り紙を見て相談に来たそうだ。
俺は、まさか本当に来る生徒がいるとは思っていなかった。そんな噂を知っていてもわざわざ教えに来たって自分の利益にはならないのだから、貴重な部活時間を削ってまで来ることはないだろう。
そう思っていたから、結構驚いた。
――まあ、こうやって来てくれているんだから、ちゃんと聞かないとな。
「で、何を調べて欲しいんだ?」
俺は優しく尋ねる。
「その……最近『テケテケ』という妖怪のウワサを聞いて……私の友達が面白半分で探しに行ってもう3日も行方不明になってて……私……どうすればいいのかわからなくて……」
女子生徒――妖香の目から涙が溢れ出る。
「そうか。その友達を見つけてほしい、ってことだな?」
彼女の言いたいことを察して言うと、妖香は指で涙を拭いながらこくん、と頷いた。
「わかった。僕達が調べよう。何か手がかりとかは?」
涼太先輩が訊くと、彼女は胸ポケットから赤いスマホを取り出して、指でタッチして操作し、本体を俺に渡してきた。画面には、『7月29日:通話』というタイトルの音楽ファイルが表示されている。
俺が受け取ると、彼女は嗚咽混じりに言った。
「彼女が…行方不明になった日の…夕方に通話したものを録音しました……」
俺が『再生』をタッチすると、会話が始まった。
『――妖香! 助けて! テケテケが追いかけてくるの!』
妖香より少し高い声。行方不明の友達の声だろう。
『え、彩瀬!? テケテケってどういう――――』
『いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』
悲鳴の後、ズブシュッ!と不快な音が聞こえた。
『ねぇ彩瀬!? 彩瀬!!』
そこで音楽ファイルは停止した。
これは遊び半分なんかじゃない。根拠はないが、そう感じた。
重い。この部室の空気は明らかに重くなっていた。まるでお通夜のようだ。いや、今時お通夜でもここまではないかもしれない。人の死に疎い世の中だからな。……まあそんなことは置いといて。
「これは……本当なのか……?」
誰かがつぶやく。
「本当なら……俺達が調べるのも危険なんじゃ……」
そのとき。
「いや、もう遅いよ。僕たちはもう……テケテケのターゲットになっているはずだ」
部長である涼太先輩が冷静に言う。そして続ける。
「これが都市伝説通りなら、テケテケの話を聞いたものの前には3日以内にテケテケが現れる」
部室が静まり返る。
その沈黙を破ったのは、俺だった。
「いいじゃないですか。向こうから出てきてくれるんなら探す手間も省けるってもんだ」
もちろんみんなを勇気付けるための口八丁で、俺自身超怖いのだが、部室の雰囲気はさっきまでとは正反対になっていた。
「受けてやるよ、その依頼。俺達にまかせろ!」
「――はい。ありがとうございます……」
このとき、気のせいか妖香が不気味に笑ったように見えた。