タスカラナイ
昇降口へと向かう途中、何人もの生徒の死体が転がっていた。涼太先輩のように胸を貫かれた者、顔面を抉られた者、両腕を捥がれた者。彼らを殺したドッペルゲンガーが彼らになりすましていると思うと、強い憤りを覚え、殺したくてたまらなくなる。
しかし感情的になって殺すのは、駄目だ。
そう判断できるほどの冷静さは、今の俺には残っていた。
昇降口に辿り着くと、ここまでの道よりもさらに多くの死体で溢れかえっていた。
悲鳴は上から響いている。だが、さっきまでと比べると格段に減っている。
「きゃああああッッ‼︎」
2階から女子の泣き叫ぶ声が聞こえた。
1人でも多くの命を救いたい。そう思い、悲鳴の方へ────階段を駆け上がる。
「ねぇ、優くん……!」
真名美が青い顔で俺の制服の袖を握る。
「上に行くほど、その……が増えていない……?」
あれだけの経験をしていても、女の子だからか「死体」という単語を口に出すことは憚られるようだ。
そしてそれは、俺も思っていたことだった。
「もしかしたら、上の方にドッペルゲンガーを産み出す何かがあるのかもしれませんね。被害に遭っているのが青龍高校の生徒だけっていうのも気になります」
あたりを見渡しながら、誠が言った。
息を切らして2階に着くと、もう悲鳴は聞こえなくなってしまっていた。
階段のすぐ近くに、上半身と下半身が捻じ切られている女子生徒の死体があった。すでに絶命しているが、まだ断面からドクドクと溢れている血を見るに、おそらくさっきの悲鳴の主だろう。俺はこの子を救えなかったのだ。
恐怖に歪んでいる顔がこちらを見つめている。
「誰かっ! 生きている生徒はいないのかっ⁉︎」
声を上げるも、返事をする者はいない。いや、したとしても、もう皆ドッペルゲンガーが成り代わった者だろう。
だが、何故だ。さっきまではたくさんの生徒がいたはずなのに、今はもう声が聞こえないどころか人の気配すらしない。
ドッペルゲンガーに皆殺されていたとしても、ドッペルゲンガーが本物になりすましているはずだ。しかし、この学校には俺達以外誰もいない。そう思わせるような空気が満ちていた。
コツ……と、沈み始めた夕日が血や死体を照らす地獄のような廊下に、物音が響いた。
「なんの音だ……?」
俺達3人は足を止め、耳をすます。
それは、誰かの足音だった。だんだんこちらに近付いてくる。
「後ろか⁉︎」
後方から音が聞こえていることに気付き、叫ぶと同時にそちらを振り返る。
そこには、本物は見せることなど無いであろう微笑みを浮かべた誠の姿があった。
「今度は僕か」
当の誠は、自分が殺されるかもしれないというのにあっけらかんとして自分のドッペルゲンガーを見ていた。
自分は奴を殺せると知っているからか……?
相手がこちらに歩いてくる。誠もそれに合わせて向こうに歩いていく。
「おい、誠? 何をする気だ……?」
俺の言葉には答えず、誠は懐からナイフを取り出すと、ゆっくりとドッペルゲンガーに近付いていく。
そして残り5メートルほどのところで誠は走り出し、ナイフをドッペルゲンガーの心臓のあたりに突き刺した。
──だが、ドッペルゲンガーは消失しなかった。




