ツギノイノチ
「なんで涼太先輩の偽物が……⁉︎」
真名美が涙目で叫ぶ。
「今朝振り切ったはずなのに……‼︎」
自分のドッペルゲンガーを見た涼太先輩も戦慄していた。しまった! 涼太先輩が死んでしまう────‼︎ だが。
「…………あれ?」
涼太先輩は自分の両手に目をやり、自らの身体を不思議そうに触る。
「死んで……ない……?」
都市伝説通りなら、自分のドッペルゲンガーを見た者は死んでしまい、ドッペルゲンガーが自分に成り代わって生活するという。
しかし涼太先輩は自分のドッペルゲンガーを見たのにも関わらず、生きている。
「どうやら、語られている都市伝説とは少し違うようですね」
怪異を前にしても冷静に分析する誠。こいつの精神はどうなっているんだ。
と、ドッペルゲンガーがこちらに向かって無言で歩いてきた。真っ直ぐ涼太先輩を目指しているようだ。
「逃げるぞ!」
涼太先輩が声を上げた。
俺達はドッペルゲンガーが入ってきた襖とは反対側の襖を開け、走った。ドッペルゲンガーを見てすぐ死ななくても、ドッペルゲンガーの目的は都市伝説通りのはずだ。
本物の自分を殺し、本物に成り代わること。
おそらく、このドッペルゲンガーは涼太先輩を殺そうとしているのだ。
なんとしても阻止しなければ。4人にまで減ってしまった仲間を、もうこれ以上失いたくはない。
走りながら振り返ると、ドッペルゲンガーも走って追ってきているのが見えた。ドッペルゲンガーの足は本物よりも速いようで、その距離はだんだん近づいてきている。しかも、奴は息ひとつ乱れていない。
「はぁっ、はぁっ」
そして涼太先輩の方はというと、荒々しい息を漏らしている。
もう、追いつかれてしまう。
俺達が縁側から靴下のまま庭に飛び出したとき、
「あっ」
隣から、何かが身体を貫く音が聞こえた。
テケテケのとき。口裂け女のとき。思い出したくもないのに、耳にこびりついて離れない、あの音が。
「がっ……は……ッ」
涼太先輩は、ドッペルゲンガーの両腕に胸を貫かれていた。
ドッペルゲンガーがにぃ、と静かに口角を上げる。
「せ……先輩……!」
涼太先輩の胸から伸びる両腕は血でぬらぬらと不気味に光っていて、その片手の中では肉の塊がポンプのように動いていた。
涼太先輩の心臓だ。ドッペルゲンガーは不気味な笑みを浮かべたまま、胴体から離れたことに気付かず血を送り出そうと収縮を続けているその肉塊を握り潰した。
血飛沫が飛び散る。真っ赤な鮮血が、俺や真名美、誠に降りかかる。
ドッペルゲンガーがニヤニヤと楽しそうに身体から両腕を引き抜くと、大量の血を芝生に落としながら涼太先輩は崩れ落ちた。無秩序に伸びた草が紅く染まっていく。
「あ……ああ……先輩が……」
既に息はなかった。
真名美が涙をこぼしながらへたり込む。誠は表情も変えずドッペルゲンガーを見つめている。
俺は────
「うおおぉぉッ‼︎」
────ドッペルゲンガーに殴りかかった。その頬を思いっ切り殴ると、まるで普通の人間のようにドッペルゲンガーは吹っ飛んだ。芝生の上に倒れこむと、
「『痛いじゃないか……。急に殴るなよ、優』」
そいつは右手で俺に殴られた頬を押さえ、涼太先輩の声でそう言った。




