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都市伝説は、本物だった。  作者: 日向神 命
第2章 クチサケオンナノキョウフ
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モミジトヨウト

 9月14日、朝。都市伝説研究部部室には、まだ唯山耀人の姿はなかった。

「今日も来てない……」

 朝一番に学校に来て、毎日部室で彼を待っている葉風紅葉は肩を落とした。

 夏休みが終わり、約半月が経とうとしていたが、彼は一度も学校に来ていない。

 今まで、朝どれだけ早く来ても彼はソファに座っていて、パソコンをしながらみんなを迎えてくれていた。

「やあ紅葉。今日も綺麗だね」

 部室に来ると、必ず彼はそう言って迎えてくれた。いつのまにかそれが挨拶になっていた。目をつぶると、一瞬でその情景が浮かぶくらい見慣れた光景だった。

「――って何言ってんの私! 別に好きとかじゃなくて部員として来てほしいだけなんだから……ね?」

 誰にするでもなく1人言い訳をし、最後には疑問形になっているのだが、そんなことを考える余裕はなかった。

 ただ、彼に早く復帰してほしい……。今はそれだけだった。

「今日も早いんだね、紅葉」

 ふとドアのほうから声が聞こえた。振り返ると、都市伝説研究部部長である、明智涼太が立っていた。

「早いのはそっちも同じでしょ」

 そう紅葉が返すと、涼太は微笑し、言った。

「耀人を待ってるんだろ……好き、なんだよね?」

「ななななんでそそそそうなるの!?」

 ピンポイントで当てられたことに驚き、顔を真っ赤にしてすごい勢いで後ずさる。涼太は、ガタンと壁にぶつかった紅葉に答えた。

「傍から見てれば、誰だってわかるはずだよ。優だけは分かってないみたいだけど。まあ、あいつ鈍感だしね」

「うそ……。私、そんなに顔に出てるの……」

 口元を手で覆い、恥ずかしさから穴があったら入りたい思いの紅葉は、ふと気付いた。

「……っていうか、見てたの? いつも」

 何か危険を感じ、腕で体を抱くようにして胸を隠す。

「いや、ちが……くもないけど、いやらしい意味とは違う!」

「ふふっ、冗談だって。第一、涼太君にそんな勇気ないもん」

「なにげに傷つくよそれ……」

 紅葉は、顔の火照りを少しでも紛らわすために冗談を言おう、と思ったのだ。

 そんな会話をしていたら、廊下のほうから足音が聞こえてきた。

 それに気付いたのか、唐突に、涼太は真面目な顔をして言った。

「とにかく、耀人のことが好きなら、その思いは早く伝えたほうがいいよ……手遅れになる前に」

 好きだったのに、告白する前に相手が死んでしまった。そんな経験がある涼太にとって、今の紅葉は昔の自分と重なるところがあった。だからこそ、こんなことを言ったのだ。

「あ……」

 2つの足音がドアの前で止まり、そんな声が聞こえた。

 そちらを見ると、篠崎優と高瀬真名美が立っていた。

「ちょ……。え……どういうこと……?」

 真名美が顔を赤くしてこっちを指差している。

(何か変なものでも見たのか?)

 一瞬そう思った紅葉は、はっと気付いた。

「え……2人ってそういう……」

 優が目を見開く。

「い、いや、違うんだこれは……」

 2人がそういう反応をするのも無理はない。なぜなら、壁に寄りかかった紅葉が顔を紅潮させながら胸を手で覆い隠し、その前には涼太が立っている。

 つまり、彼らは思った。


 涼太が紅葉を部室に追い詰めて襲おうとしている、と――――。


「紅葉先輩は耀人先輩のことが好きで、涼太先輩はエリス先輩のことが好きだったはず……」

「え!? そうだったの、真名美!?」

「ぎゃあああああああっ!!」「やめろおおおおおおおっ!!」

 朝の学校に2人の声が響いた。


  ■  ■  ■  ■


「あー、なるほど、そういうことですか」

 2人に説明すると、すんなり……とは言わないが理解してくれた。

(何だこの羞恥プレイは……)

 顔を林檎のように赤らめた紅葉は思った。朝の話を長々と説明し、自分が耀人を好きだということを部員全員に知られるどころか、理解の悪い優のために2回説明しなければならない。しかも涼太は生徒会に呼び出され、紅葉が一人で説明するというおまけ付きだ。

 最終的には、2人とも「涼太にはそんな勇気は無い」ということで納得した。

「はぁぁぁぁぁ…………」

 キーンコーンカーンコーンという予鈴と共に、紅葉は1人、脱力した。


 ■  ■  ■  ■


「よし、今日こそ行こう!」

 下校中、紅葉はある決意を口にした。耀人の家に行こう、という決意だ。2学期が始まって半月、紅葉以外の部員は何度か行っているのだが――ただ、誠は行こうとすらしていないので例外だが――紅葉だけは一度も行っていない。

 なぜなら、家の前までなら何度も行くのだが中に入る勇気がないのだ。

(絶対今日は中に入る! 別に好きとかじゃなくて部員として行くだけなんだから)

 どこかで聞いたような言い訳を頭の中でしながら歩く。


 ――そして、耀人の家に着いた。


 家は2階建て、敷地もそんなに広くはなく、比較的一般的なサイズ。例えるなら、の○太の家ぐらいの大きさだ。

「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」

 紅葉は何度か深呼吸をして、ドアの横に付いたボタンに指を伸ばす。

(部員として部員として部員として部員として……)

 呪文のように繰り返しながら、ボタンを押――――

「あれ、紅葉ちゃん? 久しぶりね」

 ピンポーン!

「きゃあああああっ!!」

 突然の声に驚き、思いっきりチャイム音が家の中で鳴り響いた。

(ああ……まだ心の準備が……)

 後ろから声を掛けてきたのは、耀人の姉・唯山結衣ゆいだった。

「そんなに驚かなくてもいいじゃん? ていうか、私のこと覚えてる?」

「は、はい、覚えてます」

 紅葉が最後に結衣と会ったのは――というより、最後に唯山家に行ったのは5年前。中一のとき。

 耀人と紅葉は小学校から一緒で、仲が良かったから、昔はよく遊んだ。

「そういえば、中学に入ったとたん敬語になったよね。普通でいいのに」

「一応年上ですから」

「一応って…………まあいいか。入りなよ。今日は何しに……おっと、耀人だよね? 何かあいつ急に家を出たくないとか言い出してさぁ。連れ出してやってよ」

「ま、まあ、えっと、一応そのつもりです」

「へぇ、ってことは、ついに告るの?」

「ええぇ!?」

「あれ、ちがうの? てっきりそうだと……てゆうかもう告れ。何年待たせるつもりだよもう。小二の頃からあいつのこと好きだったんだろ?」

「ええええええぇ!!?」

(そんな昔から!? 私自分でも気付いてなかったんだけど!?)

 結衣は紅葉よりも紅葉の気持ちに気付くのが早かった。4年ほど。

「ん? あれ? そのときはまだ自分の気持ちに気付いてなかった時期だっけ?」

 ドアの鍵をガチャガチャしながら、結衣は首を傾げた。

「エスパー!?」

 どうしてそこまで見抜いているのか。もう全ての情報が彼女に知られているんじゃないかと、紅葉は密かに恐怖した。

「あ、開いた。さ、入って入って」

「お、おじゃましまーす……」

 懐かしい。紅葉が最初に抱いたのは、そんな気持ちだった。

 内装も匂いも5年前とあまり変わらない。

「耀人の部屋も変わってないから。じゃあ、あとは若いもんに任せるとしますか」

 結衣は台所のほうに歩いて行った。

 大学2年の結衣も若い方に入ると思うのだが、紅葉は口にしなかった。

(わあああぁぁ……何か成り行きで入っちゃったけど、どうしよう……)

 紅葉の心臓は、まるで祭り終了間際の大太鼓のように大きく鳴っていた。

 緊張しすぎて、心臓が肋骨を突き破って出てきそうなくらいだ、と、紅葉は思った。

(どこのグロ画像か!)

 自分で自分にセルフツッコミができるので、まあかろうじて意識を保っていたことが分かる。

(よし!!)

 深呼吸をして、階段を1段ずつ、ゆっくりと上がり始める。

 13段目で、2階に着いた。

 すぐ左のドアが耀人の部屋だ。そこには、子供っぽい字で「ようと」と書かれた歪な形の木の札が掛けてあった。

(まだ掛けててくれたんだ……)

 これは、小二のときに紅葉と耀人が2人で作ったものだ。木材をどこかから持ってきて、自分たちで切るところからしたのを紅葉はよく憶えている。

 コンコン、とドアをノックする。

「耀人」

「……紅葉か」

 あまりにも元気のない声が返ってきた。

「学校には……来ないの?」

 しばらくして、耀人は言った。

「……うん」

「……どうして?」

 紅葉の問いに、耀人はこう答えた。


「みんなを救えなかった俺が、行く資格なんて無い」


 それから、1分ぐらいの沈黙が訪れた。

 紅葉の胸中には、2つの感情が渦巻いていた。同情と――そして、怒り。

「…………何でよ……。耀人は私たちを助けてくれたじゃん……! 耀人がメール送ってくれなかったら、みんな死んでた! 耀人のおかげでみんなは――私は生きてるんだよ!」

「でも……………俺は! 俺は4人も救えなかった! 俺がもっと早くロックを解除していたら、みんなは死ななかったかも――――」

「そんなこと関係ない!!」

 紅葉の叫びが、耀人の声をかき消した。

「そんなこと言って、あんたは4人の死から逃げてるだけ!! 救えなかったから!? そんなの当たり前じゃない!! あんたはヒーローじゃなければ、主人公でもない、普通の高校生なんだから!! 誰も傷つけずに救い出すなんてこと、できなくても誰も責めない!! あんたは少なくとも5人の命の恩人なんだよ!? 5人もの人間を助けた耀人に資格がないなら、見てただけだった私は――――何もできなかった私は何!? 耀人のやったことは、誇っていいんだよ!! 他の誰よりも――――ッ!!」

 一度言葉を切り、紅葉は続けた。

「死んだ4人の分も、生きていこうよ……」

 しゃがみこんで、紅葉は泣いていた。

「紅葉!?」

 ドアが部屋側に勢いよく開き、パジャマ姿の耀人が現れた。

「ほら、早く涙を――」

 しゃがんで紅葉の目元に袖を当てる。

「……ありがと。やっぱり、耀人は優しいね……変態だけど」

「……最後のは要らないかな」

 そして、2人は笑い合った。

 ふと、紅葉は結衣の言葉を思い出した。

『ってことは、ついに告るの?』

 脳裏に蘇ったその言葉を聞くと、自然に口が動き始めていた。

「昔も、たくさん助けてくれたよね……。私は……そんな耀人が好――――」

「す?」

「やっぱ無理いいいいいいぃぃ――ッ! い、今のは噛んだだけなんだからっ!!」

「ええっ!? 言い訳下手すぎじゃない!?」

「うるさいっ! 言い訳っていうな! バカ耀人!」

 そして2人は笑い合った。


  都市伝説研究部部員、大谷慧、石巻金地、零宮奧真、雷同エリスの命は、テケテケによって奪われた。そんな最悪の現実に絶望した。悲しんだ。すぐには立ち直れなかった。癒えることのない心の傷を与えられた。

 だが――それでも、みんなは一歩進んだ。少し立ち止まりはしたが、確実に一歩を進んだのだ。

 こうして次の日から、都市伝説研究部の部室には、篠崎優、高瀬真名美、葉風紅葉、石田誠、唯山耀人、明智涼太の6人全員が揃うことになった。

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