サツガイ
正門へと向かっていた俺達は、ぱらぱらと雨の降る中、南校舎とグラウンドの間のアスファルトで舗装された道を走っていた。先ほどまで綺麗に輝いていた満月は、雲の向こうに隠れている。
「涼太先輩は逃げ切れたのかなぁ……?」
真名美が呟いた。
「おいおい、涼太先輩を信じろよ。あの人、意外と足速いし、絶対逃げ切れるって」
俺は笑顔で言った。
刹那。
パリィィン! と音がして、上から割れたガラスと人影が落ちてきた。
「うわぁっ!?」
幸い誰の頭上にもガラスは降りかかってこなかった。だが、それどころじゃない……。
落ちてきた人影は――――口裂け女だったのだ!
「何でここに!? 涼太先輩はどうなったんだよ!?」
訊いたところで、口裂け女は返答しない。
殺されたのか――それとも、涼太先輩を無視してこっちに――!?
そんなことを考えるのはあとでいい、とにかく、ここにいる口裂け女からどうやって逃げれば――!?
口裂け女は立ち上がり、鎌を振り上げる。
標的は――紅葉先輩だ!
「いや……やめて……」
紅葉先輩は、恐怖で足が震えて動けないようだ。
そして、鎌が振り下ろされる――!
「嫌ああっ!!」
紅葉先輩の短い悲鳴のあと、
ズブシュッ……!! と、刃物が肉に突き刺さる音がした。あのときと――テケテケに慧が殺されたときと同じ音だ。
だが、刺されたのは紅葉先輩ではなかった。
「え……どうして……?」
耀人先輩の胸の中心――心臓に突き刺さっていた。
紅葉先輩の前に出て、庇ったのだ。
「も……みじ……だい……じょう…ぶ…か……?」
耀人先輩は、もう虫の息だった。
「なんで……私を……」
紅葉先輩の問いに答えず、耀人先輩は続ける。
「あの……ときの……お返し……だよ……。学校に……来なく……なった……俺を……」
「もういい……! 喋らないで! 死んじゃうよ……」
だが、無情にも口裂け女は、耀人先輩から勢いよく鎌を引き抜いた。
ボタボタと大量の血がアスファルトを濡らす。この量では、生きる望みなど持てなかった。
口からも大量に血を吐きながら、耀人先輩は言った。
「……もみ……じ……最期に……言わせてくれ……」
「待ってよ! 最期とか言わないで!」
紅葉先輩の目から、光るものが零れ落ちた。
耀人先輩はガク……と膝をつく。
そして――
「好きだよ……」
――血溜まりのアスファルトに崩れ落ちた。
「い……嫌……。起きてよ……バカ耀人……まだ……返事してないじゃん……」
泣き崩れる紅葉先輩に、またしても口裂け女は鎌を振り上げる。
「避けて! 紅葉先輩!!」
真名美の叫び声も空しく、鎌は振り下ろされ――
「やめろおおおおぉぉっ!!」
紅葉先輩の頭から胸までを、一直線に切り裂いた。鮮血を散らせながら、もう動かない耀人先輩の体に紅葉先輩の体が重なる。
「耀人……私……も……」
血溜まりに一滴、涙の雫が波紋を立てた。
「……大好きだよ」